31.東王国転移者たちの苦悩
―――U歴351年2月1日―――
疲れた体を引きずり、陣地に戻る。
騎馬民族との戦争は激しさを増し、私たち転移者の戦争への強制招集も断続的に行われていた。
そして、12月、初めて転移者の死者が出た。桜田パーティーの人だった。
その後も何人かなくなり、今では強制招集に応じる転移者は、50人ほどに減っていた。
「もう限界よ。何とか脱出できないかしら」
由紀が泣きそうな声で言って来る。ほぼ毎日話し合っているが、出てくるのは愚痴ばかりだ。
「桜田パーティーが強制招集に応じなくなって負担が増えているから大変だわ」
奈々も疲れ切った顔で言っている。
半年ほど前から、桜田さんには、コースケの事件を話し、逃亡に協力した私たちの安全を確保するため、事件の解決に協力してもらっていた。そんな中で、メンバーがなくなり、強制招集にも応じなくなったため、最近は連絡が取れていない。
桜田パーティーは王国との対決姿勢を鮮明にし、冒険者ライセンスも取り上げられ、活動もできなくなっていた。
もう2か月以上戦場にいる私たちには、今、彼らがどういう状況にあるのかうかがい知ることができない。
「桜田さんが言っていたわよね。昔、召喚された人たちは、国外に出ていったって。私たちも抜け出せないかしら?」
由紀はすぐにでも東王国から抜け出したいと思っているようだ。
「私たちだけでは無理じゃない?東王国内の宿に泊まらないで国境まで旅しないといけないわよ。野宿してもいいけど、その先、隣国に入国するには、身分証明書がいるでしょ?転移者の私たちに簡単に入国の許可が出るとは思えないわ」
奈々も本心は東王国を離れたいと思っているが、自信がないのだろう。
私も、私たちだけで東王国を脱出するのは難しいと考えている。だから桜田さんたちと協力して何とか状況を変えたい。
「明日で一旦、戦場を離れて、王都に戻れるわ。とりあえず、桜田さんたちに連絡を取ってみましょう」
―――U歴351年2月5日―――
王都に戻って桜田さんたちを探したが、どこにもいない。
他の転移者に聞いて回ったが、皆、戦場から戻ってきたばかりで、誰も状況を知らなかった。
吉川さんに会った。吉川さんは、桜田さん同じくらいに召喚された、一番古い転生者の一人で、魔法や武技の能力取得に一生懸命な転移者を集めて、吉川グループとでもいうべき集団を作っている。
吉川グループは、東王国に対して、敵対的ではないが、率先して協力するわけではなく、一定の距離を保っている。桜田さんとも仲がいい。
「俺も桜田たちを探していたんだ。どうやら、王都を離れて、歩いて西のリガシュに向かったらしい」
リガシュはニル魔導国との国境の街で、私も一度だけ訪れたことがある。街道はあるがあまり整備されていないので、馬車でも徒歩でも6日はかかるだろう。
吉川さんは、難しい顔をしながら続けた。
「昨日、王国軍は追手を差し向けたようだ。彼らを黙って行かせるつもりはないらしい」
「まさか。彼らを殺すつもりなの?」
「捕らえようとしていると思いたいが……」
吉川さんも心配しているのだろう。最近の東王国は信用できない。
国境の街に向かったということは、桜田さんは国外に逃れるつもりだろうか?吉川さんに桜田さんから聞いた話を聞いてみる。
「桜田さんが、昔の転移者は隣国に行った人もいると言っていたけど」
私の話を聞いた吉川さんは少しびっくりしたような顔をしたが、答えてくれた。
「ああ、俺と桜田よりも前に召喚された人は、一人も残っていないが、ニル魔導国に行くと言っていなくなった人もいた。他は当時、行方不明になったといわれたが全員が隣国に行ったのかもしれん」
「それって20人くらい、全員ということですか?」
「ああ、俺たちより前に召喚された人は21人といわれていて、桜田が22番目、俺が23番目だ。ただ、彼らに聞くと生き残ったのが21人で、実際に召喚された人はもっといるらしい」
「それって、当時も戦争で亡くなった人がいたということ?」
「いや、召喚した時に死んだと言っていた。何十人も一緒に召喚されて、生き残ったのは1~2人だったそうだ。実は俺と桜田は、俺たちより前に召喚された人たちとは、別の施設にいて会ったことがなかったのに、彼らの何人かが隣国に行く前に、わざわざ俺たちを誘いに来てくれたんだ。今の話はその時聞いた。彼らは東王国に対して不信を持っていたけど、俺と桜田に対して、東王国はよくしてくれていたからな、俺たちは隣国への誘いを断って残ることにしたんだ」
私はその話に衝撃を受けた。背筋が凍るような思いがした。
「俺も桜田もその話を聞いて気になってな。俺たちは召喚されて気がついたときはベッドに1人で寝ていたから、起きるまでのことがわからない。だから、俺たちを召喚した神官に聞いたが、1人だけ召喚したと言っていた。ただ、実際に召喚を見せてほしいとお願いしたこともあるが、召喚の間には入れてもらえなかった。」
私も召喚された時、寝ていて、後で起きたし、召喚の瞬間を見せてもらったこともない。
「俺と桜田は、その先輩転移者から聞いた話を他の転移者に話さないことにした。桜田が穂乃果達に話した理由はわからないが、最近の東王国のやり方に思うことがあったのだろう。桜田たちが国境の街に向かったと聞いて、正直、俺もどうしようか考えている」
吉川さんは私の目を見ながら、話してきた。
「私と由紀と奈々の3人もどうするか考えているわ。今、吉川さんに聞いた話を彼女たちにしてみるわ。その時は協力しましょう」
「ああ、俺たちも話し合っておこう」
吉川さんと別れた私は、転移者施設に向かう。
由紀たちに会う前に確認しておきたいことがあった。




