9.ニル魔導国
―――U歴350年6月1日―――
リガシュの街の外で野営をし、早朝、街の入り口には特に検問のようなものもなく簡単に入ることができた。
この街に留まる理由もないので、すぐに街の反対側にある国境に急ぐ。
1時間ほどで国境に到着し、ニル魔導国の検問所で入国手続きに行った。
サランは連合国の身分証明書を持っており、それを東王国の衛兵に見せたら、行っていいと言われていたので、東王国側の出国手続きをすることはなかった。
「僕は、連合国にある獣人国の人間で、少し国の仕事を手伝っているから、外交特権が使えるんだ。コースケのことは僕の従者として、入国させるから、東王国でもニル魔導国でも特に身分証明はいらないし、簡素な手続きで済むはずだよ」
すごいな、サラン。
30分ほどで手続きが完了し、何事もなくニル魔導国側の国境の街ラウドラに入ることができた。
確かにリガシュに比べれば建物も多くて大きな街だ。人にも活気があるように感じられた。
「ラウドラに1泊したら、首都のニルヴァーナまで馬車に乗っていくつもりだよ。首都なら追手の心配はしなくていいと思うのでそこでゆっくりと今後のことを考えよう」
ラウドラでは、初めて宿に泊まった。
特に高級な感じではなかったが、サランと同じ部屋に泊まったにも関わらず、何日ぶりかのベッドで、疲れていたせいもあって、すぐに寝てしまった。睡眠はとても心地が良かった。
宿の部屋には魔道具の照明などが置いてあって、とても興味をひかれた。さすが魔導国だ。
宿の受付でサランが何かを書いていたが、その文字が日本語ではないことに気付いた。何故か意味は分かるが……俺は日本語を話しているつもりだったけど、言葉が違うようだ。
ま、わかるからいいか。
―――U歴350年6月2日―――
「さあ、朝食を食べて出かけよう」
朝食はベーコンのような肉にスクランブルエッグ、ジャガイモをつぶしたサラダと食パンだった。
「うまっ。でもやっぱりサランのおかゆの方が好きだな」
「えへへ。気を使ってくれたとしてもうれしいよ。落ち着いたらおいしい料理を作ってあげるから楽しみにしててよ」
サランの笑顔がかわいくて最高だ。
このラウドラからは、馬車に乗って、魔導国第3の都市スクラまで2日、スクラから3日で、毎日宿場町の宿に泊まりながら首都まで行けるという。
「特急馬車もあるけど、目立たない普通の乗り合い馬車で行くよ。毎日10時間ほど乗りっぱなしだから慣れるまで大変かもしれないけど、頑張ってね」
乗ってみると確かに尻が痛い。
他の乗客を見てみると魔道具の座布団を敷いている人もいた。
魔道具は今度手に入れたいが、試しに生命魔法の魔力を循環させてみたら、痛みがすーと消えた。
やっぱり生命魔法は使えるな。早く習いたい。
―――U歴350年6月4日―――
馬車の旅は快適で、2日後には無事スクラに到着した。
魔導国第3の都市と言うだけあって、ラウドラよりもかなり大きい大都市だ。
「この街では2泊しよう。武器屋や防具屋もあるし、市場で食材なんかを見て回ろう。この後、首都ニルヴァーナまでの道中、魔物と戦う可能性はほとんどないけど、コースケがこちらの世界のことを勉強するにはいいと思うよ」
サランの提案で、1日街を見て回ることにした。
今日の宿は、火馬亭という宿だった。
「ここには温泉もあるからまずお風呂に入って体を休めよう。その後、夕食は街の食堂に食べに行こう」
昨日までは体を拭いただけだったので、こちらの世界で初めてのお風呂だ。
早速、お風呂に入りに行くと、水風呂、サウナ、泡がもこもこ出てくる炭酸風呂みたいなものまで、かなり種類が充実していた。
クリームのようなドロッとした泡に入るお風呂はバニラのようなにおいもして、思わず味見をしたがピリピリして食べられたものではなかった。
うれしくなり、いろいろ試して長風呂になってしまい、出るとすでにサランが待っていた。
「ごめん。待たせてしまった」
「うふふ。大丈夫だよ。お風呂楽しかったみたいだね。さあ、お腹が減っただろう?夕食を食べに行こう」
夕食は宿から10分ほど歩いた、ちょっと賑やかな繁華街の中にある小さな食堂だった。
「昔、家族と一緒にこの食堂に来たことがあるんだ。味が変わっていなければいいけど」
肉料理がメインだったが、野菜のスープやパンも非常においしかったが、食事をしながら、サランの話を聞いた。
サランは獣人国で生まれ、父親の仕事の都合で、小さなころから引越しを繰り返したらしい。
連合国の西にある大国の方の王国にも住んでいたことがあるそうだ。
この国では15歳で成人になるそうだが、サランは成人して冒険者として登録したが、時々父親のコネで獣人国の外務省のようなところから、仕事をもらっていたらしい。
1年前に東王国内で行方不明の獣人の調査をする依頼を受けて、東王国に来た。ちょうど調査も終わって獣人国に戻る時に穂乃果からコースケ逃亡補助の依頼を受けたらしい。
「穂乃果には東王国内の調査でいろいろ協力してもらって、友達になったんだ。転移者にも今まで会ったことがなかったからびっくりしたよ。コースケも穂乃果の動物パートナーに助けられたと思うけど、テイミングの能力はすごいよね。さすがに獣人には効かないけど」
穂乃果はテイミング能力のことは一部の人しか知らないと言っていたが、サランは知っているようだ。
「コースケの空間魔法も使えるようになるといいね。ニルヴァーナについたら、先生を探してみよう。この国で長く生活していくことになるかもしれないから、明日はしっかり店や市場で買えるものや値段を見て覚えよう」
魔法を覚えるならここに住んで先生から教えてもらわないといけないのか。そうなったらサランは一緒にいてくれるのだろうか?
ニルヴァーナについて落ち着いてから今後のことを考えると言っていたから、ニルヴァーナについてから話をしてみよう。
翌日は街を見て回った。
武器は剣、槍、弓などのオーソドックスなものから、魔力を流して使う魔道具のようなものもたくさんあった。
俺が土魔法で作っているストーンレールガンに似たような武器も置いてあった。
「武器は、武器を扱う能力『武技』を発現させないと効果的に使うのが難しいから、まだ、能力が発現していないのなら、ちゃんとした訓練を受けてから使い始めた方がいいよ。魔道具なら魔力さえあれば使えるものもいくつかあるけど」
武技か……鑑定の時に何も言われなかったけど、何か能力が発現しているのだろうか。
「ニルヴァーナに着いて、魔法の先生が見つかったら、先生と一緒に鑑定して、能力をみて訓練方針を決めることになると思うから、少し待ってて」
市場ではいろんな食材が売っていた。びっくりしたのはカレー粉らしきものを見つけたことだ。
カレーがあるのか。これまで食べた食事もおいしかったし、そういう世界で本当に良かった。
サランが香辛料や調味料をいくつか買っていた。
「コースケにおいしい肉料理を食べさせる約束したからね。準備しておくよ」
その言葉と笑顔にうれしくなる。サランの笑顔は最高だ。
スクラでの楽しい観光も終わり、翌日、また馬車に乗った。
3日後に首都ニルヴァーナに到着した。