花の貴婦人
公式企画2作目。
鹿鳴館の華と呼ばれた鍋島夫人と彼女を慕う女学生の話です。
時は明治時代。ここ鹿鳴館では多数の外国人訪問者や貴族を受け入れている。広間では夜通し舞踏会が行われている。
この場所に訪れるのは西洋からの訪問者ばかりではない。
一際ダンスホールで咲き誇る貴婦人がいた。
鍋島栄子。彼女は鍋島直大の妻であり京都の公家の娘。人々は彼女のことを鍋島夫人、鹿鳴館の華と呼んでいた。
舞踏会から一夜開けた鹿鳴館に手紙がありました。そこには宛名も住所も記されておりません。ただ「花の貴婦人へ」と書かれていました。
「これいたずらかしら?」
館内の受付係の少女が困っていたそのときです。
「どうなさったの?」
そこに現れたのが鍋島夫人です。
「今朝このお手紙を持っていらっしゃった方がいたのです。昨日の舞踏会で桃色の薔薇の花の髪飾りをしていた貴婦人に渡してほしいと頼まれました。」
「まあ、それはどんなお方?」
「袴姿の女学生でした。頭には赤い大きなリボンをつけてました。」
「赤いリボンの女学生?」
栄子に心当たりがあったようです。
「昨日桃色のドレスに赤いリボンの少女が舞踏会に来ていたような。」
栄子は手紙を裏を見ます。そこには差出人の名前が書いてありました。
「一宮ゆり子」と
大手貿易会社の経営者に同じ名字の方はおります。顧客には西洋の貴族もいます。きっとその経営者の令嬢なのでしょうか?
栄子はそう思って封を切ります。
「鍋島夫人、宜しいのでしょうか?」
「これはわたくし宛の手紙ですわ。」
なぜ花の貴族人というだけで自分宛だと分かったのか少女は疑問に思いました。
「昨日わたくしは桃色の薔薇の花の髪飾りをつけて舞踏会に出席しましたの。他に髪飾りをつけている婦人はおりませんでしたわ。」
「花の貴族人へ
このようなお手紙を受け取り貴女様はさぞかし驚かれていることでしょう。貴女様の名前をまだ存じ上げていないため、このような呼び方をしてしまうことお許しください。
私は学習院高等女学校5年生の一宮ゆり子と申します。昨日の貿易商をしている父の勧めで出席した舞踏会今までのない夢のような時間でございました。
私と同じ桃色のドレス、そして桃色の薔薇の花の髪飾りの貴女に目を奪われました。もしまた鹿鳴館でお会いできるのであれば私と踊って頂けませんでしょうか?
明治20年9月20日 一宮ゆり子」
やはり栄子の思った通り、彼女は貿易会社の経営者の娘でした。
「夫人?いかがされました?」
栄子は少女に尋ねられる。
「もし、紙とペンを御貸し願えるかしら?わたくし、この方にお返事を書くわ。」
時がたった2日後の学習院高等女学校。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
華族や裕福な家庭の令嬢達が袴に身を包んで登校してきました。
「ごきげんよう」
「ごきげんようゆり子さん」
ゆり子さんと呼ばれたのは一宮ゆり子さん。彼女の家は貿易会社をしておりお父様は海外の貴族とも交流があります。
「ねえ、ゆり子さんいかがでしたの?」
「何の話かしら?」
「あら、舞踏会よ。鹿鳴館の。お父様に連れられて行ったじゃない。」
「ねえ、西洋の舞踏会ってどんな風なの?」
「素敵な方はいて?」
ゆり子は級友達から質問攻めにあいます。
「ええ、」
「まあどんな王子様?」
良家の娘達が女学生のうちから異性に近づくなんてもっての他。王子様と初めて対面するのが舞踏会なのです。
「それが王子様ではありませんの。」
「まあ美男子ではなかったんですの?」
「いえ、その方男性ではありませんわ。素敵な花の髪飾りをつけていらしたわ。」
ゆり子の発言を聞いて唖然とする級友達。
「まあ面白くありませんこと。」
「ゆり子さんせっかく王子様と知り合えるのに勿体ないことをしたわ。」
級友達はゆり子の机の周りから去っていきます。
ゆり子は決して王子様との恋物語に興味がないわけではありません。しかし今は舞踏会にいた花の髪飾りの貴婦人のことしか考えられないのです。
ゆり子が女学校から帰ると一通の手紙が来ていました。差出人の名は「鍋島栄子」と書かれてました。
(鍋島栄子?誰かしら?)
部屋に戻ると封筒を開けます。
「一宮ゆり子様
お手紙ありがとうございます。ゆり子さんのお父様は貿易会社をしている一宮社長ですね。鹿鳴館の舞踏会にはよく顔を出されわたくしも踊ったことがあります。貴女のことは勤勉なお嬢さんで女学校の成績も優秀と話しておりましたよ。
わたくしのこと気にとめてくださりありがとうございます。わたくしで宜しければダンスのお相手喜んでさせて頂きます。次の舞踏会でも桃色の薔薇の髪飾りをつけて出席します。今度は是非お声をかけて下さいね。
明治20年9月21日 鍋島栄子 」
それはゆり子が花の貴婦人と呼んだ女性からでした。
「栄子様というのね。お慕わしいお名前。舞踏会では最初に栄子様と踊ろう」
ゆり子はそう心に決めました。
次の日曜日舞踏会の日がやってきました。新調した白いフリルのドレスに頭に赤いリボンつけ馬車を降りましたがゆり子は浮かない顔をしてました。
それは舞踏会前日。ゆり子は父から縁談話を持ちかけられました。相手は骨董収集が趣味の公爵朝倉家の長男渉です。
「先方もお前のことを気にってな。渉君もお話がしたいと言っている。ダンスに誘うよう話してあるから最初のダンスを一緒に踊るといい。」
決して悪い話ではないが栄子にことしか頭にないゆり子はあまり乗り気ではない。
「ゆり子さん、お会いできて光栄です。」
「こちらこそ。ご挨拶頂き有り難く存じますわ。」
父の紹介で渉と挨拶を交わします。どちら言えば美青年ではありますがそんなことより手紙をくれた貴婦人のことが気になっていました。
(桃色の薔薇の花)
そう思って辺りを見渡します。
その時桃色の薔薇の髪飾りの貴婦人が西洋から来た紳士と話しているのを見つけました。ドレスも髪飾りと同じ桃色です。
その時オーケストラが優雅なワルツを奏でる。会場の紳士淑女は手を取り合って踊り出します。
「ゆり子さん、僕と踊って頂けますか?」
渉はゆり子に手を差し出す。しかしゆり子は薔薇の花飾りの貴婦人に目をやりました。
「ごめんなさい。最初に踊る人は決まっているの。」
父はどこの男だなど言っているがゆり子は無視して貴婦人の元へ向かいます。
「栄子様。」
貴婦人はゆり子の呼び掛けに振り向くとゆり子のリボンに目をやります。
「貴女がゆり子さんね。」
「はい。栄子様、私と踊って頂けますか?」
「勿論よ。」
栄子がゆり子の手を取ろうとした時だ。
「待ちなさい。ゆり子。」
父でした。
「ゆり子、最初は渉君と踊る約束だろう。それに女同士で踊るなんて駄目だ。」
「いえ、そのような規則はございませんわ。一宮社長。それにわたくしも貴女のお嬢さんと踊ってみたかったの。わたくしを慕ってくれる少女はいてもこうして想いを打ち明けてくださったのは彼女が初めてだわ。」
栄子はドレスの胸元からゆり子が書いた手紙を取り出します。
「そうですよ。社長。」
次に声をあげたのは渉でした。
「社交界に出れば伴侶以外の男性とも踊ります。僕は後でかまいません。ゆり子さん、次のダンスはお相手してくれますか?」
「ええ」
ゆり子は渉に一礼すると栄子の手を取りホールへと向かいました。
FIN




