7.治療
―――U歴350年5月14日―――
コースケ君が逃亡して3日目の夜、由紀と奈々が訪ねてきた。
由紀も奈々も歳が近く、召喚されたのも同じような時期だったので、心が許せる数少ない転移者の友人だ。
コースケ君逃亡にも由紀の催眠、奈々の幻覚で助けてもらった。
由紀は緑色、奈々は黄色の髪をしていて、3人そろうと信号機のようなので、転移者施設の中では人目に付かないところで集まるようになった。
「穂乃果、よかったわね。コースケ君、無事逃げられたようね。今のところ、私たちに嫌疑もかかっていないようだし」
由紀はそういうが、私は、この機会に私の感じている懸念を2人に伝えておくことにした。
「私たちは疑われているわよ。転移者との関係を考えて、行動に出れないだけね。だから、宰相が殺された事件そのものを解決しないと、私たちも危険だと思うわ。あの事件を起こして、宰相を殺した真犯人が誰なのか、本格的に調べたいわ」
「危険じゃない?」
奈々が心配そうに声を上げる。
「今のままでも危険だと思っているわ。魔法大臣と軍務大臣の望む事件解決ストーリーを邪魔したことになるから。それだけでなく真犯人の望むストーリーも邪魔したことになる可能性もあるわ」
私の言葉に少し考えこんだ由紀が言う。
「まあ、簡単に転移者を殺人犯に仕立て上げて、処刑させるようなやつが私たちの周りにいるってことは、確かに危険だと思うわ。真相を追求するのはいいとして、私たち3人では心許ないわね。誰かに協力を頼まない?」
「協力者か……コースケ君と接点があるという意味では山下君なんだけど、謁見の前日にコースケ君の右肩に触れた容疑者でもあるのよ。ララノアはそれだけでは事件は起こせないだろうって言ってたけど何か気になるのよね」
私は、正直、山下君が苦手なこともあり、好意的なことが言えない。
すると奈々が言おうかどうか迷っているという顔をしながら話し出した。
「実は、山下君変な噂があるの。最近、呪術者というか、おかしな連中と関係を持っているって話よ。桜田パーティーの人たちが言ってたわ」
桜田パーティーは転移者15人ほどが集まったグループで、冒険者をやりながら、異世界を楽しもうとする人たちだ。
それほど積極的ではないが、東王国の求める兵役にも参加しているので、東王国側ともうまくやっている感じだ。
由紀が奈々に続く。
「私もそれを聞いたから穂乃果のところに来たのよ。桜田パーティーの人とももめているらしいわ。山下君とは少し距離を置いた方がいい。私たちがコースケ君を逃がしたことも山下君には言わない方が良いわ」
「わかった。そうする。真犯人調査の件は、また、相談させて。他の誰かに仲間になってもらう件もいい人がいたらまた報告するわ」
―――U歴350年5月15日―――
朝になった。
昨日から、生命魔法でサランの治療をし、魔力が枯渇したら、飯食って寝るを4回繰り返した。
サランの呼吸は安定し、顔色もよくなったが、まだ目を覚まさない。
頭を強く打ったりしたのだろうか?
サランの頭部を両手で包み込むようにして、ゆっくりと優しく魔力を流し込む。
頼む。目覚めてくれ。
―――U歴350年5月16日―――
今日もサランの治療と魔力枯渇による睡眠を繰り返しているが、俺の魔力が増えているのか、治療開始から魔力枯渇までの時間が延びている。
おとといは4時間、昨日は6時間、今日は8時間くらい連続で治療できているな。
治療で細かな魔力の調整を行っているせいか、土魔法でも細かな調整ができるようになってきた。
俺が最初に作ったバーベキューコンロは2回ほど使用してすぐ割れてしまったが、土の成分や硬度を調整していたら、何度目かの作り直しで鉄と同じとは言えないまでも、随分と頑丈なものができるようになった。
俺は治療の合間に攻撃魔法の改良に取り掛かった。
あのホーンボア2体を倒せるだけの威力が必要だ。
やはり弾丸を回転させた方がいいか。
サランのように風魔法が使えれば、撃ち出す威力も上がるが、俺には使えない。
まずは弾丸の改良だが、約80cmの長さの巨大な針のような形状にして、硬度を上げてみた。
ホーンボアの身体に突き刺して、ダメージを与えるにはこれくらいの長さが必要だ。
1m超える長さにすると強度的には大丈夫だが、うまく飛ばせない。
80cmの針に魔力を込めて、やり投げのように投げるのが、一番威力が高く、太い木も貫通することができた。
けん制はこれまで通りストーンレールガンで、ダメージを与えるとこには、やり投げだな。
この日もサランの治療、やり投げの練習と魔力枯渇による睡眠を繰り返して終えた。
―――U歴350年5月17日―――
昼過ぎにサランが目を覚ました。
「サラン。大丈夫か?どこか痛いところはないか?」
ボーとした感じで目を開いているが、徐々に焦点が合ってきた。
「……コースケ……」
「サラン、3日も眠っていたんだよ。気がついてよかった。さあ、水を飲んで」
ゆっくりと水を飲むサラン、少し、元気が出たようだ。
「ありがとう。体に力が入らないけど、どこも痛くはないよ」
サランはまだ起き上がることができないようだ。
「少し食べるか?麦かゆをつくろう」
素早く麦かゆを作って食べさせる。
「ありがとう。食べたら少し寝るね」
麦かゆを完食したサランはすぐに寝息をたて始めた。
もう大丈夫だ。
サランの様子を見てほっとしたが、あのホーンボアを倒すまでは安心できない。
俺は黙々とやり投げの練習に励むのだった。
―――U歴350年5月18日―――
昨日、サランは夜にもう一度目を覚ましたが、また麦かゆを食べてすぐ寝てしまった。
そして朝、俺が目を覚ますと、サランが壁に手をついて立ち上がろうとして、失敗して転んでいた。
「サラン、無理しないで。傷はなくても体が弱っているから」
「うん、ごめん。僕は大分眠っていたようだね。君が生命魔法をかけてくれたのかな?」
「いや、俺は生命魔法をまだ使えないんだ。ただ、魔力を流して自分の身体の疲労感や傷を癒すことはできたから、サランの身体にも少し流してみた。効いたのかな?」
「うん。ありがとう。効いたよ。おかげで助かったと思う」
朝食を食べてから、サランのリハビリを手伝った。
昼までには何とか立ち上がって壁伝いにゆっくり歩くことができた。
「あまり慌てなくてもいいよ」
「うん。でも少しは無理しないと体は動くようにならないから頑張るよ」
午後から俺の新しいストーンキャノン=やり投げをサランに見てもらった。
連射性には劣るが、一発の威力はなかなかのもので、木を簡単に貫通する。
「すごいよ!僕の土風混合のストーンキャノン並みの威力があるよ。少し風魔法が混ざっている気がする。たぶんすぐに風魔法を覚えるよ」
「魔法を覚えるってどういうこと?」
「何となく風を操れるようになると、だいたい風魔法の能力が発現しているよ。僕も最初に鑑定したときに発現していた能力は、風魔法と体術だったんだけど、土魔法は後から使えるようになったんだ。鑑定すればすぐわかるから、町へ行ったら教会に行ってみよう。」
この異世界は、ゲームみたいに突然効果音がなって、魔法を覚えるということではないみたいだ。
「魔法は、呪文を覚えると効果的に発動できるよ。例えば、『ストーンバレット』」
サランが唱えると一瞬のうちに石の礫が右手から飛び出した。
「コースケは呪文を唱えないで、魔力をコントロールして魔法を発動しているけど、呪文を唱えると素早く同じ効果の魔法を発動できるんだ。これができるようになるには、術式を覚えないといけないから、先生について習わないと身につかないんだ。ごめんよ。僕ではちょっと教えられないよ」
「そうか。でもやはり魔法については勉強して使えるようになりたいな」
「目的地のニル魔導国は魔法がすごく進んでいて、世界中に魔法の先生を送り込んでいる魔法大国なんだ。きっとコースケに魔法を教えてくれる人も簡単に見つかるよ。急いで行きたいと思うけど、ごめんね。あと、2日くらい療養したら出発しよう」