42.カルザン領神聖国侵攻部隊
―――U歴351年3月30日―――
昨日、穂乃果さんに再会したことには驚いたが、更に彼女たちがもたらした情報が衝撃的だった。
その情報のおかげでこの2か月余りの調査とこれまでの神聖国の動きがいろいろつながった。
5年前、パドラさんが誘拐された獣人を発見して、獣人を軟禁していた領主を倒して、新領主となった。この事件は、神聖国が、神殿建築の資金集めの為に獣人を誘拐し、旧領主に売り渡していたから発生した事件だ。
今年の1月にラッシュビルで発生したノノエの両親たちが聖地に向かおうとした事件だが、調べてみるとクレイビルでは、かなり前から、スラテリア教信徒が聖地を訪問し、数カ月後に帰ってくる巡礼が頻繁に行われていた。
巡礼から帰ってきた信者たちは、聖地で修行をしたと証言していたが、穂乃果さんたちの証言によると彼らは神殿工事に当てられたようだ。
教団には大司教オルネーの他に9人の催眠術使いがいて、各地に潜入している。ラッシュビル教会にいたジュリエラも、東王国で転移してすぐお世話になったララノアさんもその一人だ。
催眠術の力は、ラッシュビルの事件で見せつけられたので、ラウラーラ師匠、リーリン先輩、ノラさん、サカキさんで、催眠が使える由紀さんの協力を得て対策を練っている。
そして、神聖国の目的は異世界召喚だということは、これまでどれだけ調べてもわからなかったし、シブレーも教えられていなかった。
シブレーから、教皇アゾスと大司教オルネーのことは聞いていたが、彼女が、東王国が召喚した異世界人で、彼女の大切な人を召喚するため、神殿を作り、召喚魔法陣を準備しているというのには本当に驚いた。
そのオルネーについて、サカキさんはたぶん知り合いだと言っていた。
「7番目の転移者で、穂乃果ちゃん達から聞いた容貌から考えると、林ルルさんで間違いないと思う。俺よりも少し前に召喚されていたけど、催眠能力については覚えていないな」
神聖国で彼女が何をやろうとしているかわからないが、このまま放置するつもりはない。
-----------------------------------------------------------
「異世界人をなぜ逃がした?」
珍しく教皇アゾスが私の部屋に来た。
「そう、あの子達、逃げたのですね」
東王国から命からがら逃げ出して来た異世界人が逃げ出したという。
できるだけ気を使ったつもりだったけど、やはり、宗教国家は息苦しかったようね。
「異世界人召喚計画に遅れは?」
アゾスが気にするのはこのことだけだろう。
強力な能力を持った異世界人の召喚、その技術を手に入れる為に、ララノアを東王国におくり、召喚対象の条件設定ができる魔法陣の開発まで行った。
「大丈夫です。皆、転移者は放っておいていいわ。エベルネ、ララノア、ジュリエラ、3人で力を合わせて、召喚魔法陣を完成させてね。特定召喚の前に何人か不特定の異世界人を召喚して、眠らせておいてね。彼らの記憶を座標特定に使うわ。できるだけ長生きして、老衰で死にかけている人がいいわ、その方が座標にできる情報が多いのよ」
3人が了解の返事をする。
ララノアは彼らが逃げたと聞いて、複雑な表情をしていたけど、彼らが心配なのでしょう。本当に優しい子だわ。私の望みを叶えないではいられないはずなのに。
「今後の計画に障害になりそうなのは何だ?」
アゾスは心配が多い。
「カルザン領の領主だけど、クレイビルのオヨナからは特に変わった動きがあるという報告は来ていないわね?」
私の問いにエベルネが頷く。
より領都に近いラッシュビルからジュリエラが撤退し、領都の情報は入ってこなくなったけど、こちらに攻めてくるには、クレイビルを経由しないと軍隊は送ってこれないので、オヨナがクレイビルにいてくれれば、抑えられるはずだ。
まあ、もし攻めてきても、7大聖人と信徒が守るから簡単にはやられないわよ。
「そう言えば、ショニーは戻ってきたの?」
「いえ、異世界人を追いかけたまま、帰って来ていません。ショニーが彼らにやられるとは思えないのですが……」
7大聖人の筆頭、菖蒲色のアスティが言う。
この子は相変わらず凛々しい女の子だわ。スーツとか着せたら似合いそう。
「アゾス様、私に彼女を探しに行かせてもらえませんか?森の中か、その先のサナルにいると思うのですが……」
「だめだ。7大聖人は、カルザンの奇襲に備えてアミアンで待機だ」
「はい。わかりました。アミアンの防衛を継続します」
7大聖人はアゾスのいうことに絶対に逆らわない。
彼女たちの深層催眠は神が絶対になっているから、アゾスは神の声を代弁する教皇に過ぎない。
彼女たちは私やアゾスの言葉を神の意志に合わせて歪曲して理解するし、もし、私やアゾスが神の声を代弁する者でないとなれば、シブレーの様にすぐに離反してしまうので、それを補うために催眠を使っている。
ただそれが効きすぎて、私たちのいうことに絶対に逆らわない。
異世界人は神聖国に合わなければ、外国に行ってもいいと言ったのに、どうせまた歪曲して追いかけたんだろう。
逆に9人の娘は、私が母で、私の幸せが彼女たちの幸せっていう深層催眠だから、私の行いが、教団の教義や神の教えに背いても私の意見を優先してくれる。
異世界人召喚さえ成功すれば、アゾスとの契約は終わる。もう少しだ。
----------------------------------------------------------
サナルの街サラブーは神聖国に一番近い大都市だ。
この街に拠点を作ることを考えたのはパドラさんだ。
俺に会う前からサナルの首長と秘密裏に打ち合わせを重ね、彼らの求める物を提供し、関係を構築してきたらしい。
俺はこの街に拠点を作る責任者になった。
理由は簡単で、単にほかのみんなが忙しかったからだ。
「助かったよ。コースケが強くなってくれたから任せることができるんだ」
パドラさんはそう言ってくれて、俺にカルザン対神聖国侵攻部隊長という役割をくれた。実は、スゲー嬉しかった。思わず顔がにやけてしまう。
サランはそんな俺を優しく微笑んでみてくれていた。
この2カ月間、俺はサナルとカルザンビルを行き来して、数人ずつ人員を送り込んだ。ラッシュビルとクレイビルの軍隊を動かすと神聖国にばれてしまうので、カルザンビルに移住した元気な退役軍人を抜擢した。
クレイビルから船に乗れば、サナルまですぐに来れるのだが、クレイビルを経由せず、獣人国の国境沿いの陸路を通って、サナルまで兵を運んだ。
獣人国の首都タイガーシティとカルザンシティの間は街道ができて、高速馬車が行き来しているので、そこから離れた国境をわざわざ通る商人はほとんどおらず、秘密裏に行動ができた。
カルザンで農業に従事する彼ら退役軍人を連れてきてしまうと、農作物の生産量が落ち、異変に気付かれてしまうかもしれないが、パドラさんの植物成長促進魔法で収穫量を維持したので、ほとんど目立たなかった。この2か月パドラさんはほとんど毎日くたくたになるまで畑に魔法をかけて回っていた。
すでにサナルにいる侵攻部隊の準備は完了している。後は待つだけだ。




