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26.カルザン伯爵領





 ―――U歴351年1月10日―――


 カルザン領に来て、半年が過ぎた。

 この間、俺は修行に明け暮れた。


 ラウラーラ師匠から魔法の基礎を学び、ケンブから剣術と体術の基礎を学んだが、新しい師匠もできた。ナレンダさんは、パドラさんの戦闘術の師匠で、魔法を体術に組み込んで実践的な戦闘術を得意としていたので、パドラさんの勧めで教えてもらうことになった。

 あと、パドラさんが物作りを教えてくれた。パドラさんは物を作る時、土魔法だけでなく、水、風、火の魔法を同時に使用して物を作る。非常に高度な魔法制御が必要だ。


 教えてもらった技術を駆使して、蒸留器を新しく作成した。

 皆が新しい蒸留器で作った蒸留酒を喜んでくれた。

 研究を進め、サカキさんをうならせる品質のブランデーを作ることができた。サカキさんが作ったブランデーを樽に入れて寝かせている。


 カルザンビルの周辺の農地は、最初来た時にすごい豊作に見えたが、これはパドラさんが植物成長促進魔法をかけているからだった。この辺り一帯の収穫高は、ほかの地域に比べて約5倍多く、領内だけでなく、王国の他領や獣人国に輸出されていた。

 今では1,500戸ほどに急激に増えたカルザンビルの人口だが、収穫の人手がたりず、まだまだ人口は増えるだろう。


 人口が急激に増えた理由がもう一つあった。

 それは、俺が修行の成果を確認するため、頻繁にラズラズの森で魔物を倒し、その死体を空間魔法に入れて持ち帰るので、魔物素材を捌くために冒険者ギルドと商人をカルザンビルに誘致したからだ。

 ラッシュビルの冒険者ギルドの支店と、クレイビルの商業組合から派遣された商人が店を構えたが、何でもカルザン領の経済を牛耳るクレイビルの商人が一枚かませろと言ってきたらしい。


 今ではラズラズの森は、魔物討伐で稼ぐ冒険者に人気のスポットになりつつあり、彼らが倒した魔物は、森近くの冒険者ギルド魔物買取所で買い取られ、そこから馬車でカルザンビルまで運搬、解体後、商人ギルドに卸されるという商流ができたが、それに関わる人たちが多く移り住んできた。


 蒸留酒も高値で少しずつ商人ギルドに卸し始めたので、魔物素材売却益と合わせてどんどん俺の資産が増えた。

「コースケ、俺よりも領主向きかも。異世界経済チートやれてるじゃん」

 俺は特に金儲けがしたいわけではないけど、パドラさんは俺以上に関心がない。例えば、パドラさんが土魔法で作った食器は青磁のようになり、芸術品としても相当な値段で売れるはずだが、全く売ろうとしない。

 まあ、カルザン領が潤えば、すべて領主のパドラさんのものになるんだから、今でもすごい資産があることになるけど。


 領内の経済は、王様が派遣した文官でサノーラさんという女性がラッシュビル、クレイビルの商業組合と調整しながら切り盛りしている。

 一方、領内の政治、政策は、王様から派遣されたもう一人の文官でマスードさんという男性が家宰として仕切っている。


 それぞれ領主の承認がいることについては、パドラさんか、妻のカルメラさんの許可を取って行われているが、2人にはカレンさん、セラフィさん、エノアさんという3人の美人秘書がいて、実際にはこの3人が、王様から派遣された文官たちと話をして政策を決めているようだ。

 特にカルザンビルのことについては、この3人がすべて取り仕切っていて、冒険者ギルドの誘致や農地拡大、農産物の生産、販売計画もこの3人が決めたものだ。

 できる秘書なんだが、俺にはパドラさんの愛人にしか見えない。何か色気がすごいんだよね。3人とも……


 カルザン領も順調に成長しているが、俺もこの半年間でかなり強くなって、パドラさんから護衛なしで、領内なら行っていいという許可ももらえた。最近はサランと2人でラッシュビルやクレイビルまで買い物に行ったりしている。



 今日も、ラッシュビルにサランと二人で来た。馬を飛ばして2時間かかった。

 通常の街道高速馬車だと5時間かかる。

 2人でサカキさんに頼まれた食材を市場で購入し、服を見て回った。

 俺の空間魔法は未だに空間収納が使えるだけだが、買い物には便利なので、街への買い物は頼まれることが多かった。


「随分、お店が増えたね。景気がいいよね」

「そうだな。人も多いよな」

 カルザン領内全体が好景気だ。


 市場の中央広場を通ると、少し変わった服を着た神父が説法を行っていた。ムーラン教という宗教で財産を寄付して徳を積めば、神に召されるとかいう如何にもいかがわしい教義を持った、新興宗教だ。

「あいつら、前に来た時もいたよな」

「うん。何か怖いよ」


 パドラさんが敵対していると言っていた神聖国は、スラテリア教という宗教で、ムーラン教とは違うが、パドラさんたちはこの2つが関係ある宗教ではないかと怪しんでいた。

 スラテリア教は選民思想が強く、獣人やエルフを下に見て、獣人を誘拐して他国に売るような奴らだが、ムーラン教はそういう教義はなさそうだ。


「パドラさんがムーラン教には注意しろって言ってたよ」

 スラテリアと教義が違うとはいえ、パドラさんは怪しんでいるようだ。


 昼食を適当な食堂で取ってから、買い物を再開する。

 あとは、カルメラさんに頼まれた絨毯を買うだけだ。

「良さそうなものを10枚くらい買って来いってさ」


 何軒かの店を回って絨毯を購入していると、人が言い合う声が聞こえた。

「お父さんとお母さんを返して!」

 10歳くらいの女の子が冒険者のような男に詰め寄っていた。

「しつこいぞ!知らんといってるだろう」

 男は少女を突き飛ばして先に行こうとする。

 地面に倒れこんだ少女は膝を怪我したようで、足から血が出ていた。


 俺とサランは慌てて少女に駆け寄る。

 男は一瞥したが踵を返して、去っていった。

「大丈夫か?『ヒール』」

 傷を治して少女を立たせると、少女はびっくりしたような顔をしたが、笑顔でお礼を言ってくれた。

「ありがとう。お兄さん、お姉さん。ひどいよね、あの人」

「どうしたんだい?何かもめてるようだったけど」

「私のお父さんとお母さんが、昨日連れていかれたの。家から出ていくあの人たちを見たから間違いないと思うんだけど」


 少女はノノエという名で12歳、このラッシュビルで学校に通っている。

 ノノエが昨日学校から家に帰ると、両親がいなくなっていて、あの冒険者が家から出ていくところを見たらしい。両親は今日になっても戻らなかったようだ。


 気になったので、ノノエの両親を一緒に探すことにした。

 両親の行きつけの食堂などにも話を聞いたが、皆昨日から見ていないという。

「最近お仕事がうまく言ってなかったみたいで、お父さんは悩んでいたみたいなの。お母さんと2人でよく話していたわ。ここ数日は何か相談に乗ってくれる人がいるって喜んでいたのに」


 手掛かりを求めて、冒険者ギルドに行った。

 受付のお姉さんに聞くと意外なことを言っていた。

「行方不明が、最近増えているんですよ。ギルドにも依頼がかなり来ているわ。でもまだ見つからないのよ」

 ここ10日ほどの間にすでに十数件の捜索依頼がギルドにも寄せられているらしい。


「どんな人たちが行方不明になっているんですか?夫婦そろっていなくなるケースが多いわ。他の家族が知らないうちに居なくなるみたい」

 なんか大きな事件の匂いがしてきたな。


 冒険者ギルドを出て、明日も捜索に協力することを約束し、ノノエを家に送った。1つ下の弟がいるそうで、あまり遅くまで家を空けることはできないようだ


 俺とサランはもう少し捜索を続けることにした。




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