18話
穏やかな日差しが照らす平日。いつものように学校に行くのかと思ったが、今日は来客があるらしく俺もお嬢と一緒に欠席するらしい。
俺は鰐刀と共に玄関周りの掃除を命じられていた。この前買ったばかりのスーツが動きにくい。
足場の砂利を避け、草花を手入れする。お嬢が好きなのか、この家には花がたくさん咲いている。その花弁が所々に散っていた。
「来客って、誰が来んの?」
少し離れたところで箒を使う鰐刀に声をかけた。鰐刀は作業をしたまま、俺の方にちらりと視線を送る。
「組長が来るらしい、うちのな」
「組長が……」
てことは、お嬢の祖父か。
帷組組長。存在自体は聞いたことがあるが、その姿は写真でも見たことがない。
「なんでまた急に」
「さあ? 俺様にはよくわかんねー」
孫の顔を見に来るだけなのだろうか。組のからの仕事は、鷹槻が管理してるらしいからお嬢に直接言うことはほとんどないようだ。以前狐由貴が、組長はあまりお嬢には会わないって言ってた気がするけど、普通に来るんだな。
来客は昼過ぎと聞いていたが、門のところに高級そうな車が停車した。
「え、もう来たのかよ」
「あれ組長の車か?」
「おう。虎鉄、鷹槻たち呼んできて」
「へいへい」
鰐刀が珍しく付けていたネクタイを正した。箒を脇において、門の方へと歩く。わりと馬鹿な奴だけど、こういう時はちゃんとすんだな。
声かけると、やっぱりかという顔をして鷹槻たちが動き始めた。狐由貴に背中を押され、俺も再び玄関の方に向かわされる。
ちょうど着いた時、玄関の厚い扉が開く。犬太郎よりも少し年上、40から50代ぐらいのスーツを着た男たち3人に囲まれた和装の男が入ってくる。紹介されるまでもなく、その人物が帷組組長、帷隆一だとわかった。
「ご苦労様です、組長」
「鷹槻、犬が増えてるぞ」
「はい。ご報告していた虎鉄です」
押しつぶされそうな低い声。少し呼吸が止まる。
「役に立つんだろうな」
「新鋭の足を掴む上でも、少しは」
鷹槻以外は頭を下げたままただ黙って、2人の会話を聞いていた。その時、組長とは正反対の高い声が響く。
「組長、お出迎え出来ず申し訳ありません。中へどうぞ」
孫と祖父。そう説明されると違和感しかない。組長が俺たちの前を通り過ぎると、周りもようやく顔を上げた。それに合わせて俺も顔を上げる。
孫に声をかけるでもなく、組長は黙ってお嬢の後に続いた。普通の家族のやり取りなんて知らないけど、たぶんこんなに冷ややかなものではないのだろう。組長の護衛たちと鷹槻だけがそれに続き、俺らはそこに残される。
たぶん、一番奥にある応接間に行くんだろう。たまに掃除して、誰が使うのか疑問だったが、組長クラスとは……。やたら綺麗な部屋だったのに納得した。
「組長さんは何しに来たわけ?」
重苦しい雰囲気に耐えかねて、近くにいた狐由貴に尋ねる。険しい顔つきからパッと色を入れ替えて、明るい口調で話し出した。
「たぶんこの地区の事業のことについて話に来たのよ。不動産だとか、普通の店とかいろんなことやってんの」
「ふーん」
「まあ、管理してんのは全部本部なんだけどね。うちはそこら辺の警備」
広範囲に事業を展開していくと、様々な抜け道ができるらしい。横領、恐喝、闇営業。あくまでもグレーに、それを主義にしているため取り締まりを行う必要があるらしい。
「あとは、墓参りじゃねえか?」
タバコに火をつけながら、犬太郎は俺の肩に腕を回した。
「こてっちゃ〜ん、スーツ似合ってんじゃん。着られてる感あるぜ」
「それ似合ってるって言わねえだろ。てかタバコ臭ぇ」
悪いね、なんて言いながら犬太郎は火を消すつもりはないらしい。というか、墓参りってどういうことだ。もうすぐ9月も終盤、お盆はとっくに過ぎている。
「組長の奥さんと、お嬢の両親の墓参りだよ。人のいない時期にやりたいから日をずらしてるってわけ」
「なるほどな」
人が多い時期にいけばそれだけ護衛も難しいくなる。それに日程を特定されないから別の組にも待ち伏せされにくいってわけか。
「もしかしてこれから?」
「だな。あと一時間くらいしたら出ると思うよ」
「虎鉄! こっち来て荷物運べ!」
犬太郎の話が終わるとほぼ同時に鰐刀が俺を呼び寄せる。玄関脇に置いてあったのは墓参りの道具だったのか。
それから確かに1時間後、お嬢たちは墓参りに出発した。お嬢の指名を受けて俺もそれに同行する。留守番は、珍しく熊井。あと会わなかったけど貂矢ってやつも一応家にいるらしい。
お嬢を含め6人が乗った車内はいつもより狭く感じたが、でかい車なだけあって窮屈ではなかった。後方に組長たちの車が走り、2台で墓参りへと出かけた。
墓石を拭いて、花とか色んなのを供えた。この墓には帷に嫁いだ人間を含め、帷組の血縁者が眠っている。特別なことをするわけでもなく、墓参りは静かに行われた。
これで帰るのかと思ったその時、お嬢は組長を置いて移動を始めた。
「虎鉄、紹介してあげる。こっちが私のお母さん」
三倉 咲と彫られた墓があった。帷家の墓よりも小さく、ひっそりと佇む墓だ。
「お母さんは、帷を名乗ることを許されなかったの。祖母が厳しくて、お父さんと同じ墓にも入れなかった」
祖母はお嬢を育てた人だって聞いてたけど、ずいぶん厳しい人のようだ。
「本当はお墓を作るのもダメって言われてたけど、タカが必死にお願いしてくれたんだよ。結局、祖父が許可を出したの」
暗い話の中、お嬢の口から初めて祖父という言葉を聞いた。堅苦しく組長と呼びあっていた先ほどの雰囲気を思い出す。思っていたよりも、お嬢の家族関係は冷たくて苦しいものなのかもしれない。
「お嬢は……」
「なに?」
「お嬢は、家族が嫌いか?」
聞いていいのか悩んでしまった。だが、お嬢の問いかけるような瞳に促されて、その先を話してしまう。
絞り出した俺の質問に、お嬢はきょとんとした顔を浮かべ、困ったように告げた。
「嫌いとか好きとかはわからない。でも、大切だって思えるのはタカ達だけかな」
そう言いながら、口角を少し上げた表情は少しも寂しそうには見えなかった。
ここまで読んでくださりありがとうございます




