藤原光 2
鬼天竺鼠、なんて動物がいる。
この名前において、"鬼"は"大きい"という意味を表し、"天竺"とは"遠くから来た"という意味を表すらしい。
つまり、鬼天竺鼠とは、大きな遠くから来た鼠ということだ。
「佐藤君って電車通学だったよね」
きっとその鼠も、電車に乗ってやって来たのだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆
委員会決め。
これは、新学期における最大のイベントだ。係とはいわば高校という狭い社会においての地位と言える。すなわち、ここで高い地位を獲得することは、この先高校生活を送る上で有利に進む、ということだ。
「よし、じゃあ前期のクラス委員長は木村と五十嵐ということで。あとの委員決めは二人が主導になって進めてくれ」
「はーい」
「分かりました!!」
加藤先生が黒板に書いた名前を見て、俺はため息を吐く。
「ため息なんてついてどうしたんだい?」
隣から声をかけられて振り向くと、そこには藤原君がいた。まあ、隣の席だから当然なのだが。
「いや、また一輝がクラスのトップに君臨なさるのかと思ってな」
「あー、二人とも小学校からの幼馴染みなんだっけ?」
「ああ。それであいつと同じクラスになった時は絶対あいつがクラス委員長なんだよ。別に悪いとは思わないけど、変わり映えがないなと思ってな」
もう一度黒板を見ると、やはりそこには、『木村一輝』という名前が書いてあった。
「ふむ......、なるほどね」
俺の言葉を聞いて何か考え始めた藤原君は、少しして口を開く。
「だったら、佐藤君が委員長をすれば良かったんじゃない?」
その言葉を聞いた瞬間、一瞬だけ心臓が大きく跳ねた気がした。だがすぐに平静を取り戻して答える。
「そりゃ無理だな。俺には委員長なんて荷が重い」
「そうかな? 結構向いてると思うんだけど......」
「どこをどう見てそう判断したのか教えてほしいところだな」
「うーん、......勘?」
「勘かよ」
「でも実際やってみたら案外上手くいくかもしれないじゃないか。それに、そういうことを経験しておくことも大事だと思うよ」
「......」
確かに、それはそうかもしれない。だけど......。
「まぁ、決まったことを今更考えてもしょうがないだろ。それより藤原君こそ何かの委員に入らねえの?」
「僕は特にやりたいものもないからね。部活にも入るつもりはないし」
「そうなのか?」
「うん。僕は放課後はさっさと家に帰ってのんびりしたいのさ」
「さいですか」
そんな話をしているうちに、クラス委員はどんどん決まっていく。だが、とある委員でみんなの手が上がらなくなった。それは、美化委員だ。
「美化委員やってくれる人、いませんかー?」
クラス委員長である一輝が教室を見渡しながら言う。しかし誰も手を上げようとしない。
まあそれも仕方のない事だろう。なぜなら、美化委員の仕事はゴミ捨てや掃除用具の点検など面倒臭いことばかりだからだ。しかも、この学校では花壇の花の水やりなんかも美化委員の仕事らしい。はっきり言って、やりたい人がいるはずがない。
「誰かいないですかー?」
一輝の声に反応する生徒はいない。
「困ったなぁ......。誰かやってくれる人はいない? いないなら、美化委員は後回しにして、残った人でくじ引きとかになると思うんだけど」
......。
「「はい」」
一輝が諦めかけたその時、俺ともう一人の女子生徒が同時に手を上げた。
「おぉ!! 翔太に......、金子さんだね。ありがとう、二人とも」
手を挙げた女子は、金子さんというらしい。彼女は綺麗な黒髪を肩まで伸ばした美人系の子で、背筋を伸ばして座っている姿からは凛とした雰囲気を感じる。ただ、今はどこか気怠げな雰囲気を醸し出しているように思えるが。
ちなみに俺は、思わず手を挙げてしまっただけだ。挙げた後に後悔の念が押し寄せてきた。
「じゃあ、美化委員はこの二人で決定、と」
そう言って一輝は黒板に『佐藤翔太』、『金子葵』と書いた。もう後戻りはできないらしい。
「それじゃ、残りの委員を決めていくね」
一輝がそう言った時、突然教室の後ろのドアが開いた。
そこに立っていたのは、一人の男子生徒だった。髪はボサボサで目の下には大きなクマができている。制服もかなり着崩していて、ボタンをかけ間違えているところもある。一言で言うならば、不良っぽい格好をした変な奴、だ。
「遅れました」
「おお、石川か。よく来たな」
どうやら彼もうちのクラスメイトらしい。そういえば、一つ空席があったな。彼がそこに座るべき生徒か。
「うっす」
彼はそう返事をして自分の席に向かう。
「えっと......、じゃあそろそろ委員会決めを再開するね」
一輝はそう言い、残りのメンバーを決めるべく再び黒板に名前を書き始める。
そして、次々と委員のメンバーを決めていった。
「よし、これで終わりだね」
一輝はそう言って大きく伸びをする。と、同時に授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
結果として、一輝と五十嵐さんがクラス委員長、俺が美化委員、そして井上さんが体育委員となった。藤原君は宣言通り何の委員にも入っていない。
「ふう......、やっと終わったな」
「お疲れ、佐藤君」
「お疲れ、って別に俺は何もしてないが」
「いや、佐藤君のおかげで美化委員が決まったんだから僕的には助かったよ。くじ引きになってたら、僕に当たってた可能性もあったからね」
「ああ......、それもそうか。まぁ、藤原君が助かったなら何より」
「うん、本当にありがとう。それでさ、放課後時間ある? ちょっと話したいことがあるんだけど」
「ん? 大丈夫だけど、話したいことって何だ?」
「......それは放課後話すよ。佐藤君って電車通学だったよね。僕も方向は違うけど電車だから、駅まで一緒に帰りながら話そうか」
「......分かった。一輝は一緒じゃない方がいいか?」
「いや、一緒で大丈夫だよ。木村君にも聞いておいてほしいからね」
◇◆◇◆◇◆◇◆
鬼天竺鼠、なんて動物がいる。
ちなみにこれはカピバラの日本名だ。あの可愛らしい動物の名前がこんないかついものだと、誰が想像できるだろうか。
名前や雰囲気で人や物事を判断してはならない、とはこういうことだろう。