32.東王国脱出準備
扉をたたくと中から声がしたので、ゆっくりと開けて中に入った。
ララノアがいた。相変わらず、美しい子だ。
「穂乃果、また戦場に行っていたのですね。無事でよかった。お疲れ様です」
ララノアは心配そうな顔で気遣ってくれた。相変わらず優しい子だ。
「ララノア、少し聞きたいことがあるのだけどいい?」
「はい、いいですよ。どうしたのですか?」
「召喚術で人が死ぬことってあるの?」
ララノアは少しびっくりしたような表情を見せたが、答えてくれた。
「ここ何年もそういう事例はありません。昔は何人かなくなられたことがあると聞きましたけど、私はそういう事例にあったことがありません」
「私が召喚された時は、一人だけだったの?ほかの人も一緒に召喚されて、死んでいるとかそういうことはない?」
「ないですよ。今の召喚術は転移させる人の安全のため、召喚術にいくつも転移者を保護する魔法を重ね掛けして実施します」
ララノアは真っすぐ私の目を見て答えてくれた。
「そう。安心したわ。少し、昔の話を聞いたのよ」
「確かに昔は召喚した者の身体が、こちらの世界に順応できず、亡くなる事故があったそうです。今は、身体的にこちらの世界に順応させる魔法を召喚術に織り込んでいるのですが、その副作用で、外見的に大きく変化する人が増えています」
私の髪は召喚された時に真っ赤になった。顔も日本にいた時とはずいぶんと変わっている。
「度重なる戦地への強制招集の為、転移者の中で、王国に対する不信が芽生えているのは理解できますが、皆さんには冷静になってほしいです。性急な行動は良い結果につながりません」
ララノアは桜田さんたちのことを知っているのだろう。彼らのように王国と敵対して、早まるなと言いたいのかもしれないが、戦場で、劣勢にあることが分かっている私たちは、今のままでは、いずれ東王国が負けると思っている。
「このままでは、東王国は危ないわ。私たちは、生き残るための選択肢がいろいろあってもいいと思うの」
ララノアが何ていうか気になったので、少し、踏み込んだことを言ってみた。
ララノアは少し考えてからこう言った。
「東王国には神の加護があります。あなた達転移者を授けてくださるのも神の御意思です。いずれ状況も好転するでしょう」
忘れていた。ララノアは神官だった。神にすがるって手があったわね。
「わかったわ。ララノアありがとう。もう行くわ」
「あ、穂乃果。山下さんに会いましたか?」
部屋を出ていこうとした私にララノアが聞いた。
「いえ、彼、強制招集にも出てこないことが多いから、最近は全く見ていないわ」
「そうですか。彼を見かけたら教えてください」
「わかったわ。じゃあ」
私は、ララノアの部屋を出て、由紀と奈々に会いに行った。
「桜田さんたちがリガシュに向かったというのは、隣国に脱出するつもりと考えていいのよね?何で誘ってくれなかったのかしら?」
私たちは2か月以上ずっと戦場にいて、王都に帰ってきたのは昨日だ。
それを由紀もわかっているが、こう言うのは、本当に連れて行ってほしかったからだろう。
「しょうがないわよ。まあ、吉川さんたちがいるから、私たちにもまだチャンスはあるわ」
3人で話し合った結果、私たち3人は東王国から脱出することを決めた。
3人とも脱出したいと思っていたが、3人だけでできる自信がなかっただけだ。一緒に行ってくれる人がいればすぐにでも脱出したいと思っていた。
「ところで山下君の話を聞いた?」
由紀が突然話を変えた。さっきララノアからも山下君のこと聞かれたけど、何かあったのだろうか?
「聞いたわよ。神殿に乗り込んで、召喚の魔法陣を破壊したっていうのでしょ?その後、街から逃げ出したって聞いたわよ」
「え、そうなの?初めて聞いたわよ」
「私も聞いたのはついさっきよ。みんな戦場から帰ってきたばかりだから当然よ。でも山下君が事件を起こしたのは4か月前の事よ。前回、2か月前に戦場から帰ってきたときには、山下君はすでに逃亡していなかったのよ」
山下君は、何で召喚の魔法陣を破壊したのだろうか?
「彼がなぜそんなことをしたのか、今どこにいるのか誰も知らないのよ。穂乃果、ララノアに聞いてみたら?」
「さっき、ララノアと話したけど彼女から山下君と会わなかったか聞かれただけで、事件のことは教えてくれなかったわ」
もう一度、ララノアに聞いても教えてくれないだろう。
彼女は転移者に優しいが、それは、転移者と良い関係を作ることが、召喚術の研究と成果を上げる為に必要だからではないだろうか。
彼女は召喚術に多大な熱意を持っている。
いずれにしろ、吉川さんたちと東王国脱出の計画を打ち合わせ、実行に移すまで、あまり時間がない。来月には次の強制召喚があるだろう。そうすればまた数カ月も王都に帰ってこれないかもしれない。
戦場のどさくさで逃げ出すのはリスクが高い。東王国の軍も展開しているし、騎馬民族と遭遇する可能性もある。
この王都から西のニル魔導国に行くのが、成功する可能性が一番高い。
―――U歴351年2月9日―――
「10日後の深夜、この森を抜けて、王都を脱出する」
吉川さんの言葉に脱出に賛同して集まった転移者たち、全部で25人が一斉に頷く。
主に、吉川グループ全員と私と同じようにゆるく異世界を楽しもうとしていた人たちだ。
香林たち王国従順派には、当然、声をかけていない。
他の何をしているのかよくわからない転移者たちも誘っていない。
元々101人と言われた転生者のうち、昨年、強制招集に応じたのは約70人いた。その後、戦闘での戦死者、山下君たち、そして、桜田パーティーなど、王都から抜けた人が出て、この前の強制招集に応じたのは約50人だ。
今回一緒に脱出する者が25名になる。
「東王国軍は戦力の大半を騎馬民族との戦線に残している。脱出の障害になるのは森の魔物だが、ラファーガの縄張りにさえ入らなければ、俺たちにとってはそれほど脅威にはならないはずだ。」
私たち転移者はそれなりに強い。東王国軍の軍人と比べて、身体能力はそれほど高くないが、魔法については、私たちの方が強い。
施設の魔法使いの先生の中には、強い魔法を使える人もいるが、人数は少ない。
私たちには、国境に向かう道程よりも、ニル魔導国に入国できるかの方が心配だった。
「難民として受け入れてもらおう。ダメだったら、またみんなで次の国まで逃げればいいさ。皆、準備を怠らないでくれ」
吉川さんの言葉に、みんながうなずいた。




