43.侵攻最終準備
―――U歴351年4月10日―――
軍事的には準備は整った。後は政治的な問題で、それも残りは僅からしい。
カルザン領の軍が、神聖国に攻め込むということ、それは、王国が連合国に攻め込むという意味だ。単純に悪いことをしたやつを制裁するというわけにはいかないようだ。
獣人国は獣人誘拐事件の報復をする必要があるので、その事件を解決したカルザンが手を貸す、また、神聖国が前カルザン領主を操り、国の財産を不当に神聖国に奪われた報復をするというのが建前だ。
国の財産を不当にっていうけど、実はケモミミ好きな前領主が、神聖国が誘拐してきた獣人を高値で買いまくっただけだ。
王国の王様は、連合国の各国の了解を得ることを条件に、2つ返事で神聖国への侵攻を許可してくれたが、この建前を連合国の各国に認めさせるためにみんな奔走した。特にリーリン先輩、ナレンダ師匠、それとパドラさんのお母さん、お爺さん、お婆さんは、昔の伝手を使って、各国を飛び回ったそうだ。
「パドラ~、弟子が師匠をこき使うなんて、一生返せない恩を作ったからね~」
とリーリン先輩はことあるごとにパドラさんを脅して、いろいろさせていた。
特にパドラさんのマッサージは極上の様で、いつもマッサージさせていた。
パドラさんのお爺さん、お婆さんは、昔有名な冒険者だったらしく、各国に太いパイプを持っていた。パドラさんは、各国を説得したのは、本当はこの2人なんだけどね、内緒だけどって俺にこっそり教えてくれた。
実は、俺がパドラさんと出会う前、ちょうど河の国から獣人国に行こうとした時に、王族のバカンスを理由に、船の運航が止められ、街の出入りを制限されたことあったが、その時、連合国の各国の首脳がラクーンシティに集まって、秘密裏の会議をしていた。
そしてその会議で、カルザンの神聖国侵攻と、各連合国がそれを見ないふりをすることが決められたそうだ。
侵攻までに最後に残った政治的問題とは、連合国最大の国家デキラノとの最終調整だ。デキラノにはスラテリア教の信者が多く、国の中枢にも何人もいるらしい。そんな中、スラテリア神聖国をよく思っておらず、侵攻に理解を示すデキラノの有力者を集めて、侵攻後は彼らにデキラノ中枢を抑えてもらう必要がある。
侵攻とデキラノ国内の政変はタイミングを合わせる必要があった。
「実はデキラノには転移者らしき人間が一人いるんだ。俺も1度しか会ってないし、ほとんど話すことができなかったけど、コースケたちに会って、確信したよ」
いつかパドラさんがそう言っていた。
「あの人の能力はテレポートなんだ。かなり使用条件が厳しいようで、俺Tueeeはできないようだけど、それでもすごい能力だよな」
その話を聞いた時は、うらやましいなあくらいにしか思ってなかったけど、今日その人がここサラブーの侵攻軍の基地に来るので部隊長として俺が相手をすることになった。
馬車に乗って現れたのは、デキラノのカルザン対神聖国侵攻軍視察団の団長で、デキラノ反神聖国派トップの娘だった。10歳くらいの可愛らしい女の子だったが、エルフなので年齢はもっと上だ。
「ん。よろしく」
短い挨拶だが、小さく、かわいい子に言われるとつい頬が緩んでしまう。
「おい、ちゃんと挨拶しろよ。カルザンの人たちに失礼だろ」
黒一緒に馬車から下りてきた髪の青年が少女に見える団長を注意する。
「ん」
「はあーもう。すいません。デキラノの視察団の団長ルシーと副団長の坂巻です」
あ、日本人確定。
「初めまして。カルザン対神聖国侵攻軍団長の新井コースケです」
びっくり顔の坂巻さんが聞いてくる。
「日本人?マジで転移者?」
「はい。あなたの後輩です」
実は、事前にサカキさんに聞いて、たぶん坂巻さんだと教えてもらっていた。東王国召喚第一号の異世界人、坂巻健斗さんだ。
「お忙しいと思いますが、少しあちらで話をしませんか?会っていただきたい人がいます」
「ああ、いいぜ。ルシー、俺はちょっとこの人たちと話があるから、適当に視察しといてくれ。遠くには行くなよ」
「ん」
坂巻さんを軍の司令部の一室に案内する。そこにはサカキさんと穂乃果さんたち、先日逃げてきた4人がいた。
「サカキさんじゃないですか?無事逃げれたんですね」
「ああ、久しぶりだね。坂巻君」
「ところでコジローたちはどうしたんですか?」
「ああ、皆、死んでしまって、生き残ったのは私一人だよ。東王国逃亡の時はありがとう。おかげで、皆で楽しく冒険者生活もできたよ」
「そうですか。コジローたちのことは残念ですが、サカキさんが元気そうでよかったです」
その後、各々自己紹介を行い、穂乃果さんたちが東王国の現状を説明した。
「そうか、あのくそったれ王国はもうだめなのか。逃げ出せてよかったな。施設に隔離された新しい転移者たちを俺たちが逃げる時に誘ったんだが、誰も付いてこなかったからな。気になっていたんだ」
穂乃果さんの話では、その誘われた人は桜田さんと吉川さんだろう。二人とも無事かわからないらしい?
「それにしてもあの宰相暗殺とはすごいな。あいつがすべての悪の根源みたいなやつだったからな?東王国もダメになるはずだ」
その言葉に反応したのは山下さんだった。
「えっと、軍務大臣や魔法大臣でなく、宰相ですか?」
「ああ、いつも軍務大臣と魔法大臣の2人を煽って、2人がいがみ合う間に美味しいところはすべてあいつがもらってた。でもあいつ頭がいいんだよ。俺たちも逃げ出すんじゃなく、東王国をぶっ潰そうと考えたけどできなかった」
東王国の話で盛り上がった後、俺は今回の侵攻対象、神聖国の転移者林ルルさんのことを聞いた。
「林ルルさんだって?あの人生きていたのか?そうか。あの人が教団トップなのか……」
坂巻さんはずいぶん暗い顔して、続きを話そうか迷っているようだった。
「彼女は日本から誰を召喚するつもりなんだろうか?家族か誰かいたのを聞いたことあるかい?」
サカキさんが坂巻さんに聞いてくれた。
「いえ、聞いたことがありませんよ。あんまり、転移者同士、日本のことは話しませんでしたからね。俺は、彼女が東王国から逃げる時に手伝いをしたので、少し話す機会はありましたが、家族のことは何も聞いた覚えがないですね」
彼女自身に異世界召喚で呼びたい人がいるわけではないのだろうか?
「彼女も君が逃がしたのかい?」
「ええ、彼女は騎馬民族の領土に向かいました」
それには穂乃果さん達もびっくりしていた。
「彼女は長く騎馬民族の捕虜になっていて、その間に何かあったのだろうね。捕虜として戻ってきた後も騎馬民族のところに戻りたがっていたから」
「彼女にも何か理由があったと思うが、この世界の獣人を誘拐して、何人もの人を不幸にした罪はちゃんと裁かれるべきだと思う。俺は今回の侵攻に協力するよ。ただし、ルシーの警護があるから、戦場には行けないけど、彼女の母親にデキラノの国内をしっかりまとめさせるさ。」
坂巻さんは最後にそういうとあまり一人にしておけないからと言って、ルシーさんのところに帰って行った。
ルシーさんと坂巻さんの視察は無事終わり、デキラノはカルザンの準備に問題が無いことを確認したので、侵攻を許可するという結論をもらった。
話したのは全部坂巻さんでルシーさんは最後に
「ん」
と一言話しただけだ。
ルシーさんと坂巻さんはテレポートで帰って行った。何でもテレポート先の座標を数か所しか指定できないらしい。
「な、そんなにうらやましい能力じゃないだろ?」
と言って、帰って行った。
いや、うらやましいよ。




