13話
「虎鉄? 何かあった?」
「なんで?」
「なんかいらいらしてるから」
どうやら眉間にしわが寄っていたらしい。別にイラついていたわけではないが、嫌いなタイプの人間に遭遇したからだろう。ちょっと前にお嬢より先に出ていった男子学生について行っていたな。すぐに荷物を持ち、少し後ろを歩いていた。側近って漫画とかドラマで見る執事みたいなもんなのか? 狐由貴が「あたしもあんな風に尽くされたいわ〜」って言ってた気がする。
「あー、なんだっけ馬? みたいな名前の男に話しかけられてさ」
「馬?」
「お嬢のクラスに主人がいるとか言ってた」
「的場さんのことかな。彼、名家の跡取り息子だから従者がいてもおかしくないよ」
的場か。さすがの俺でも聞いたことがあった。医療、政治、貿易、様々な分野に力を持っている企業のはずだ。詳しい事業内容までは知らないが、的場一門当主だという男がよくテレビに出ている。
「ご立派なお家柄のようで」
「そうだね。そこの使用人候補と会ったのが嫌だったんだ?」
「なんか気に食わん」
「そういうこともあるよ」
歩き出すお嬢に従って、俺も歩みを進める。先ほど思い出した馬井と俺は違って、荷物を持つことなんてしない。丁寧な言葉遣いもしない。それは俺の仕事じゃないからな。あいつから学べることはなさそうだ。
放課後、車が到着するとの連絡を受け、お嬢と共に玄関前のロータリーに向かう。背後から近寄る足音に気が付き、お嬢を庇いつつ振り返った。
「あーいたいた! 八坂、十倉先生からプリント」
「……」
「まだ顔とか覚えらんないよな。俺、同じクラスの三橋。先生がプリント渡し忘れたみたいでさ、急いで届けに来た」
三橋と名乗った男に、正直見覚えはなかった。だが敵対心も怪しげな動きもみられない。本当にただの一般生徒なんだろう。
「わざわざご苦労さん。プリントは貰うわ」
「おう。そちらは? 妹さん?」
三橋の目がお嬢に行く。こいつの素性がわからないため、手を動かしてお嬢を隠す。
「教える義理はねえよ」
「えーケチだな。あ、でも八坂の名札にそれがついてるなら、どっかのご令嬢って感じ?」
それと言って指さしたのは護衛のバッチ。これをつけて誰かといればその相手が護衛対象と判断が付けられるだろう。
「いいよ虎鉄、隠してるわけじゃないから。はじめまして、帷です」
「帷……?」
「ご存知ないのも当たり前だと思います。すみません、迎えが来ているので失礼します」
そうだ。帷は裏社会では有名でも一般人には馴染みがないこともある。三橋は見たところ、普通の学生のようだしな。
「じゃあな三橋」
「おう!」
知り合いにでもなろうと思っていた従者生徒は苦手なタイプ。だが、クラスに顔馴染みが出来たのはいいことだろう。三橋自体は悪い奴じゃなさそうだから、話せるぐらいにはなっておきたい。
「タカたちが毎年生徒について調べてるけど、三橋さんは特に警戒する家の人じゃないよ。裕福ってわけじゃないけど、野球で推薦もらったみたい」
「ふーん。よく知ってるな」
「なるべく把握するようにしてるし、虎鉄と同じクラスだかね。この前確認した」
車に乗り込んですぐ、お嬢は三橋について教えてくれた。助手席で鷹槻も会話を聞いている。運転席には熊井がいた。
「接触がありましたか?」
「さっき虎鉄に声をかけてきたの。予想通り、帷の名前は知らなかったよ」
「であればこれからも注意する必要はないですね」
「うん、大丈夫」
ご令嬢ってのは、交友関係も気を配らなきゃならないのだろうか。そんな面倒なことをいちいちやるなら、友人など作らず静かに過ごしていた方が楽だな。
「虎鉄。虎鉄は気にせず学校生活楽しんでいいからね」
「別に楽しもうとか思ってねえよ。適当に過ごすわ」
興味のある授業だけ受けて、熊井の美味い弁当を食べる。そして時々仕事をして、何となく学校生活を終える。他にやりたいことがあるわけじゃないから、それで十分な気がした。
「普通の学生って、何すんだろうな」
「うーん。どうだろう。一緒にご飯食べたり遊んだりするんじゃないかな」
「遊ぶって、何して?」
「私もわからない」
お嬢は生きる世界が、俺は生き方が普通の人間とは違う。世間一般的に普通だと言われる奴らの暮らしはどんなものなのだろう。
食卓には親が作った温かな飯が並ぶらしい。俺の食卓に上がっていたのは、数百円か親父の飲み残したビール缶。料理をするところなんて見たことがなかった。今となってはどうでもいい、あの狭い空間が蘇る。
錆び付いた校舎の学校。そこが1番息のしやすい場所だった。叱りつける教師の声は、親の半分も怖さを感じない。好き勝手して、誰かに迷惑をかけて、呆れられた。無邪気だと言えば聞こえはいいが、要するにただの不良。新しい学校には、そんなものは似つかわしくないのだろう。
だからといって、身の振り方を変える気は無い。お嬢がそれを命じるならいやいややるかもしれないけどさ。
「虎鉄は友達できたことある?」
「あー……。ひとりいたかもな」
あいつの事を友人と呼んでいいのかはわからないが、顔を思い出せるのはあいつぐらいだ。今どこで何をしてるのかわからないが。
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