木村一輝 2
狐につままれる、なんて言葉がある。
まるで狐に化かされたような、想定外の事態に呆気に取られる状態を表す言葉だ。この言葉においての"つままれる"とは"化かされる"という意味らしいが、この言葉以外でその意味で使われることはほとんど無いだろう。
「井上さんのこと、どう思ってるの?」
こんな質問してきたやつの鼻はつままれてしまえばいい。ほら、これは意味が違うだろ?
◇◆◇◆◇◆◇◆
「入学して早々、先生も怒りたくはないんだがな。これから高校を卒業して大学に行ったり、社会に出ていく上で、時間を守るってのは本当に大事なことなんだよ。分かるか?」
「「はい、すいませんでした」」
放課後、加藤先生に職員室へと呼び出された俺と井上さんは、集合時間に遅れてきたことに対するお叱りを受けていた。
「まあ、二人とも反省しているようだから、このくらいにしておくよ。今後は気をつけるように」
「「はい」」
そう言って、加藤先生は俺たちを職員室から解放してくれた。
「ごめんね、私のせいで遅刻しちゃった......」
職員室を出てすぐ、申し訳なさそうな表情を浮かべながら謝る井上さん。
「別に井上さんのせいじゃないよ。俺がちゃんと時間を確認してなかったのが悪いんだから」
俺は井上さんに気にしないように言った後で、
「それにしても、......まさか井上さんと同じクラスだとは思わなかったよ」
と苦笑しながら呟いた。
「そうだよね!! まさかたまたま朝出会った私達がおんなじクラスだなんて、こんな偶然本当にあるんだね」
と満面の笑顔で言う井上さん。
そんな彼女を見て、可愛いな、と思う俺であった。
「じゃあ帰りますか」
「うん、そうだね」
そして、二人で下駄箱へと向かう。
「あー、ようやく来た。遅いよー、翔太」
下駄箱に着くなり、俺に向かって文句を言ってきたのは、腐れ縁の友人、木村一輝だ。
「悪い、待っててくれたんだな」
「もちろんだよ。 高校入学記念で、今日は翔太と寄り道して帰ろうかなと思ってね」
一輝とは小学校からの付き合いだが、彼は昔から友達思いの良い奴なのだ。
と、そこで、一輝の隣に一人の女子が立っていることに気が付いた。
「ああ、紹介するよ。彼女は五十嵐さくらさん。井上さんを待ってたみたいだから、ついでに少し喋ってたんだ」
「はじめまして、五十嵐さくらです。よろしくね」
「こちらこそはじめまして。佐藤翔太です。よろしく」
一輝の言葉に続いて挨拶してきた彼女に、俺も自己紹介をする。五十嵐さくら、確か今日の自己紹介でそんな名前を聞いた気がする。
女の子にしてはかなり短めの髪に、170センチはありそうな身長。男よりも男らしい女性、と言う印象だ。
「待たせちゃってごめんね、さくら」
井上さんは五十嵐さんに対して申し訳なさそうにそう言う。
「全然大丈夫!! 絹を待ってたおかげで、木村くんみたいなイケメンとおしゃべりできたんだからむしろお礼を言いたいくらいよ」
「あはは、イケメンだなんて照れるな〜」
一輝は五十嵐さんの言葉を聞いて嬉しそうにしている。
その様子を見ていて思うのだが、こいつはイケメンという言葉が好きらしい。……正直気持ち悪いぞ?
「えっと、そろそろいいかな?」
二人の会話が一段落したところで、井上さんが話を切り出した。
「ああ、ごめんね。それじゃあまた明日学校で会おうね」
「じゃあね、木村君、佐藤君」
「バイバイ、二人とも」
そう言って二人は帰って行った。
「俺たちも行くか」
「そうだね」
俺達は靴を履き替えた後、正門へと向かった。
正門を出るとすぐに大通りがあり、そこから駅の方へと伸びる道がある。その道を歩いていくと商店街があり、その中に俺達の通う高校の生徒がよく利用するという『アスタ』というファストフード店があった。その店で、俺達は昼食を取ることにした。
「いらっしゃいませ〜!! 二名様ですか? お好きな席にどうぞ!!」
店内に入ると店員さんが元気よく出迎えてくれた。
「昼時なのに空いてて良かったな」
「ほんとだね。ここならゆっくりできそうだ」
そして俺達はそれぞれ注文した品を受け取り、適当なテーブルについた。
「それにしても驚いたよ。翔太が女子と一緒に遅刻するなんて」
「まだ言ってんのか」
「だって本当にビックリしたんだよ?」
「そりゃ悪かったな」
「まあ、別に良いんだけどね。それよりも......」
とそこで、一輝の表情が変わった。
「ずばり、井上さんのこと、どう思ってるの?」
ニヤッとした顔に。
「別に、普通だよ」
俺は、そんな目の前の男に呆れながら答えた。
「本当かい? そんなこと言って、実は結構ドキドキしてたりしないのかなぁ〜」
と、なおも食い下がって来る一輝。
「あのなぁ......。お前は俺のことをなんだと思ってるんだ? 井上さんとは今日初めて会ったばかりだし、そんな簡単に好きになるわけないだろ」
「......ふむ、確かにそれもそうだね。よしっ、この話は今日のところは保留にしておこうか」
「保留じゃなくて中止にしてくれ、まったく」
一輝と話していたら疲れてしまったので、俺は食事に集中することにした。
それからしばらくして、頼んでいた料理を食べ終えた俺達。
「この後はどこに行くつもりなんだ?」
「うーん、特に決めてはいないけど、せっかく駅前まで来たし、ゲーセンでも寄って行く?」
「制服でゲーセンはハードル高くないか?」
「まあまあ、別にいいじゃん。バレなきゃ大丈夫だよ」
「まあ、別にそれでもいいんだが......」
「じゃあ決まりだね。早速行こうか」
「分かったよ......」
という訳で、俺達は駅の中にあるゲームセンターへと向かうことになった。
「おっ、やってく?」
「......やる」
俺達がプレイすることにしたのは、格闘ゲームだ。一輝はこのゲームが好きで、俺もよく一緒にやっている。
「翔太、相変わらず上手いね」
「そっちこそ」
結果は俺の勝利だった。
「もう一回!!」
「おけ」
そんな感じで何度かそのゲームを対戦したり、他のゲームで遊んだりしているうちに、いつの間にか夕方になっていた。
「もうこんな時間か」
「あっという間だったね」
「じゃあそろそろ帰るか」
「うん、そうしよう」
そう言って帰ろうとしたその時、一輝が突然言った。
「翔太、最後にプリクラ撮らない?」
......。
「......は?」
一輝の言葉に思わず固まってしまう俺であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
狐につままれる、なんて言葉がある。
狐に化かされたことなんて無いから、どう言う状況に使うのが正しいのかは分からないが。
まあ、突然男二人でプリクラを撮ろうなんて言われた時なんかに使うのが正しいのではなかろうか。