12話
クラスメイトは特に俺に話しかけることなく授業を開始した。1限は選択していた日本史。今日の選択授業は4限に英語が入っている。
俺が選択しているのは4教科。日本史と英語と数学それと体育だ。体を動かすのが好きだし、楽しそうだと思った。空いている時間は授業を受ける必要はなく、護衛対象の棟へ行くことが出来る。普通の学校ではありえない状況が、この学校では発生していた。
俺の他にお嬢と同じ学年の雇い主を持つ生徒は2人。俺が3人目になった。クラスが違うため顔を合わせることは少ないと思うが、参考のために会ったら話してみようかと思う。1限が終わってすぐにお嬢の教室の方へ行く。今朝もらった予定表では、2限に移動教室が入っていたはずだ。小等部、中等部、高等部は時間割が少しだけズレている。最初に授業が始まるのが高等部、5分遅れて中等部、そして小等部。
授業自体の長さに違いがあるため、それを上手く合わせるためだろう。それに加えて休み時間も20分と少し長めに取られている。学校が広いせいだろうな。
授業終了2分前に小等部に着く。教師に声をかけられたが、名札に付いている護衛・使用人のバッチを見て去っていった。生徒を区別するためのものだ。俺の名札には名前の横にひし形で灰色のバッチがついている。入学が決まってすぐに手配された。これをつけていればサボりにもならないってわけだ。
お嬢は真ん中あたりの列、後ろから2番目に座っている。真面目に授業の受ける姿を見て、小学生時代の自分と重ねてしまう。あんなにお利口に座っていた記憶はほとんどない。
周囲の邪魔にならないよう、太い柱にもたれかかり授業終了のチャイムを待った。
チャイムが鳴ってすぐ、教室のガキたちが廊下に出る。下の階には3年生までの生徒がいるため少し騒がしい。お嬢は静かに教科書等を用意し、真っ直ぐ俺の方に向かってくる。
「おまたせ虎鉄」
「ん」
あくまでも俺は護衛。お嬢の荷物を持ったり歩行を補佐したりと侍従のような仕事をする必要は無い。むしろ、常に両手を空けておくように言われている。何かあった時、邪魔になるような物を持っていては護衛の意味がないからだ。
「初の授業はどうだった?」
「まあ、面白いんじゃねえの?」
今日やった範囲は、休み期間中に手をつけていた箇所だった。学校の進み具合よりも少しだけ先を行っていたようだ。
「教室、まだ把握出来てねえわ」
「いいよ、しばらくは案内するし。次は視聴覚室だね」
視聴覚室は少し離れているようだ。もうひとつ上の階には授業で使用する教室が集まっていて、その1番端に視聴覚室があった。
「じゃあ授業後に」
「外で待つから遅刻はしねえよ」
「終わるまで学校見て回っていいよ」
「あー、そうするわ」
お嬢はすぐに他の学生に紛れて消えてしまう。授業開始の鐘が鳴って数分後、お嬢に言われたように校内を見回ることにした。
広い校内。磨きあげられた窓。至るところから高級感が伝わる。なるべく他の授業の邪魔にならないよう、中庭の方に出てきた。ロの字型に中庭を囲んで廊下がある。4か所中庭に降りるドアが用意されていて鍵はかかっていない。屋根を登れるなら、窓かこの中庭がいい侵入ルートだろうな。
中庭に面した廊下では近くに教室はなく、静かな空間が広がっていた。こういう場所は好きだから、護衛の合間にはいいかもしれない。
「八坂くん」
「あ?」
声をかけられた。振り返った場所には、ぴっちりと髪を整えた黒いメガネの男がいる。見覚えはなかった。
「馬井太志だ。同じ学年だろ。隣のクラスだから覚えてくれ」
「知らねえよ。自分のクラスですらまだ覚えてない」
馬井とかいう男は、メガネを親指であげると少し俺に近付いた。
「僕は君の主人と同じクラスにいる生徒の側近候補でね。顔を合わせることが多いと思うから挨拶に来たんだ」
癖なのか、こいつは少し早口だ。熊井と比べると倍速ぐらい。熊井、馬井……なんか似てるな。
「聞いてるのか?」
「あ? まあ3割ぐらい」
「なんなんだ君は……。とにかく、同じ主人を持つ身。将来のために学習をする仲間だ、よろしくしておいても損はないだろう?」
「そう思うか?」
「ああ。侍従の何たるかを、君に教授してやる。先ほどの主人との会話を聞くに、君はまだ未熟なようだからな」
こいつの雇い主が誰かは知らないが、あまりこういう人間は好まない。自分は優れている人間だと確信している顔だ。ここは行儀学校なわけでも、使用人訓練校でもない。こんな交流は不要だろう。参考になるはずがない。
「頭の中お花畑な坊ちゃんに教えてやる。俺はお前と違って、側近なんて言う行儀のいいもんじゃねえんだよ」
相手を警戒するように顎を引く。そうすると自然に相手に睨みをきかせられる。人と争ったことがないのだろう。馬井は少したじろいだ。
「俺がやってんのは、仕事だ。あんたは悠長に行儀見習いやってろ。俺は参加しない」
わかったらどっか行け。
そう言って手を払うように振ると、馬井は躊躇いながらも廊下から去って行った。
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