29.捕虜
―――U歴351年1月13日―――
朝になってもシブレーが帰ってこない。
シブレーは、一昨日から、行方不明事件の捜査をする冒険者で、教会の関与を疑い出した者を順番に処分し始めたが、昨日は、送り出した信者が軍に連れ戻されたと聞き、その信者をもう一度本国に向かわせる仕事を先にやらせた。
「何かトラブルでも起こったのかしら?」
助祭たちに聞いてみるが、誰も状況はわからなかった。
シブレーと互角にやれる実力者がラッシュビルにいるとは思えない。
上級冒険者は、皆、稼げる魔物討伐の為に、カルザンビルに行っているはずだ。
軍に連れ戻された信者も1組だけで、彼らからは何か情報が洩れる心配はほとんどないだろう。
ここラッシュビルは、同じカルザン領のクレイビルに比べると、まだまだ教会の力が弱い。
一方、クレイビルでは商人や一般市民に相当数の信者がおり、数年前から弾圧が強まったとはいえ、その力はそれほど衰えていない。
当然、今回の聖地への信者派遣では、クレイビルから相当数の人を送り出したが、問題とならないようにうまくできているようだ。
少しラッシュビルを離れた方が良いしら?
やはり、50人の信者移送は、早計だったかもしれないわね。
ラッシュビルで基盤を作るという目的だったし、一定の信者を作り出すことはできたわ。
少し、活動は後退してしまうけど、一網打尽にされるよりはましよね。
仕方ないけど、ここを離れられるよう準備して、いくつか手を打っておいた方がいいわね。
私は、助祭たちを呼び、指示を出した。
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捕らえた女は何も話さない。
ライコスさんの部下が拷問を行ったが、何かわけのわからない神のことを繰り返すだけで、全くほしい情報が手に入らない。
「こいつはだめだな。リーリンの拷問でもしゃべらんかも知れん。やはり、ノラかパドラの呪術を使うしかないな」
ライコスさんもリーリン先輩の拷問のことを話すときは顔を歪める。どんな拷問するんだろう?
いずれにしろ、捕虜からの聞き取りも敵拠点の攻略も応援が来てからではないと進展はなさそうだ。
ノノエの両親たちは朝起きてもノノエたちのことを忘れておらず、聖地に行きたいとも言わなかった。
「昨日は、突然、また、聖地に行きたいと思うようになったけど、なぜ、そう思ったのか本当にわからないの」
ノノエのお母さんが自分の気持ちの変化に戸惑っているので、もうしばらく基地に泊まってもらうことにした。
午後になって、応援が到着した。
リーリン先輩、サカキさん、ノラ近衛軍団長と近衛軍1軍が来てくれた。
「コースケ、私が来たからには安心してね~」
リーリン先輩は早速捕虜の白い女を拷問し始めた。
水魔法で窒息させ、氷魔法で腹をえぐり、火魔法で顔を焼き、風魔法で四肢を切断しながら、生命魔法で回復を繰り返す。えげつない!!!
ライコス将軍とノラ近衛軍団長はいやそうな顔をして、最初から拷問部屋には入らず、外で待っていたが、俺もすぐに退出した。
結局、白い女はリーリン先輩の拷問にも何もしゃべらず、うつろな視線で、ぶつぶつ何かを繰り返すだけになってしまった。
「調子悪いな~。こういうタイプはどんなに痛めつけてもダメかも?」
今度はノラさんが呪術を使って女を調べ始めた。
しばらくすると女が素直にノラさんの質問に答えるようになった。
「お前の名前はなんだ?誰の為に何をやっている?」
「私はシブレー。スラテリア教7大聖人の1人、小豆色のシブレー。異教徒を殲滅し、この世を清浄化するのが使命だ。神の代弁者たる、教皇アゾス様の命令で、今はジュリエラ様の指示で働いてる」
小豆色か、シブレーは肌も病的に白く、服も真っ白だが、髪が赤茶で小豆色に見えなくもない。
ムーラン教はやはりスラテリア教の関係組織だったな。
でも、殲滅、清浄化って、危険な話だな。
「教団はラッシュビルで何をやっているんだ?」
「教義を広め、神の信徒を増やしている。異教徒が減る。素晴らしいことだ」
「昨日はなぜ、あそこにいた?」
「聖地に行かず、戻ってしまった信徒をもう一度聖地に行かせるためにそいつの家に行った」
「どうやって信徒を聖地に行く気にさせるんだ?」
「鈴の魔道具を鳴らせば、その気のある奴は聖地に向かう」
「魔道具とは何だ?催眠術の道具か?」
「……」
鈴の魔道具を探したが、落としたのか見つからなかった。ノノエの両親を操っている術については、シブレー自身がよくわからないようで、情報が出てこなかった。
スラテリア教の教皇アゾスの名前とムーラン教の司祭ジュリエラの名前が出たが、やはりムーラン教はスラテリア教と関係があったな。
ジュリエラ司祭のところに行って、確かめるしかないか
ノノエの両親を見てもらった後、ノラさん、リーリン先輩、サカキさんとムーラン教の人を操作する術について、話をした。
「2人を見た限り呪術ではなさそうだな。呪術でも同じように操ることができるが、何十人も行方不明者が短期間で発生したことを考えると、呪術は魔力をかなり消費するから、よほど術者が多くないと難しい」
ノラさんはさっきの尋問で呪術を使ったから、魔力があまり残ってないそうだ。そもそも呪術の使い手は少なく、俺の周りにもノラさんとパドラさんしかいない。リーリン先輩もラウラーラ師匠でも使えないそうだ。
「水魔法と生命魔法の混合魔法で人を眠らせたりはできるけど、人を操ったりはできないなあ~。2人を調べたけど、確かに何か魔力を感じるけど、呪術ではない感じだよ~」
リーリン先輩も呪術を否定した。
「薬だけでいうことを利かせることはできないさ。飲ませたり、嗅がせたりして、一度に多くの人を昏睡状態にしたり、意識を朦朧としたりすることは可能だが、考えられるのはその状態にして、催眠のようなものをかければ可能かもしれん。まあ、魔法があるんだから集団催眠があってもおかしくないだろう」
なるほどサカキさんの意見ももっともだ。
ただ手段がわからないと対抗処置が準備できないので、うかつに教会に踏み込むことができない。『ピースオブマインド』は何度も唱えないともとに戻らない。俺は自然に催眠状態がとけたが、サランは魔法1回、ノノエの両親は何回もかけないととけなかった。
「それは、魔力量に比例するんだろうね~。呪術も魔力が多い人にはなかなかかからないよ。でも、幼少期から何度も呪術にかかっている人は魔力多くてもかかり易くなっちゃうけどね~」
それなら、俺たちは教会に行っても安全じゃないかな
「コースケはおかしくなっても、すぐ正気に戻ったんだよね?サランは、『ピースオブマインド』1回で正気に戻ったんなら、中に入る人間を選んで、私とコースケで魔法をかけ続ければ何とかなるかな。それにノラが呪術を皆にかければ、少しは催眠を効きにくくできるんじゃないかな?」
ノラさんが頷く。何とかなりそうだ。
その後、ライコス将軍も入れて、話し合いを行い、明日、教会に乗り込むことに決めた。
俺は、リーリン先輩に使えそうな便利魔法をいくつか教えてもらって、明日に備えた。




