33. 東王国脱出
―――U歴351年2月19日―――
転移者施設の一室に、25人全員が集合した。
施設の外に住んでいる者も一度施設の中に入って集合した。
転移者の中には香林のように王国に従順な人も多いので、今回の脱走の情報が、東王国側に流れていることを想定している。
だから、見つかることを心配して、ばらばらになるより、皆でまとまって動いた方が安心できるし、軍と戦闘になっても押し切れるからだ。
「よし、一気に南門を通って、南の森に駆け込むぞ。みんな全力で走るんだ」
吉川さんの号令で一斉に走り出す。
施設は街の南側にあるので、街の南門まではそれほど距離はない。しかし、これだけの人数で街を駆け抜けると、やはり、目立つので、人々が何事かと騒いでいるのが分かった。
南門は開いており、衛兵は私たちに気付くと、警戒はしたが、街に入るのではなく、出ていくだけなので、私たちを制止することはなかった。
南門を抜けるとすぐに森が見えた。
皆で森に向けて走りこもうと速度を上げると、森の中から、赤い明りがいくつも見えた。
「止まれ!待ち伏せだ」
ある程度予想をしていた事態だが、想定される敵の戦力はどんなに多くても兵士100人で、私たちならそれほど苦も無く撃退できるはずだ。
ゆっくりと森から現れたのは、予想通り100名ほどの軍隊だが、予想外のことがあった。
香林たち王国従順派の転移者が武器を構えて立ちふさがった。
転移者同士を戦わせれば、当然、双方に損害が出る。
王国にとって、転移者は騎馬民族戦線維持に欠かせない戦力だ。
私たち25人がいなくなっても痛手だが、香林たちまで失えば、瞬く間に戦線は崩壊するだろう。
だから、私たちの脱出計画が露見しても、転移者同士を戦わせることはないと考えていた。
「お前たちどこに行くんだ?」
香林が大声で問いかけるが、彼もわかっているから、特に返事を期待してはいない。
「香林、お前にももう東王国が長くはないことがわかるだろう?」
吉川さんが、大声で問いかけるが、香林は意に介さず、攻撃してきた。
『フレア』
私たちの目の前に大きな炎が迫ってきた。
『アイスシールド』
由紀が魔法で皆を守る。
それを合図にこちらの皆も一斉に攻撃を始めた。
無数の魔法が乱れ飛ぶ戦場、仲間の何人かがけがをして、倒れるのが分かった。
私も相手に向かって大規模魔法を使う。
『ハリケーンバースト』
大きな竜巻が発生し、瞬く間に、辺りにいる敵を巻き込んで進むが、最後、爆発して大ダメージを与える寸前に、敵が、同じく風魔法『ハイパーストーム』を唱えてレジストする。
生命魔法が使えるものが、けがをした者を回復させ、肩を貸しながら、攻撃魔法のスキをついて、森に駆け込む。
『メガフレア』
奈々が渾身の魔法を放った隙に私を含めた最後の数人が森に駆け込む。
一目散に森を走り、休憩ポイントに決めていた沢に至る。
先に来ていた転移者の姿がちらほら見える。
「全部で何人だ?」
吉川さんが点呼を取る。私は由紀と奈々の姿を確認してほっとした。
「21人だ。4人は無事であることを祈ろう」
今から戻って助けることはできない。私たちは再び森の中を走り始めた。
―――U歴351年2月20日―――
私は、テイミングしている猿のピーコと狼のライガに森の出口で待機させ、安全を確認していた。
朝日が昇り、少し空が明るくなり始めた頃、森を抜けた。
これから西に向かって、しばらく草原を行くと、今度はラファーガの森に入る。
2匹を先行させて、森までの安全を確保しながら、昼前には無事森に入ることができた。
私たちは能力値が高い転移者なので、通常は5日ほどかかる森も3日もあれば抜けることができるはずだ。
ラファーガの森に入って2日目の夜、順調に道程を進めていた私たちに思いもよらない敵が現れた。
伝説の魔物ラファーガに襲われたのだ。
―――U歴351年2月21日―――
「ちくしょう!あいつが何でここに出てくるんだ」
私は一度も見たことがなかったが、吉川さんはラファーガを見たことがあるようだ。
生命魔法の探知魔法が得意な人が、最初にその気配を発見した。
そして、発見後、すぐにそいつは現れた。
ラファーガは黒い体に2本の赤い縦線が入ったトラのような生き物で、体高は約3m、体調は約8mととにかく大きかった。
そして、素早かった。
迫るラファーガに必死で魔法を放つが、ほとんど効果がない。
氷も炎も土も風もその硬い体毛を少し傷つける程度で、ダメージを与えられない。
1人、また、1人と鋭い牙と鋭い爪の犠牲になっていく。
「一気に魔法を集中して押しとどめるぞ。俺に合わせて魔法をかけてくれ。その間に走れる奴は走って逃げろ」
吉川さんが叫び、『ダイヤモンドダスト』を発動すると、何人かの水魔法使いと、風魔法使いが、広範囲魔法を連発した。
辺り一帯の温度が急激に下がり、暴風吹き荒れ、空気も凍える極寒地帯に変わった。
ラファーガの動きが少し鈍ったところで、みんなが走り出した。
後ろを振り返らず、必死に走った。
走り始めてしばらくすると、後方で叫び声が聞こえるようになったが、前を走る私たちは、立ち止まることなく走り続けた。
奴が追ってきている。その恐怖で足を止めることができなかった。
疲れて、朦朧とするが、私は生命魔法で私と周りの人を回復しながら、休憩もとらずに進んだ。
そして夜が明け、太陽がまた傾き始めた頃、森を抜けた。
疲れ果てて、座り込む者を私は必至で確認した。
森を抜けたものは、たったの7人だけだった。
由紀と奈々はいたが、吉川さんはいなかった。
まだ、完全に安全だとは言えなかったが、森を抜けたことで安心した私たちは、夜になっても一歩も動くことができず、そのまま、その場で夜を越した。
―――U歴351年2月23日―――
翌日の朝まで待ったが、私たち7人以外に後から森を抜けてくるものはいなかった。
森に入って、生き残りを探す勇気は誰も持ち合わせていなかった。
7人のうち、生命魔法が使える者は私一人だったが、昨晩はほとんど枯渇していた魔力も一晩寝て回復していた。
「穂乃果の生命魔法のおかげで助かったわ。それが無かったら、昨日走り切ることができなかった」
由紀と奈々が小さな声でお礼を言ってきたが、私は少し罪の意識を感じていた。
ここにいる私以外の6人は私の近くを走っていたから、継続して、回復をかけた覚えがあるが、少し離れたところを走っていた人に、私は魔法をかけていない。その人は今この場にいない。
暗い気持ちを引きずったまま、私たちは歩き出し、5日後、国境の街リガシュに到着した。




