45.オルネーの事情1
「さあ、召喚を始めましょう」
夕方になってようやく召喚魔法陣が完成した。
まずは、異世界の座標となるべく、異世界人をランダムに召喚するが、召喚条件は、生命力:極小、年齢:高齢、と設定する。
エベルネ、ララノア、ジュリエラが魔法陣の3点の端に立ち、呪文を唱えながら魔力を注ぐと魔法陣が光を放ち、術が起動した。
10分後、魔法陣の中心には、見た目20代の緑の髪をした青年が横たわっていた。
「日本で死にかけていた老人の肉体が変化して、若返って召喚されたみたいね。召喚術、成功だわ」
召喚を成功され息も絶え絶えの3人もそれを聞いて大喜びだ。
「さすが、私の娘たちね。よくやったわ」
召喚した緑の髪の青年は魔法陣の外に連れ出し、そのまま催眠で眠らせたままにしておく。
「さあ、あと3人、同じ様に召喚するわよ。魔力が回復次第、順番にあわてないで進めなさい」
私は3人に指示を出して、一旦魔法陣を離れ、アスティのところに向かう。
アスティ達7大聖人が、2人欠けた状態で、揃っていた。
娘とはしていないが、孤児だった彼女たちも私が育てた子供だ。
菖蒲色のアスティ、躑躅色のツーラン、浅葱色のアレット、瑠璃色のルシェラ、若草色のワリダの5人。
この場にいない小豆色のシブレー、紅梅色のショニーを含めて全部で7人。
7人とも孤児だった。両親の惨い死を目の辺りにし、更に、自らも手ひどい虐待を受けた戦争孤児達。私は彼女たちに神にすがる深層催眠を施した。
そうしないと彼女たちは生きられなかったから。
神の理想を実現するという生きる目的を持った彼女たちは、少し狂信者のようになってしまったが、まあ、元気だからいいだろう。
「アスティ、あなたたち、神殿に敵が乗り込んできたら頼んだわよ」
「はい。お任せください。オルネー様」
9人娘だったら、ここで一人一人抱きしめてあげれば、喜ぶんだろうけど、この子たちにとっては、神こそすべてで、私はあくまでも神の代弁者に過ぎない存在だ。
それでもこの子たちには、神の理想を実現するという生きる希望がある。
ここまで来るのに時間がかかった。
10年ほど前、私は東王国に召喚された。
大した戦闘能力もないのに戦場に出ることを強要されて、ある日、騎馬民族の捕虜になった。
捕虜になっても、私の催眠が、彼らに効いたので、自分の印象を上げて、待遇をよくしてもらい、ひどい目にあうことはなかった。
そこで、たくさんの戦争孤児と出会った。
父母を目の前で東王国の兵に虐殺され、自身も拷問された悲惨な記憶を持ち、生きる希望をもたない子供たちだった。
族長の男に何とかしたいと言ったが、
「こいつら全員の母になる覚悟はあるか?」
と問われ、何も言い返せなかった。
捕虜から解放された私は東王国に戻ったが、初期の転移者全員が東王国に殺される危険が出てきたので、すぐに、東王国を脱出することになった。
皆がニナ魔導国に逃げ出す中、私一人で騎馬民族のところに逃げた。
その時、名前は忘れたが、テレポーターの子に手伝ってもらった。
私が殺されそうになったから逃げてきたと言うと、族長たちは、何も言わず、街に入れてくれた。
この街は騎馬民族の首都のようなところで、スラテリア教の小さな教会もあった。そこでは小さな孤児院を営んでいて、年老いた老婆が数人の孤児を育てていた。
私はその孤児院で手伝いを始めたが、騎馬民族は貧しかったので、寄付も支援も集まらず、数人の孤児しか養えなかった。
ある日、年老いた孤児院の院長が私に言った。
「もし、本当に皆を救いたい気持ちがあるなら、スラテリア教に助けを求めなさい。本国に行けば、恵まれない子供たちにも支援をしてくれるでしょう。私が紹介状を書きましょう」
私は紹介状を握り、スラテリア神聖国に一人で向かった。
幸いなことに騎馬民族の領土には黒の河という大きな河が流れていて、これを船で遡っていくと河の国の首都につながっていた。
そこで赤の河の定期船に乗り換えて、それほど難なく神聖国にたどり着くことができた。
神聖国首都アミアンに着くとすぐに大きな教会に向かった。
孤児院の院長の手紙を渡すと、しわが深く疲れたような表情をした司祭が力なく言った。
「教会にはすでに力も金もなくなった。孤児たちを助ける力はない」
「どうして、あの子たちを助けられないの?」
「この国では、政教分離が進み、教会の力が大きく減ってしまった。今は、国の観光事業に寄与する宗教モニュメント何ぞの建設で、教会が子供たちを助ける為に使えるお金はほとんどなくなってしまった」
「観光客が増えて、お金がたくさんもうかれば、また、子供たちを助けてくれるのかしら?」
「教会に力があり、人々が教義の実現を信じているときは、寄付で十分子供たちを助けることができるだけの金は集まった。教会の人間そのものはそれほど裕福ではなかったがね。観光で金が増えても本当に子供たちに金を使うかどうかはわからんな」
「何とかならないかしら?あの子達を助けたいの」
じっと私の顔を見つめた司祭様はある提案をしてくれた。
「この街の郊外に古い使われていない教会がある。そこを無料で貸してやるから、お前が救いたい孤児を20人連れてきなさい。そして、教会で協力してくれる人間を作って、少しずつ助けられる人を増やしていきなさい」
「皆を助けれるくらい協力してくれる人がいるかしら?」
「ここは、神聖国首都アミアンでスラテリア神聖国の聖都だ。少なくとも騎馬民族の領地よりは、スラテリアの教えを信じて、金に余裕がある奴が多いから、お前の気持ちに共感して、協力する奴もいるかもしれん」
私はスラテリア教の教義をよく知らない。ただ、弱い子供を大切にすることというのが、教義にあることは知っていた。
私がやりたいことに共感して協力してもらうという司祭の言葉が妙に気に入った。
「わかったわ。まず、20人連れてくるから待ってて」
「ああ、最初は何人か人もつけてやるからゆっくり始めなさい」
すぐに船に乗って騎馬民族の街まで帰った。
族長にお願いした。
「いずれは全員引き取ります。まずは20人、私と来ることを許してください」
私の説明を聞いた族長は考えてから言った。
「いいだろう。どうせここに残してもいつまで生きられるかわからない子達だ。我々にはあの子たちを育てる余裕がない。必ず全員連れていけ」
孤児院の院長にもお願いした。
「まずは20人連れていきます。その後、できるだけ早くみんな呼ぶので、準備をお願いできますか?」
「いいでしょう。私もあなたを信じて、待ちましょう」
そうして私は20人の子供たちと一緒に神聖国に移り住んだ。




