5.魔物
宰相殺害の容疑者が逃亡したことが明らかになると、城内では慌ただしく捜索がなされたが、夕方には落ち着きを取り戻していた。
もうコースケ君はサランと出会えたかな?さすがに一晩の内に南の森を抜けて、草原まで出たなんてことは予測できないでしょう。
容疑者は召喚された日本人。当然、他の転移者たちが逃亡を手助けしたことを疑っているだろうが、転移者の機嫌を損ねることを嫌ってかあまり強く追及はされていない。
当然、犯人と面識がある私と山下君が一番疑われているようだが、私も彼もアリバイがあって容疑者を逃亡させた犯人だと断定はされていない。
私のテイミング能力のことは、一部の転移者と現地の友達にしか知らせていない。
念話については最初の鑑定で能力が発現していたので、ララノア達、転移者にかかわりがある人間は知っているが、それほど重視されなかった。
念話は距離が離れると使えないから、内緒話ができる能力程度の能力としか見られていない。
「穂乃果、あなたが何か手を貸したのは間違いないと思いますが、今回は追及しません。彼の処遇には私も同情していましたから」
ララノアは私を疑っているようだが、彼を逃がしたことについて、彼女自身は追及するつもりはなさそうだ。
「そもそも彼を犯人に仕立て上げた一連の事件の真相は何かわからないの?」
ララノアは必ず事件の真相を調べるはずだ。大人しそうに見えて、好奇心旺盛で無茶をするのが彼女だ。
「謁見の間で、コースケ君に腕輪をはめた魔法省の役人はテラジーという魔法研究所の管理職です。それほど高位ではないけど、転移者の能力については魔法研究所が管理、研究する権限を持っているから、転移者に腕輪をはめようとした行為自体はおかしくないですよ。この転移者教育施設で転移者にはめられる腕輪、そう穂乃果がしている腕輪も魔法研究所が作ったものだし、この施設にも一定の人を送り込まれています」
「彼から話は聞けたの?」
「その彼はあの事件の後から行方不明です。魔法省が軍務省や衛兵団から容疑者として尋問されることを回避するために隠していると思うけど、一度尋問されれば、どんな罪も捏造されてしまいますからね。この国では」
ララノアは役人ではない。教会に属する神官として、召喚術の研究を行う研究者だ。
彼女は召喚後に転移者たちの話を聞き召喚術の結果を確認、術の改善を行っているが、施設で召喚術を転移者に教える先生でもある。
召喚の条件を調査するから当然日本のこともよく知っている。
また、召喚を行った張本人の一人であるにもかかわらず、なぜか転移者たちから、概ね好意的に思われており、彼女の研究に協力する者も多い。
美人で、優しくて他人のことをよく心配する癖に、研究のために一生懸命で、少し周りが見えない感じが可愛らしいのかな。
なんて私は勝手に考えている。
「山下君が右肩を触ったという話、本人に話を聞けましたか?」
「ええ。彼は魔力の流れを確認して、魔力量を調べたと言っていたわ。空間魔法の能力があると聞いて、少し興味を持ったそうよ。あの魔法は魔力量に比例して効果が上がるからだって」
それを聞いたララノアは少し考えこんでからこう言った。
「彼の能力は火、風、爆弾だったわね。風魔法は使えるけど、他人の右腕に仕込んで、タイミングを計って発動するなんて芸当できるようには思えません」
「そうね。私は、引き続き転移者たちから話を聞いてみるわ」
「私は城内の状況と例の魔法省のテラジーの行方を確認しておきます」
―――U歴350年5月13日―――
少し薄明るくなった時に目が覚めた。
頭がスッキリしてよく眠れたのがわかる。
身体もどこも痛くなく、疲労感がまるでなかった。
本当にすごい身体だな。それとも生命魔法を使えているのだろうか?
サランはすでに起きて火を焚いていた。
「まだ、寝ていてもいいんだよ。昨日はかなり疲れているはずだから」
「それがよく眠れて体はすごく元気になった。すぐ出発してもいいくらいだ」
「そう。良かったよ。今から朝ご飯を食べてすぐに出発しよう」
朝ご飯は干し肉を砕いたものが入った麦かゆだった。
「おいしいな。これ大好きだ。」
「うふふ。ありがと。でもこれからしばらくはこれを食べるしかないんだよ。飽きないように道中で山菜とかを少しずつ加えて味は変えるけどね」
朝食を食べて、森を進む。
トラ狼と一緒に逃げてきた道よりもずいぶんと歩きやすい。
「このあたりの森は、冒険者や村人が獲物や薬草を求めて入ることもあるから、歩きやすいし、果実や食べられる小型の動物も多いんだ。でも、たまに厄介な魔物に出会うこともあるから注意はしないとだめだよ」
薄暗い森の中を進んで、時折、獣や鳥の鳴き声が響いてくる。そのたびにサランは犬耳をぴくぴく動かして、音の出どころを確認しているようだ。
耳がかわいい。ズボンに隠れて見えないがしっぽはあるのだろうか?
こんな時にもつい気になって考えてしまうが、転ぶこともなく順調に進んでいた。
その時、サランが険しい顔して立ち止まった。
「まずいよ。魔物にこちらを把握されたみたい。コースケ、木の上に登れるかい?木の上から昨日練習したストーンキャノンを魔物に打ち込んでほしいんだ。けん制になればいいから」
「わかった。木の上から狙うよ」
そういうとサランに渡された袋に持てるだけ土を入れてから、木を登る。土の無いところから石を生成することもできるらしいけど、俺にはまだ無理だ。
「相手も慎重だね。もう近くにいるようだけど、襲い掛かってこない。コースケ、けん制であの辺りに数発飛ばしてくれない?」
「OK。任せとけ」
昨日練習した通り円錐型の石を3つ作成し、手を振って投げ飛ばす。普通に念じれば飛んでいくけど、俺はこの動作をつけると威力が増す。
着地点で少し獣が動く音がした。
「出てくるよ。たぶんホーンボアだ。僕は少し身を隠してスキを狙うから、コースケは木の上からけん制を続けて」
サランの姿が見えなくなった。
俺は3発ずつ石を形成して、魔物が隠れていると思われる場所に繰り返し投擲してけん制を続けた。
すると少し開けた場所に魔物が出てきて、姿を見ることができた。額から一角獣のような角を生やしたイノシシのような魔物だった。
すかさず、魔物の死角からサランの魔法が放たれ、魔物は横腹の辺りから血を吹き出した。
「エアカッターじゃ倒しきれないなあ。少し魔力を練るから、コースケ、もう少しけん制してて」
何やら策があるらしい。
俺は全力で石を投擲し続けると石の生成速度と、石の飛ぶ速度が上がり、次第にホーンボアにあたるようになった。
ホーンボアも俺の攻撃のダメージを無視できないようで、しきりにこちらを気にしだした。
その時、サランが死角から魔法を放った。
その魔法はストーンキャノンのように見えたが、目にも見えないスピードで、ホーンボアにぶち当たりそのままその体に大きな穴をあけた。
「よし!成功した。土と風の混合魔法だよ」
混合魔法か。すごい威力だったな。俺も覚えたい。
「コースケ、下りてきて。こいつ食べるとおいしいから、今日の御飯用に少し持っていくよ」
サランがナイフを使って肉をいくつか切り取ったものを受け取った。
「今日は子供のホーンベアで運がよかったよ。少し離れて昼御飯にしよう」