49.神聖国の処遇
ウホロヴォの消滅を確認してすぐ、教皇アゾスに案内させて、大司教オルネーの元に行った。
「ララノアさん、お元気でしたか?」
パドラさんが、オルネーと話している間、俺はララノアさんを見つけて話しかけていた。
「コースケさん、ご無事だったんですね」
彼女の顔には本当に良かったという気持ちが表れていた。
「ええ。穂乃果さんたちも無事です。今、俺たちの拠点にいますよ」
それを聞いたララノアさんはとても嬉しそうな笑顔になった
「ジュリエラさんもお久しぶりです」
「はい。お久しぶりです」
『アローサル』
俺は覚醒の呪文を唱えて、再度ジュリエラさんに話しかけた。
「ジュリエラさん、いきなり催眠魔法をかけるのはやめてください。これ以上、ここで抵抗しても無駄ですよ」
驚いた顔をしたジュリエラさんは、すぐに厳しい顔になって言い放った。
「お母さんと、お姉さんたちに手出しはさせないわ」
俺の行く手を阻むように必死に手を伸ばして、ララノアさんともう一人の女性を守ろうとしている。
「ジュリエラ、大丈夫ですよ。彼らは私たちに危害を加えないでしょう」
ララノアさんが、ジュリエラさんを抱きしめるようにして、後ろに下げる。
その時、師匠たちを迎えに行っていたサキさんが、師匠たちを連れて神殿に入ってきた。
7大聖人の5人は、リーリン先輩とラウラーラ師匠の拘束魔法でしっかり拘束されていた。
「ねえ、ショニーは無事なの?」
ジュリエラさんが心配そうに聞いてきた。
サラブーの街まで穂乃果さんたちを追ってきた7大聖人の一人、紅梅色のショニーは俺が一刀両断してしまった。
「ああ、生きているし、俺たちの拠点で保護している」
一刀両断してすぐ、生命魔法で命は取り留めたので、その後、呪術でシブレーと同じように神をすり替え、拠点で休ませている。
それを聞いて、ジュリエラさんだけでなく、ララノアさんともう一人の女性も安心した様子だった。
「ララノアさん、一体何を召喚しようとしていたんですか?」
俺の質問に困った顔をしてララノアさんが答えた。
「私達は、あなたたちと同じ異世界人を召喚しようとしていました。でもベルゼマ様が突然現れ、召喚術式を変えてしまったようです。私たちはアゾス様に拘束されて何もできませんでした」
う~ん。日本とは違う異世界につながったということなのだろう。よくわからないな、召喚術というのは……
パドラさんが、教皇アゾスと大司教オルネーとの話を終えた。
「コースケ、今から、土魔法で、全員分の拘束部屋を作るぞ。手伝ってくれ」
神殿から出て、フィムの森の近くに即席のキャンプを作ることになった。
そこには、教皇、大司教、ララノアさん達、7大聖人を隔離拘束する部屋を準備した。
ノラさんたちと対峙していた兵士は、アゾスに武装解除させたので、ノラさんが兵士に指示して、キャンプの警備と、市内の巡回をしてくれた。
神聖国の処遇は、獣人国とデキラノの代表が、到着次第、話し合うことになった。
両代表とも神聖国の国境付近で待機しているため、早馬を飛ばして連絡すれば、何日か後には到着するらしい。
「しばらくは、警戒だけは怠らず、休んでくれ」
―――U歴351年4月25日―――
神聖国の処遇決定会議の為に、獣人国からはバレンシア第一皇女、デキラノからはルーキアデラ行政委員長という人がやってきた。
ルーキアデラさんというのは、先日坂巻さんと一緒に視察に来ていたルシーさんのお母さんで、坂巻さんも一緒にやって来た。
「ルシーは留守番だ」
坂巻さんに挨拶をすると短く教えてくれた。
会議の結果、教皇アゾスにはすべての責任を取ってもらうことになった。
教皇の座を降りて、死ぬまで幽閉だ。
新しい教皇として、オルネーさんが就任し、教会には教義の変更を要求した。変更する教義とは、獣人、エルフ等の亜人蔑視主義の撤廃だ。
処遇決定会議に参加しているメンバー、バレンシアさんは獣人で、ルーキアデラさんはエルフだし、神聖国が起こした獣人誘拐事件も、獣人蔑視の為に引き起こされたと言える。
教義の変更ができなければ、スラテリア教は、各国で禁教となり、更に神聖国も解体が避けられないだろう。
そしてもう一つ、催眠を心の治療、獣人蔑視教義の変更以外の目的、例えば、信者獲得や神殿建設などに使用することを禁止した。
これに違反した場合は、教皇のオルネーさんが重い罰を受けることになるだろう。
神聖国に、カルザンとデキラノからの駐在監視官を置き、常にこれらの約束が守られるか監視をすることになった。
オルネーさんもララノアさん達3人も獣人蔑視の教えはあまりこだわりが無いようだが、彼女たちにとってスラテリア教はとても大事なものだということが分かった。
「あの教え、いやだったのよ。猫耳も犬耳もかわいいのに」
ジュリエラさんは教義の変更を喜んでいた。
「でも、やはり私たちはスラテリア教を捨てられません。戦争孤児だった私たちに救いの手を差し伸べ、生きる希望を与えてくれたのはスラテリア教だったからです」
ララノアさんたちはこれから司教として、教会の為に働くそうだ。
オルネーさんは約束してくれた。
「獣人蔑視の教義を変更し、催眠も心を救う必要がある時と獣人蔑視を変えさせる目的以外には使わないようにします。急いで、各国にいる娘たちをここに戻して話をしなければいけません。私たちがここに住み続けることができるなんて、皆喜ぶでしょう」
最後まで決まらなかったのは、アゾスをどこに軟禁するかだ。神聖国内で軟禁するのはいつそのシンパが行動を起こすかわからないのでリスクが高い。カルザンやデキラノでも彼を引き取れば扱いが難しかった。
そこでオルネーさんが提案してくれた。
「催眠と呪術で記憶を消し、教団の新しい教えを守り、広める一司祭として罪を償わせるのはどうでしょう?考え方が変わってしまえば、神聖国に置いても誰も担ぎ上げることもできないでしょうから」
この提案にはパドラさんもルーキアデラさんも助かったようで、すぐに呪術を施すことになった。
―――U歴351年4月28日―――
会議も終わり、ルーキアデラさんは急いでデキラノに戻るようだ。
「私は、これからデキラノで大仕事が待っているの。スラテリア教の影響を排除した体制の構築が必要だからね。オルネー様から、デキラノの首都マタガルパの司祭シャンティ様に手紙を書いてもらえたのは大助かりよ。これで勝負はほぼ勝ちが決まったわ」
ルシーさんと違い、非常によくしゃべるお母さんだった。まるで高校生くらいに見えるが、エルフだから年齢はかなり上だろう。
「さあ、帰るわよ。ケント」
坂巻さんはゆっくりする間もなくルーキアデラさんとデキラノに帰って行った。
ようやく落ち着いたので、サカキさんがオルネーさんに会うことになった。本当は坂巻さんも一緒に会ってもらいたかったけど、仕方がない。
「サカキさん、お久しぶり。元気そうね」
「ああ、何とか命拾いしたよ。林さんも元気そうでよかったよ」
「ようやく元気になれたのよ。本当に必死だったわ。この10年間」
「宰相をやってくれたんだってな。ありがとう。坂巻君……君を逃がしたテレポーターの子もお礼を言ってたよ。あの悲惨な召喚と戦争を止めてくれてありがとうって」
「宰相を殺したのは、そこにいる荒井コースケ君よ。私たちは彼を利用しただけ」
俺がこの世界に転移してすぐ、起こした宰相殺人事件は、ララノアさんが仕組んだものだった。召喚魔法陣の術式に細工して、俺の右腕に魔法をあらかじめ組み込み、催眠で操った魔法省の職員に狙いつけさせ、起動用の腕輪の娼着をさせて、暗殺したそうだ。
「本当は、あなたを神聖国に逃がすつもりだったのですけど、穂乃果さんたちに先を越されてしまいました。本当にごめんなさい」
ララノアさんは何度も謝ってくれたが、俺は特に怒ってはいない。東王国に残ってもいつかは逃げ出すことになったろうから。
俺にとって、サランと出会い、その後、師匠やパドラさんたちと出会えたことが何よりも幸運だった




