藤原光 3
カピバラカピパラ論争、なんてものがある。
その名の通り、カピバラとカピパラ、どっちが正しいのかという論争だ。みなさんご存知の通り、カピバラが正しいわけだが、正直カピパラの方が可愛いのではないか、と思う人達も一定数いるわけだ。
こう言っては何だが、結局のところどっちでもいいのではなかろうか?
「待って!! お願いだから話を聞いて!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
放課後。俺と一輝は藤原君に誘われて、三人で一緒に帰ることになった。
そして、藤原君には何やら大事な話があると聞いていたのだが。
「......すまん、藤原君。もう一度言ってもらえるか?」
「だから、僕の代わりに金子さんにラブレターを渡してほしいんだよ。佐藤君には」
「......すまん、藤原君。もう一度言ってもらえるか?」
「これで五度目なんだけど!?」
いやだって、そんな馬鹿なことあるわけないだろ? 大事な話がある、と言われたから緊張して来てみれば、なんだと? ラブレター? ふざけんじゃあない。だいたいそんなもん自分で渡せや!!
「藤原は何で自分で渡さないんだい? 恥ずかしいのかい?」
「いや、それもあるんだけど......」
「だけど?」
「......金子さんってなんか怖いじゃないか」
......ん? その言い方は何かおかしくないか?
「しかも明らかに、男嫌いです、って雰囲気がすごいしさ」
......やはりおかしい。さっきからの藤原君の金子さんに対する発言がラブレターを渡したい人、つまり好きな人に対する発言なようには思えないんだが。
「じゃあなんで金子さんのことが好きなんだい?」
一輝がそう聞いた瞬間、なぜか藤原君はキョトンと首を傾げた。
「え? 好きじゃないよ? 金子さんとは中学が同じだけでそんなに喋ったこともないし」
......は?
「どういうことだ?」
思わず俺も疑問を口に出してしまった。
「そのままの意味だよ。僕は金子さんのことが好きだなんて一言も言っていないし、そもそも興味がない」
だめだ、こいつの言っている意味がわからない。
「じゃあお前、金子さんのことが好きじゃないならどうしてラブレターを渡そうしてるんだ?」
「ん? ......あ、ごめん。大事なことを言い忘れてた」
「「大事なこと?」」
「うん、そのラブレターは金子さん宛じゃなくて、そもそもそのラブレターを書いたのは僕でもないんだよね」
「......すまん、一輝でもわかる日本語で言ってくれ」
「不意打ちで僕のこと貶すのやめてもらえるかな、翔太?」
「えーっとね、その手紙を書いたのは僕の妹でね。で、その妹が好きなのが、金子さんの弟なんだよ」
なるほど、ようやく話が読めてきたぞ。
要するにこういうことだろう。
まず件のラブレターは藤原君の妹が金子さんの弟に向けて書いたもの。しかし、妹さんは直接渡す勇気が出なかった。そこで白羽の矢が立ったのが、好きな人の姉のクラスメイトである兄、藤原君というわけか。
ややこしすぎるだろ。
「それで、妹さんの代わりにラブレターを渡すはずだった藤原君の代わりに俺に渡してほしい、ということか?」
「そういうことだよ」
「絶対に嫌だ」
俺は全力で拒否をした。
当たり前だ。誰が好き好んでこんな訳の分からないラブレターを受け取らなければならないのか。
「頼むよ〜!! 僕の妹のためだと思って!!」
「見ず知らずの人を思って行動できるほど俺は善人じゃない」
「そこをなんとか!! お礼はなんでもしますから!!」
「結構です」
「ちょっ!? 今なんでもするって言ったな? って言ってくれるところだったよね!?」
「うるさい黙れシスコン。一輝、帰ろう」
「そうだね、帰ろうか」
「待って!! お願いだから話を聞いて!! あ、そうだ!! 井上さんとの噂、揉み消すのに協力するから!!」
「結構です」
「また即答した!! ねえお願いだよぉ〜!」
うざい。本当にうざい。何この人、泣き落としとかしてくるんだけど。俺より背が高いくせになんで上目遣いしてくんの? そんなことしても無駄だが?
「仕方ない、翔太。受け取ってあげよう」
「おい一輝、お前まで何を」
「その代わり、金子さんに断られたら諦めて妹さんに自分で渡してもらう。それでもいいかい?」
「ありがとう!! 恩に着るよ!!」
「ちょっとまて一輝。それは流石に甘すぎるだろ」
「こういうのは一度失敗した方が身に染みるでしょ?」
「いや、渡すのは俺で、断られるのも俺だからこいつらの身には染みないと思うんだが」
「人に頼んでも成功しない、という失敗体験ができるだろ?」
「......大丈夫かよ、それ」
「さぁ? どうだろうね?」
「なんだよその意味深な笑顔は」
なんか不安になって来たんだが......。
こうして俺は、人生で初めてラブレターなるものを受け取り、人生で初めてラブレターを渡すことになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
カピバラカピパラ論争、なんてものがある。
論争なんて表現をしたが、正しいのはカピバラなので争うまでもないわけだが。
もしかすると、カピパラだと主張する者たちは自分達が間違っているとは分かりながらも、己が意志を曲げぬため抗っているのかもしれない。