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木村一輝 1


 きつねうどん、なんて食べ物がある。


 説明するまでもないかもしれないが、簡単に言うと油揚げの乗ったうどんだ。きつねうどんの名前の由来として、狐の好物が油揚げだから、と言う説があるらしい。


 昔から狐は稲荷神という農業の神様の使徒であると言われていた。今ではそんな神様の使徒へのお供えとして油揚げが使われているそうだ。

 このことから狐の好物が油揚げだと言われているのだと思うが、実際に狐は油揚げを食べる、なんて話もどこかで聞いた気がする。


「好きなものは油揚げと可愛い女の子です」


 女の子を食べるなんて話は聞いたことがない。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「入学早々、同じクラスの女の子と一緒に遅刻。なんて、どこぞの漫画の主人公みたいなことをしでかすとは。いやはや、恐れ入ったよ翔太さんには」

「そうだな、崇め奉ってくれ」


 堅苦しい入学式が終わり、新入生達は教室に戻り、先生が戻って来るまでしばしの休憩時間。俺は自分の席に座って狸寝入りでも決め込もうと思っていたら、前の席の男にそんなからかいを受けた。


 彼の名前は木村一輝(きむらいつき)。小学中学とも同じ、腐れ縁の友人である。まさか高校生にもなって、クラスも同じで尚且つ席が前後とは。本当にとんだ腐れ縁である。ちなみに、一輝は俺のことを"翔太"と呼び捨てにする数少ない人間の一人でもある。そして、イケメンである。


「それで、井上さんとはどう言った関係で?」

「たまたま朝出会って、道を教えてって言われたから教えてたら俺も訳わからなくなって一緒に迷って遅刻した。それだけ」


 あれから、俺と井上さんは全力ダッシュで学校へと向かい、なんとか入学式には間に合った。まあ、集合時間には間に合わなかったため、二人揃って放課後のお呼び出しを食らっているが。

 それよりも驚いたのは、俺と井上さんが同じクラスだったことだ。入学早々、クラスメイトに好奇の目で見られたのはなかなか苦痛だった。


「ふーん。それが本当だとしても、"それだけ"ってことはないけどね」

「......どう言う意味だ?」

「そんな漫画みたいなイベントを"それだけ"って言って納得する人が何人いるかなって意味だよ」

「......」


 なるほど、確かにそう言われればそうである。実際、他の女子生徒からは遠巻きに見られているし、男子達からもなんとも言えない視線を感じる。


「それにしても、翔太が道に迷うとは珍しいね。地図アプリとか使わなかったの?」

「使った上で迷ったんだよ」


 まあ、使ったのは俺ではなく、井上さんだが。


「わー、それはとんでもない方向音痴だね」


 まったくその通りだ。あの後、学校へと向かう際も大変だった。

 井上さんから目を離せば明後日の方向へ走り出すという、地図アプリも呆れて匙を投げるほどの方向音痴ぶりである。しかも、本人はいたって真面目なので余計質が悪い。


「はーい!! みんな静かに!!」


 その時、廊下側の方から担任と思われる男性教師の声が聞こえてきた。恐らく彼がこのクラスの担任だろう。30代くらいのおっさんだ。


「じゃあまずは、自己紹介から。俺の名前は加藤大輔だ。これから1年間よろしく頼む。

 それじゃあ、早速出席番号順に自己紹介を始めようか。えっと、......窓側から順番に行こうか」


 そうして、一人また一人と自己紹介が始まった。名前や趣味など、至極一般的な自己紹介が続く中、ついに俺の番、の前に一輝の番がやってきた。


「僕の名前は木村一輝です。趣味はゲームと読書です。好きなものは油揚げと可愛い女の子です。僕と仲良くしてくれる女の子は是非とも話しかけてください。男は結構です。以上!!」


 ......なんだコイツ? 一瞬、一輝が何を言っているのか理解できなかった。しかし、次の瞬間に教室内を爆笑の渦が包み込んだ。


「おいおいおい!! イケメンだからって何言っても許されると思うなよ!?」

「いやぁ〜、それほどでも〜」

「くそっ!! 羨ましいぜこんちくしょう!!」


 なんというか一輝らしい自己紹介だな。場を一気に支配した。


 ......というか、次俺なんだけど!? めっちゃやりづらくない!?


 そんな俺の心の叫びなど無視され、とうとう俺の順番が来た。意を決して席から立ち上がる。

 落ち着け、考えてきた通りの自己紹介をすれば良いだけだ。


「えっと」


 ......なんだっけ? クラス中からの視線を全身に感じた瞬間、俺の頭は真っ白になった。


「......佐藤翔太です、よろしくお願いします」


 俺はそれだけ言い残して席に着く。少し間が空いて、パラパラと拍手の音がした。......まあ、なんか色々抜けてた気もするけど、とりあえず無難に終わったかな。


 その後、滞りなく男子の自己紹介は進み、次に女子の自己紹介が始まった。


五十嵐(いがらし)さくらです。出身中学は中麒中学で、部活はソフト部に入っていました。高校でもソフトを続けつつ、新しいことに挑戦したいと思っているので、たくさん友達を作って、色々なことにチャレンジしたいと思います。1年どうぞ宜しくお願いします!!」

伊藤七星(いとうななせ)です。南朱(なんじゅ)中出身です。吹奏楽部でした。よろしくお願いします」


 とまあ、それぞれ個性のある挨拶をしたところでいよいよ井上さんの番である。一体どんなことを話すのか。


「井上絹です。中麒中学校出身で、バレー部に所属していました。高校でもバレー部に入ろうかと思ってます。好きなことは、私の家族のワンちゃんのショコラと遊ぶことです。犬が大好きなので、犬好きな方はぜひ話しかけてください!! 1年間どうぞ宜しくお願い致します」


 そう言って井上さんが席に着くと、パチパチパチ!! と心なしか今までで一番大きな拍手が起こった。

 井上さんは普通に可愛いし、明るい性格で誰とでも話せそうな感じで、男子受けは良さそうだ。女子達からの印象も良いだろう。

 まあ、つまるところ、俺とは正反対の人間だと言うことだ。


 そんなことを考えているうちに、次の人の自己紹介が始まり、そして最後の出席番号の人の自己紹介が終わった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 きつねうどん、なんて食べ物がある。


 神様の使徒に捧げるはずの油揚げをうどんの上に載せてそのまま自分達の口へと運ぶ。なんと無礼なことだろうか。


 まあしかし、神々しいものを見てるとたまに天ぷらにして食べてやりたい、なんて思うことは割とあるのかもしれない。

 

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