藤原光 1
カピバラといえば、温泉。そんなイメージがある。
カピバラは元々温暖な気候の場所に住んでいた動物。そんなカピバラに寒い冬も温かい温泉で暖まってもらおう、と言う考えで生まれたのがカピバラ温泉らしい。
今では当たり前となったカピバラと温泉の組み合わせ。それを思いついたのだから、もはや伝説の発明と言っても過言では無いだろう。
「井上さんとはどういった関係で?」
だからと言って、何でもかんでも組み合わせればいいってもんではないが。
◇◆◇◆◇◆◇◆
今日こそは遅刻するまい。そう意気込んで駅から出てきたのだが。
「いやー、まさか今日も佐藤君と会っちゃうなんてね。ほんと偶然ってすごいね」
疫病神が今日も再臨してしまったようだ。
「今日は地図アプリ、見なくていいの?」
「ふっふっふっ。舐めてもらっちゃ困るよ、佐藤君。今日はしっかりとナビゲーターをご用意したからね!!」
「ナビゲーター? ......ああ、なるほど」
よく見れば、井上さんの隣には見覚えのある女の子が立っていた。
「おはよー佐藤君。昨日ぶりね」
「おはよう五十嵐さん、昨日ぶりです」
そういえば、この二人は同じ中学だったか。ということは、当然のように通学路も一緒になるわけだ。
「今日は五十嵐さんに道案内をしてもらうってわけか」
「そういうこと!! だから今日は道に迷わずに済むの!!」
「それはよかった」
「うん!! せっかくだし佐藤君も一緒に行かない?」
「......じゃあ、せっかくだからご一緒させてもらいます」
「よし、それじゃあレッツゴー!!」
こうして俺たちは三人で学校へと向かうことになった。
道中は特に何も起きなかった。
強いて何か挙げるとするならば、僕の歩くペースに合わせて二人が並んで歩いてくれたりだとか、井上さんの持っているカバンのストラップ部分が壊れていて、それを直している間、五十嵐さんが荷物を持ってあげていたくらいだろうか。そんな感じで特に何事もなく登校し、教室へたどり着いた。
「おはよー佐藤君」
「おう、おはよう」
自分の席に座っていると、隣の席の男子が話しかけてきた。名前は確か、......藤原、だったか。人の良さげな笑みを常時浮かべていて、おっとりとした雰囲気を持つ男子だ。
「今日は遅刻しなかったんだね」
「昨日は例外だったんだよ。そんないつも遅刻しているみたいに言わないでくれ」
「おっと、それは失礼。でもまぁ、確かにそうだよね。毎日遅刻してたらさすがに先生たちに目を付けられるだろうし」
「そういうことだ」
「ところで、井上さんとはどういった関係で?」
「......お前もか」
思わずため息が出てしまった。皆んな揃ってどうしてこうも人の恋愛事情に興味津々なのか。
「いやー、だって気になるじゃん。入学早々、揃って遅刻してきた男女二人。これはただならぬ関係だと思ってもしょうがないでしょ?」
「別に大した関係じゃない。道に迷ってた井上さんを案内して俺も一緒に迷っちゃった。それだけだ」
「なるほどねぇ......。それにしても今日も一緒に登校してくるとは、随分仲良くなったんだね」
「たまたまだよ。たまたま会っただけだ」
「そっか、ならいいんだけど......」
なんだその含みのある言い方は。
「......何が言いたいんだ」
「......いやほら、君たちって結構目立ってるからさ。噂になったりしないかな〜って思ってね」
「......なってるのか?」
「まだ大丈夫だと思うけど、時間の問題じゃないかな」
「......」
面倒くさい。非常に面倒くさいな。井上さんに迷惑がかかってないといいが。噂が広がる前になんとかした方がいいか?
「あっ、それと僕の名前覚えてる?」
「藤原、だろ?」
「正解。 ちゃんと名前を覚えてくれているようで嬉しいよ、佐藤翔太君」
「......ごめん、下の名前までは分からないです。教えてください」
「あはは、やっぱりか。僕は藤原光。これからよろしくね」
そう言って彼は手を差し出してきた。握手を求めているのだろう。俺は差し出された手を握り返す。
「こちらこそ、よろしく」
「うん、よろしく」
にこやかな笑顔を浮かべながら握手を交わす。
すると、そこで乱入者が現れた。
「ちょっと待った!! 僕を忘れてもらっちゃ困るよ!!」
「......知らない人だな」
「ちょっ!? 翔太、昨日一緒にプリクラを撮った僕のことを忘れたのかい!?」
「えっ、あれって夢じゃなかったのか?」
「現実だよ!! 携帯にも写真が残っているはずだろ!!」
「そんなもの、すぐに消したに決まってるだろ?」
「ひどい!!」
......とまあ、騒がしい乱入者の正体は、木村一輝。俺の数少ない友人だ。
「おはよう、木村君」
「おはよー藤原」
「......で、結局なんの用だ?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれた。実は今朝、面白い情報を仕入れてきてね。聞きたいかい?」
「内容による」
「......翔太と井上さんが付き合っている、という噂があるらしいよ」
「......」
「......どうだい?」
「......もう手遅れじゃねえか」
「あはは、入学早々前途多難だね、佐藤君」
◇◆◇◆◇◆◇◆
カピバラといえば、温泉。そんなイメージがある。
だがしかし、温泉に浸かって日頃の疲れを癒したいのは人間も同じなのだ、と思う今日この頃である。