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金子葵 1

 

 猫舌、なんて言葉がある。


 だが、人間の舌の構造はだいたい皆同じらしい。では、なぜ猫舌の人とそうでない人がいるのか。

 それは、"食べ方"にある。とは言っても、どういう食べ方がいいのかは俺もよく知らない。どうやら、小さな頃から熱いものをよく食べている人は自然と上手い食べ方を身につけるのだとか。


「私ずっと友達いないから」


 きっと友達作りも同じだろう。小さな頃から友達が多い人は自然と友達の作り方を身につける。だが、元々友達のいなかった人は友達を一人作るだけでも一苦労なのだ。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 藤原君、いや藤原と呼ぼう。藤原からラブレターを受け取った翌日。終わりのHRでのことだ。


「昨日委員会に入ったやつは放課後会議があるから、それぞれの教室に行くように」


 我らが担任、加藤先生はクラスの皆に向けてそう告げた。

 俺も例に漏れず、美化委員として会議に参加しなければならない。まあ、別にそのことに関しては正直どうでもいい。問題は別にある。


 俺は廊下を歩きながら、ちらりと隣を見る。そこには同じ美化委員の金子さんの姿があった。彼女は終始無表情で、どこか人を寄せ付けないオーラを放っている。


 そんな彼女に、俺は今日ラブレターを渡さなければならない。しかも、俺が書いたわけでも金子さんに向けたものでもないラブレターを、だ。......意味がわからない。


 ちなみに、金子さんと話したことは一度もない。そもそも、こうして顔を合わせるのも初めてだ。緊張しないわけがない。

 しかし、俺としてはここで渡しておきたい。引き伸ばしにすればするほど面倒な気がする。

 意を決して、俺は口を開いた。


「かっ......」


 か? なんだ、何を言えばいいんだ!? そもそも、俺と彼女は友達ですらないというのに!! 頭の中で色んなことを考えるうちに、どんどん混乱していく。金子さんの方を向けば、少しだけ首を傾げてこちらを見つめている。ああ、くそ!! こうなったら勢いに任せるしかない。


「金子さん」

「......何?」


 一瞬の間を置いて、彼女が返事をする。やっぱりちょっと怖い。でも、ここで引いてしまってはダメだ。

 俺は彼女の目を見て、はっきりと口にした。


「えっと、これなんだけど」

「......何それ」


 俺が差し出したものを見て、金子さんが怪しげなものを見るような目をする。


「ラブレター、なんだけど。あ、でも、金子さん宛じゃなくて」

「無理」

「......」

「私から渡せるような女の子、いないから」


 金子さんはそれだけ言うと、歩くスピードを上げ、廊下の先へと向かって行った。

 ......即答だったな。いや、予想通りではあったが。だが、色々説明する前に断られてしまった。この手紙は金子さんの知り合いの女の子に向けてではなく、金子さんの弟に向けてのものなんだが。


「......まあ、いいか」


 断られたら潔く諦める。藤原とはそういう約束だ。説明が足りない気もするが、まあ説明したところでどうせ断られるだろうし。これにて、俺の役目は終了である。

 

『私から渡せるような女の子、いないから』


 どこか悲しげな表情は、少し気になったが。



 そして迎えた委員会会議。同じクラスなので当然だが、隣の席には金子さんが座っている。非常に気まずい。


「じゃあ、今日の議題はこれくらいかなー!! 美化委員は大変だと思うけど、皆さんご協力お願いします!!」


 委員長の言葉を最後に、今日の委員会は解散となった。


「......帰るか」


 さっさと帰るに限る。俺は鞄を手に取り立ち上がった。すると、ちょうど同じタイミングで金子さんも立ち上がる。そのまま一緒に教室を出るのかと思いきや、彼女はなぜか俺の前へとやって来た。


「......金子さん?」

「ん」

「ん?」


 目の前に差し出された手の意味がわからず困惑していると、彼女は短く呟いた。


「......渡してあげる、ラブレター」

「へ? あっ、うん。ありがとう」


 なぜか分からないが、金子さんは弟君にラブレターを渡してくれる気になったらしい。

 俺は慌ててカバンからラブレターを取り出し、彼女に向かって渡す。受け取った彼女はしばらくそれを眺めた後、小さく息を吐いてこう言った。


「......渡す努力はしてみるけど、渡せなかったらごめん」

「あ、それは全然気にしなくても大丈夫だから」


 むしろ渡してくれない方がいい。そっちの方が藤原と藤原の妹の為にもなる気がするし。


「でも、なんで急に渡してくれる気になったんだ?」

「......笑わない?」

「内容によるけど、笑わない努力はする」

「......いい機会だと思ったから」

「いい機会?」

「......私、ずっと友達いないから。だから、少しでもクラスの子と話すきっかけになるならって思って」

「......なるほど」


 ああ、そういうことか。クラスの女の子にラブレターを渡して欲しい俺。クラスの女の子と話すきっかけが欲しい金子さん。見事に目的が噛み合った訳だ。

 うん、実に見事だ。......そのラブレターが藤原の妹が金子さんの弟に向けて書いたもので無ければ。


「それに、あなたも少しは勇気出したんでしょ? 直接は渡せなかった訳だけど」

「え? あ、まあ、うん」

「じゃあ、私も勇気、出さなきゃいけないと思って」


 駄目だ、言えない。こんな決意を固めた女の子に「本当はそれ君の弟に向けてのものなんだ。だから、クラスの女の子と話す必要はないよ」なんて言えない!!


「それで、これは誰に渡せばいいの?」

「......えっと」


 この時、俺は決意した。恥と外聞を捨てる決意を、だ。


「井上さん、です」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 猫舌、なんて言葉がある。


 猫舌は食べ方による、なんて言ったが、猫舌だから食べ方が悪いという訳じゃない。熱いものを食べるのが得意か不得意か、ただそれだけだ。不得意なだけなら、きっとそれは努力すれば改善することができる。


 それは友達作りも同じ。〇〇だから友達がいない、なんて諦めてはいけない。友達がいない理由は、ただ友達を作るのに慣れてないだけだ。


 ラブレターを代わりに渡したら友達になりました、なんてこともあるのかもしれないだから。


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