46.オルネーの事情2
神聖国について、すぐ、司祭の元に向かった。
「思ったよりも早かったな。良かろう、子供たちと住むことを許可する。世話係として、2名つけよう」
神聖国で確保した住処、古い教会は、広さこそ充分であったが、設備は古かった。
教会の敷地内には畑があり、自分たちの食べる分くらいの食物を育てることができた。
そうして、私と20人の孤児との私の孤児院での生活が始まった。
連れてきた子供たちの心は死んでいた。
うつろな目に、時折、叫び声や呻き声をあげるだけの子が多かった。
私は、催眠を毎日かけて、子供たちの辛い記憶を少しずつ消していった。
少しずつ効果が出て、少しずつ笑顔を見せる子も増えてきた。
しかし、どうしても催眠が効かない子もいた。
ララノア、エベルネ、セザンヌの3人は、年齢も高く、高い魔力を有していたので、催眠による治療は全く効果がなかった。
それでも私はあきらめきれなかった。私の魔力が強くなれば、彼女たちにも催眠をかけることができると考えて、催眠をかけ続けた。
ある日、ララノアの頬に両手を添えて、目をまっすぐ覗き込んだ状態で、魔力を強めにして催眠をかけていると、すうっと、彼女の眼の中に入り込んでいくような感覚になった。
彼女が心の奥でひどく怯えているのが伝わってきた。
「大丈夫、私はあなたのお母さんよ。私があなたを守るわ」
私は繰り返しながら、両眼を見つめて魔力を流し続けた。
15分ほど続けていると、ララノアの目に明るさが戻ってきた。
「お母さん!」
私は、突然、叫び、泣き出したララノアを優しく抱きしめ、大丈夫、大丈夫と繰り返した。
私は深層催眠を使えるようになった。
深層催眠を毎日少しずつ繰り返すと、催眠が効かなかった3人もやがて笑顔を見せるようになった。
施設を訪れていた司祭は私に言った。
「お前のやっていることに、多くの人が賛同し、協力を申し出ている。このまま続けるがよい」
「ありがとうございます。もう少し子供たちを増やしたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「世話係を増やそう。彼らに子供たちを迎えに行かせるがよい」
司祭が新しく寄越してくれた人々が私の手紙を持って、騎馬民族の街の孤児院まで行ってくれることになった。
その後も騎馬民族から孤児を迎え入れ続け、孤児たちが100人を超えた頃、司祭が亡くなった。
後ろ盾はなくしたが、すでに多くの人が私の活動を支援してくれていたので、私の孤児院は順調に子供たちを増やしていった。
神聖国に移って4年程経った頃、新たに教皇に就任したアゾスが現れた。
「お前は教会の教義に忠実で、かつ、神の理想の一部を実現した。今後は、私が全面的に孤児院をバックアップしよう」
「ありがとうございます」
アゾスは、一言だけ言って、何も話さない私を不思議そうに見ていたが、また、話し出した。
私はこの男が苦手だった。
「子供たちには、しっかりとスラテリア教の教義を教えるように」
「この子達は、まだ、心の傷が完全に回復していません」
「心の傷を癒すのがスラテリアの教えだ。子供たちは教義の中に生きる理由を見つけることができるだろう」
「わかりました」
「うむ。私が孤児院の全面バックアップをする代わりに、お前には異世界人の召喚を研究し、実施してもらいたい」
「私にはそんなことできません」
「召喚術の専門家は私が用意する。異世界召喚には異世界人の知識が不可欠なようだからな」
アゾスは私が異世界人であることを知っていた。私も特に隠してはいなかったけど。
「何のために異世界人を召喚するのですか?」
「向こうの世界で死にかけている者を召喚し、スラテリア神の力でこちらの世界で新しい生を与える。そして、彼らに神聖国の力となってもらう」
「戦争を起こすのですか?」
「我々が戦争をしたくなくとも、我々に敵対している者がいる。そう遠くない未来、奴らは攻め入ってくるだろう。それから神聖国を守るためだ」
私はひどく悩んだ。私たちと同じように、戦争の為に異世界人を召喚するなんて、許されるはずがない。
「何を悩むことがある。守らなければ、この孤児院もなくなり、子供たちはまた不幸になるだけだ」
「異世界召喚は非常に不安定な術でした。まずは、東王国に人を送り、奴らの召喚術の情報を得るべきでしょう」
「それも任せる。何としても異世界人召喚を成功させるのだ」
アゾスに対しては、異世界召喚を了承したが、私は召喚を実施するつもりはなかった。
「お母さんはこの世界に召喚されて、不幸だったの?」
私がアゾスからの依頼について、ララノアに説明すると、曇った顔でそんな風に聞かれた。
「どうだろう。辛いこともたくさんあったけど、あなたたちに会えたことは幸せだったわ」
そういうとララノアは笑顔になった。
「だったら、私が召喚術の研究をするために東王国に行くわ。東王国の不幸な召喚術を学んで、同じことをしなければいいのよ。皆と少しの間、離れ離れになるけども、お母さんとみんなの幸せのためだもの、頑張れると思うわ」
するとエベルネも続いた
「私も召喚術を研究するわ。戦争に行かされるような不幸な召喚を行えない、お母さんのように幸せな召喚だけできるような召喚術を見つければいいのよ」
「私は外国に行くわ」
突然、セザンヌがびっくりすることを言い出した。この子、ここの生活に不満があったのかしら?
「勘違いしないで、私は、もし召喚の研究がうまくいかなかったときは、召喚しないで、神聖国に住み続けることはできないでしょう?だから、外国で皆が幸せに生きられる場所を確保するのよ。その為には、私だけでなくて、他のみんなにも外国に行ってもらって、基盤を作る必要があるわ。」
セザンヌの発想に驚かされた。そうだ、私たちは神聖国に居続ける必要はないんだ。皆で新しい場所に移ればいい。
それから私たちは準備を進めた。
まずは、召喚術の基礎を神聖国の術師から学んだララノアが東王国に向かった。
エベルネは神殿の建設担当となり、召喚魔法陣を設置するために召喚術を習い始めた。
セザンヌは、司祭の資格を取って、ニナ魔導国に向かった。
残った娘たち6人もセザンヌに習って、司祭の資格を取り、各国に散っていったが、スラテリア教と敵対するカルザン領に送り込んだオヨナとジュリエラには、移住地調査ではなく、敵対勢力の調査が主任務となった。
私は9人の娘たち以外の子供たちに、神を信じ、その理想の実現に幸せを感じる、そんな深層睡眠をかけることにした。
アゾスの話に従ったわけではない。
継続的な催眠のおかげで、辛い過去を少しずつ忘れることができている子供たちだったが、生きる目的までは見つけられておらず、何やら脱力している者が多かった。神の理想の為に生きる、そんな生き方でもいいのではないかと考えたからだ。
アゾスは子供たちの中から特に戦闘系の才能があるものを7人選び、特別な訓練をし始めた。
彼女たちは7大聖人と呼ばれて、教会の重要な戦力となった。




