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15話

「じいちゃん、これここでいい?」

「ああ。それはこの季節の花だからな。店先で頼む」

 物心着いた時には、僕は孤児院にいた。両親の行方は知れず、穏やかに日々を過ごしていた。

 7歳の時、僕の祖父母だという老夫婦が孤児院を訪ね、僕を引き取った。血縁が本当にあるかなんてよく分からないけど、祖父母は優しくて、温かい食事をたくさんくれた。中学生になると背がぐんぐん伸びて、体つきもよくなる。じいちゃんはいつも花屋の仕事を教えながら、体の大きさをいじってくる。

 その頃、じいちゃんの知り合いから柔道に誘われて、近くの道場で柔道を始めた。どうやら僕に向いていたらしく、柔道はどんどん上達していった。

 柔道は出来ても、勉強はあまり得意じゃなくて高校は地元の偏差値の低い所に行った。本当は進学なんかせずに、祖父母の経営する花屋を継ぎたかったけど、じいちゃんは高校ぐらい卒業しとけって言ったから、通うことに決める。まだ継げはしないけど、高校に入ってからも花屋の手伝いは続けた。その頃、近所のおばさん達以外にも不思議な常連がついた。基本は毎週金曜日に、小さな花束を買っていく眼鏡でしかめっ面の男性。ばあちゃんおすすめの花を選んで、可愛く包んでそれを持って帰る。恋人にでもあげるんだろうか。

 僕の高校は不良が多いことで有名で、学校は荒れ放題、派手な見た目の生徒が多い。その中で僕は真面目に授業を受け、静かに過ごす、数少ない普通の生徒だった。1年生の段階で180cmは超える身長だったから、かなり目立っていたんだと思う。入学後、かなりの人数に喧嘩を売られた。そういう相手には、言い返さずに無視をするか、手を出してきたら怪我をしない程度に押さえつける。騒ぎにしたくないし、祖父母にも迷惑はかけられないからだ。

 そうやって過ごすうち、1人友人ができた。高校2年の夏ぐらいだ。星野という、茶髪のチャラついた生徒だった。学校にはあまり来ないし、夜中はバイクを乗りまわす。そういう典型的な不良だった。でも、案外気さくな奴で、学校内の不良を黙らせる僕に興味を持ったらしい。

 星野からはいろんなことを教わった。

 ゲーセン、ボウリング、カラオケ、買い食い。でも夜遊びだけはしなかった。門限は、祖父母との大事な約束。優しい2人を裏切ることなんてできない。

 星野はたまに不満そうにしたけど、無理に連れ回すようなことはしなかった。

 星野は僕以外にもたくさんの友達がいた。そのほとんどが、喧嘩好きの不良たち。中には一度僕に喧嘩をしかけた人もいる。たぶん星野は、その不良たちのリーダー的存在だったんだと思う。

 もう、僕にはちょっかいかけないから。そう言いつけとくと、恥ずかしそうに笑っていた。自分に被害が出ないならなんでもいい。特に怒っていたわけではないから、わかったとだけ返した気がする。

「星野、家来る?」

「お前の家?」

「友達できたって言ったら、じいちゃんたちが連れて来いって」

 友達ができたなんて言ったのは、星野が初めてだった。じいちゃんもばあちゃんも、嬉しそうに笑って、僕の友達に会いたいと何度も頼んだ。僕の提案を、星野はすぐに受け入れ、誘った翌日に、星野を花屋まで連れて行った。

 ばあちゃん手作りのショートケーキに、お気に入りの紅茶。紅茶を初めて飲むと言った星野は、一口飲んで俺には似合わないななんて笑った。

 またおいでと笑う祖父母に礼をして、星野は自分のバイクで去っていった。良い友達だなって、祖父母は笑う。僕も、星野に会えてよかったと2人に賛同する。

 星野とは、高校を卒業するまでずっと友人でいた。卒業式も、じいちゃんの新調したカメラに2人でおさまった。そして、その夜。僕の家は炎に包まれた。

 真夜中、祖父母も僕も深い眠りについていて、不思議な匂いがしたことで目が覚めた。1階部分は火がかなり回っていたけど、まだ逃げられるとわかり祖父母を助けに走る。飛び起きた祖父母と慌てる僕。祖父が先頭に立ち、炎の中何とか外に出ようと動いた。

 花屋は古い作りで、至る所が木でできている。火はものすごい勢いで燃え移って、柱が悲鳴をあげる。出口が見えてきたその時、花を飾る棚が倒れてきた。

 祖母はとっさに僕を棚の向かい側へ押しやり、自分がその下敷きになった。

「ばあちゃん!」

「いいの、早く行きなさい!」

「そうだ! 婆さんは俺に任せてお前は外に行け!」

「でもじいちゃん!」

「外に出て近所に助けを呼べ、いいな!」

 じいちゃんもばあちゃんと同じように僕の背を押す。涙を流しながら外に出てすぐに助けを求めた。誰かが呼んだ消防車の音が聞こえる。でも火は勢いを増して、ごうごうと音を立てている。

 祖父母は、その音に包まれて二度と帰ってこなかった。


 全てが燃えたあと、星野が僕に会いに来た。祖父母の葬式も終えて、だいぶ心が落ち着いてきた頃に。星野は相変わらず茶色の髪をぐしゃりと撫で付け、肩を震わせる。悲しんでくれているのか、そう思ったけど、見えた星野の口端は、面白いくらいに歪んでつり上がっていた。

「よかったよ。お前が苦しそうで」

 そう言って、星野は馬鹿みたいに笑う。

 ずっと僕が嫌いだった。さんざん仲良くして、最後にこれでもかと裏切ってやる。大成功だ。

 星野は笑いながら全て教えてくれた。数で攻めて僕を傷つけるぐらいじゃ自分のイライラは治まらない。確実に、僕を内側から傷つけられる方法はなにか。それを考えた結果がこれだ。いいサプライズになっただろ。そう言う星野に、その時は怒りも感じられなかった

 

ここまで読んでくださりありがとうございます

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