35.山下
―――U歴351年3月1日―――
リガシュの街を眺めながら、どうやってニル魔導国に入国するかを考える。
結局、昨日リガシュが見えるところまで着いたが、どうするか結論が出なかった。
リガシュの街には東王国の兵がいて、出国する者の身分を確認するだろう。
街から離れた国境線を越える方法もあるが、ニル魔導国の国情がわからないので、不法入国者を問答無用で処刑……もあるかもしれない。
「リガシュの兵士に見つかるのが一番よくないわ」
「私もそう思うわ。ニル魔導国が不法入国者に優しい国であることにかけた方がいいわ」
由紀と奈々は街から離れた国境を越える方がいいと考えているようだ。
「普通、不法入国者は問答無用でとらえて、強制送還だ。日本だってそうしていただろう?」
筋肉ムキムキで眼鏡をかけた高田さんが言う。
「そうだよ。不法入国者を自国に入れると、相手国から犯罪者を匿っているとか何とかいわれて、いちゃもんつけられるだろ?そんなリスクはどの国もとらないよ」
背が小さい市屋さんも高田さんと同じ意見だ。この二人は吉川グループの人で仲がいいはずだ。
「国境超えて、そのまま、どこにも泊まらず、更に隣国まで逃げたらどうだ?そこまで行けば、東王国とはもめないだろう?」
「さらに隣国って……行き方がわからないわよ」
真田さんの意見にすかさず突っ込む三矢さん。2人は私たちのように時々冒険して、ゆったり異世界を楽しむ人で、私たちともよく話をした。
「このまま、リガシュの街に入っても、ニル魔導国の国境どころか、東王国の国境を越えられない可能性が高いから、正規に入国するのは難しいと思うわ」
私はそう言いながら、じゃ、どうするんだと自分でつっ込んでいた。
その時、ライガから念話が入った。ライガ達テイミングしている魔物との念話は距離に関係なく双方向ですることができる。
私は、ライガからの報告に驚きつつも、何かの突破口にならないか期待して、そこに会いに行くことにした。
私は、テイミングしている魔物たち、猿のピーコ、狼のライガ、鳥のブーコに森とリガシュまでの間を警戒させ、転移者を見つけた場合はすぐ報告するように指示していた。
ライガが見つけた人物は、私たちと一緒に逃げてきた転移者の生き残りではなかった。
「こんなところで何をしているの?」
私の声にびっくりして振り返ったのは山下君だった。
リガシュから北に数キロ離れたところで、一人で大きな岩の間に隠れていた。
「穂乃果、どうしてこんなところに?」
「私たちは東王国を脱出しようと、王都を出てきたのよ。山下君こそ、4か月ほど前に王都を離れたと聞いたけど」
私たちの王都脱出のことは全く知らなかったようで、一瞬、驚いた顔をしたが、私たちが戦場から帰ってきたときのようにボロボロの様子になっているのを見て、同情するような顔になった。
「それは大変だな。俺が4か月前に起こした事件のことは聞いたのか?」
「ええ、召喚魔法陣を壊したって聞いたわよ」
「ああ、あれは殺人マシーンだからな」
もしかして、吉川さんが言っていた昔の集団召喚のことを言っているのだろうか?質問しようとしたら、山下君が続けて話したので聞きそびれた。
「実は4か月間、ずっと隠れていたが、ようやくこれから国境を越えれそうなんだ。あんたらも一緒に来るか?」
「国境を越えるってどうするの?」
私がいきなりのことに言葉を失っていると、由紀が代わりに質問してくれた。
「ああ、今から、迎えに来てもらうんだ。」
「え、誰に?どういうこと?」
「俺に召喚魔法陣破壊を依頼した人たちさ。この国の召喚術の真実を教えてくれた人たちだ」
そう言えば、昔、山下君が変な呪術師みたいな人と付き合ってるから近づくなって、誰かに言われたような気がする。その人たちのことだろうか?
「大丈夫なの?その人たちは?」
由紀もかなり怪しい話だと思っているようで、だんだん口調が厳しくなっている。
「俺は信用しているが、あんたたちから見たらどうだろうな?まあ、あんたたちも東王国から逃げ出そうとしているんだったら、このまま国境を越えるのと、その人たちについて行くのとどちらがリスクの高い選択か考えてくれればいいよ」
皆で顔を見合わせるが、皆、何とも言えない顔をしている。
「せめて国境を越えてどこに向かうかだけでも教えてくれない?私たちも今のままでは決められないわ」
奈々が山下君にお願いしてくれた。どうにも私も由紀も山下君が苦手でうまく話せない。
「ああ、俺が向かうのは神聖国だ」
その答えに誰も反応できなかった。
神聖国ってどこにあるの?
結局、私たちも山下君と一緒に行くことにした。
やばい連中だったら、どっかでさよならすればいいかとみんなで結論づけた。
数時間岩場で待つと、黒いローブが2人現れた。
「8人か、情報より多いな」
黒ローブの一人が言う。
「彼女たちも東王国から逃げ出して来た転移者だ。特に人数の制限はなかったはずだけど」
「ああ、問題ない。すぐに出発しよう。神聖国に着くまでは急いだほうがいい」
そういうとローブの2人はいきなり走り出した。
「とにかく、国境を越えてしばらくはある程度国境から離れるまで走るぞ。ついて来い」
2人の走るスピードはなかなか速かったが、私たちはもともと能力値も高く、戦場を経験した転移者だ。問題なくついていけた。
「よし、この調子なら、大丈夫だろう。今から毎日走って、神聖国まで行く。街道は通れないので、道の無いところを行くことが多いが、20日ほどで到着できるだろう」
王都を脱出してからもずっと走ってきたが、また、20日も走るとなるとぞっとする。
ただ、やはり身体的に変化しているせいか、日本で走るよりもずっと楽だ。
私たちは覚悟を決めて、ローブの男の言葉に頷いた。
彼らはメッスとベルダンと言い、神聖国のスラテリア教団の人だった。神聖国自体が宗教国家なので国家公務員みたいなものだろう。
一緒に移動を始めると、ローブの男たちは意外にも気さくで、神聖国のこと、神聖国までのルートにある国のこと、この世界の常識や不思議な伝承など、いろいろ話してくれた。
当然、移動で走っているときは、ほとんど話すことはないが、休憩するときはいつも何かしら話をしてくれた。
慣れてくると、私たちも東王国脱出に至った経緯を話したりした。
私たちの話を聞いても、彼らは、それほど驚いたりしなかった。
「それは大変だったな。あの国はそういう国さ。さっさと逃げ出してよかったよ」
東王国をよく知っているのか、それとも私たちを気遣って言ってくれたのかよくわからなかったが、とりあえず、神聖国に歓迎してくれそうだったので、途中で逃げないで、神聖国までついて行くことにした。
―――U歴351年3月21日―――
私たちは、道中に東王国の追手に襲われることもなく、予定通り、神聖国首都アミアンに到着した。




