17話
「あの日の惨状は、お嬢がうまく処理してくれたんだ。星野も、僕に殺させてくれた。だから星野はもう友達じゃないよ」
帷組の領地で薬を使い、いくつも事件を起こす星野という男は、うまく処分するように依頼が出ていたそうだ。たまたま熊井がいたところに、たまたまお嬢がやって来た。そういうおかしな偶然が、熊井とお嬢を繋げた。
「うちの組に入る後押しをしてくれたのは、鷹槻さんの提案だったんだ。いつも使ってた花屋が燃やされたのは、鷹槻さんもかなり怒ってたみたいでさー。ばあちゃんたちへの恩返しだって言われた」
人を殺した自覚はあるのだろうか。熊井は、あくまでも普通に話す。
放っておけば、熊井がどうなるか嫌な想像が鷹槻の頭に浮かんだのだろうか。見知った顔が路頭に迷うのを、見過ごせなかったのかもしれない。
「ばあちゃん達死んで、悲しかったか?」
何も感じないように話す熊井が、少し怖くなった。人としての感情がちゃんとあるのか、それを確かめたくなった。
「たぶんそうだと思う。でも、それは熊井じゃないから。もうない過去だから」
名前を貰う。そして、自分の過去は清算された。そう言いたいんだろう。そこまで完全に吹っ切れるものだろうか。いつか俺も、そう思うことがあるのだろうか。
「お嬢はいつも正しく生きてる。僕たちのために、いつも頑張ってくれてるんだ。だから、僕たちが支えてあげなくちゃ」
「あんたら全員そんなこと思ってお嬢のとこにいんのかよ」
いくら組の跡継ぎとはいえ、まだ小学生の子供。そんな相手に頭を下げて、命をかけて守る。俺にはとうてい理解できなかった。
「鷹槻さんと犬太郎さん以外は、拾われた人ばっかだから〜。たぶん、お嬢に恩返ししたいんだと思うよ」
少なくとも僕はそうだ。そう言いながら、熊井は棚からお嬢用のカップを出す。そろそろおやつを用意するようだ。人を殺したあと、こんなにも開き直ることが出来るのだろうか。後悔はしないのだろうか。
「お嬢のためなら、いくらでも殺せるってのか」
「うん」
当たり前だろ。そう言うように、熊井は俺を真っ直ぐに見つめる。きっと、放火犯の2人を殺さなくても、こいつは人をいつかどこかで殺したのだろう。それを正しいと思うから、そうすべきだと思うから。
「怖いな、お前は」
「この世界なら、怖いぐらいがちょうどいいよ」
異常な世界に1人だけ正常な人間がいたら、きっとその世界では正常な奴が異分子になる。ここはそういう場所なんだ。改めて教えこまれているような感覚があった。なにかの皮を被らないと、ここでは心を蝕まれていつか壊れてしまう。
「でも虎鉄は、時々普通の生活に戻った方がいい」
「は?」
「虎鉄はまだ戻れるとこにいるから。だから三橋くん、大事にした方がいいと思うんだ」
「それ、どういう……」
熊井は俺の言葉を遮るように台所から姿を消してしまった。
ほの暗いわりに、あっさりと語られてしまった熊井の過去。のほほんとしたあいつからは想像できない残忍な行い。俺に対してさっきのひとつも飛ばさない、花の世話が好きな男だ。
ああいうのは別に珍しいわけじゃない。何かがトリガーになって、爆発するかのように突然動き出す。だからこそ、恐ろしい。
そういえば、鷹槻と犬太郎以外は拾われたって言ってたな。狐由貴も自分でホストから拾い上げられたって言ってたし。全員が熊井のような出会いじゃないと思うが、それなりの修羅場をくぐり抜けできたんだろう。
でなきゃ、こんなところにはいないだろう。
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