38.神聖国の秘密
ララノアが神聖国のスパイとして東王国にいたという事実は、私にとってもショックだったが、山下君のショックはかなり大きかったようだ。
「俺は召喚術や呪術に興味があったんだ。将来的には自分で使えるようになりたいと思っていた。それをララノアに話したら、応援すると言って、召喚術のことを教えてくれたり、呪術の先生を紹介してくれたりしたんだ」
へえー、山下君って、何やってるかよくわからなかったけど、召喚術の勉強とかしてたんだ。
「ララノアは、昔、召喚術で多くの人が召喚されて死んだことや、コースケの召喚の時に組み込んだ能力を上げる為の新しい術式のことなど、いろいろ教えてくれたんだ。俺に魔法陣の破壊を依頼したのは、彼女の紹介で呪術術のことを教えてくれていた呪術師の先生だった」
そう言えば、山下君が魔法陣を破壊して逃亡した後、ララノアは山下君と連絡を取っているか私に聞いた。ララノアは山下君のことを知っていたはずなのに、あれは、私に山下君と逃げろって言いたかったのだろうか?
ララノアが私たちをどう思っていたのかはわからないが、彼女が優しい性分なのは演技ではなかった気がする。
ララノアのことは置いておいて、やはり、神聖国とオルネーさんのことは何か信用できない。だって、ララノアのようなスパイを東王国に送り込んでいたのに、私たちに都合のいい、うまい話を持ってくるわけがない。
真田さんと三矢さんはオルネーさんを信用しているようだが、他のみんなは懐疑的な感じだ。
「何が狙いか知りたいわ」
私の言葉に皆が反応する。
ギブアンドテイク、私たちに安全と安心の生活を保障してくれる代わりに、オルネーさんは、何を望むのか?それが提示できないのなら、私たちに悪影響のあることだから言えない可能性が高いと思う。
「いや、同じ日本から来た転移者なんだから、困っていたら助けてくれるもんだろう?」
真田さんが言うが、ここは日本ではない。
「少なくても東王国にスパイを送り込んで、転移者の世話をする仕事に就かせて、転移者を監視していたんだもの、その目的だけでもわからないと安心できないわ」
私の言葉に由紀と奈々、高田さんと市屋さんも頷いてくれた
「わかった。俺は賛同する。でどうするんだ」
山下君も賛成してくれた。
「まずはララノアを探して、話してみたいわ」
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「ララノア、久しぶりだな」
「エベルネも久しぶりね」
私とエベルネとセザンヌの3人は、最初にオルネー様、いえ、お母さんの娘になった。だから一番仲がいい。でも他の6人の妹たちもかわいいと思う。
エベルネは神殿建設と儀式の準備を担当している。
神殿建築の事業には多くの信徒が集められた。彼らに催眠魔法をかけて、働かせているが、エベルネは無茶をさせないようだ。
一定期間働いた者は、その期間に修行した記憶を植え付けて、家に帰しているらしい。
「神殿はもう完成したの?」
「ああ、完成だ。後は中の召喚魔法陣を仕上げるだけさ」
私が東王国に滞在して、召喚魔法の情報を集めたのはこのためだ。
東王国よりも遥かに巨大な異世界人召喚魔法陣、この魔法陣を使って、異世界人を召喚する。
それはお母さんと教皇アゾス様との約束だ。
東王国でも成功したことがない特定の異世界人を召喚する召喚術を私たちは成功させようとしている。
「ねえ、エベルネ、アゾス様は神聖国を守るために異世界人を必要だから、この大きな魔法陣で異世界人を召喚するんだよね?」
「うん。アゾス様が異世界人召喚をお母さんに頼んだから、私たちがその為に準備してるんじゃない」
「私は東王国で召喚魔法を学んだから、あまり神聖国の召喚術に詳しくないのだけど、異世界人召喚にこちらの世界にいる異世界人が必要なの?」
先ほどのお母さんとの話で、異世界人が召喚に必要なのはわかったが、どのように必要なのかわからなかった。
「ああ、この魔法陣は召喚したい異世界人の条件を設定できる新しい魔法陣だが、特定の異世界人を召喚する際、異世界の座標を指定するのに、異世界人の記憶が必要なんだ」
「それって、記憶を使われた人は大丈夫なの?」
「ああ、平気さ。もし、今の記憶はなくなってしまっても、催眠で新しい記憶を植え付けれるからな」
私は少し胸騒ぎのようなものを感じた。
「今回、東王国からお母さんと同じ異世界人を何人か連れてきたみたいだけど、彼らにそれをやってもらうのかしら?」
「そうじゃないかな。彼らの体は、召喚時に変化して、すでにこちらの世界の人間と同じになっているから、異世界から残っている記憶をなくしてしまえば、完全にこちらの人間と同じになる。それは異世界人を救うことにもなるって、お母さんは言ってたよ」
そうなのかもしれないけど、そうなのだろうか?
エベルネは何でもないように言うが、記憶を完全になくすということは人が変わってしまうということではないだろうか?
私は、東王国で出会って、今、この国にいる8人の異世界人たちの顔を思い浮かべる。彼らの記憶がなくなることを考えると胸が痛んだ。
「相変わらず、ララノアは優しいな」
エベルネは私を抱きしめてくれる。
「彼らにとっても良いことのはずだよ」
少し落ち着いた私は、先ほどのお母さんとの会話を思い出す。
彼らには、神聖国に残るか、外国に行くか選ばせていると言っていたし、彼らの記憶のことを何も言っていなかった。
彼らの記憶が必ず必要というわけではないだろう。
「異世界人の記憶は、いつ頃、必要になるの?」
「そうだな。召喚魔法陣に、今から、ララノアの持ってきた東王国の術式を組み込むから、2週間はかかるから、その後かな。ララノアも術式組み込むの手伝ってよ」
「ええ、わかったわ」
私は、召喚魔術が好きだから、今からエベルネと召喚魔法の術式を考えるのもとても楽しそうに思えた。
ふと見上げると、ピンクのトサカをした猿が、木の上からこちらを除いていた。変わった猿だと思って見ていると、その猿は木をつたって、どこかに行ってしまった。
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「だーっ!最悪だー!」
思わず大声を上げた私にびっくりして、他の7人が一斉に振り向く。
ピーコにララノアを探させたら、少し離れた大きな神殿のようなところに向かう姿を見つけて、後をつけさせたら、さっきの会話を聞けた。
何よ。私の記憶がなくなって、新しい人格を植え付けたら、私じゃなくなるわよね?
私がいろいろ考えていたシナリオの中でも結構最悪の部類だ、いや、異世界人の血が必要とか、生贄にするとかいろいろ考えたけど、記憶をなくすだけならまだましかも……って、そんなわけないわね。
「緊急会議!」
私は大声をあげて、皆を集めた。




