25.カルザン領に向けて
―――U歴350年7月15日―――
獣人行方不明事件が片付いたので、2日ほどゆっくりした後、予定より早くカルザン伯爵領に向かうことになった。
俺はこの2日間で蒸留器をフル回転させ、大量の酒をサランの両親に土産として置いて来た。
当然、蒸留器は回収し、俺の収納空間に保管済みだ。
カルザン伯爵領の領都カルザンビルまでは、ラクーンシティとタイガーシティの間と同じように、街道と高速馬車が整備されており、3日で到着できるそうだが、パドラさんたちはさらに短い2日でたどり着けるそうだ。
出発する際、獣人国の皇帝、2人の皇后、第一皇女バレンシア様が見送りしてくれた。
パドラさんは第二皇女の旦那なので当然か。本当にすごい人だ。
大きな馬車が2台、1台目にはパドラさん、サキさん、パドラさんのお母さん、ナレンダさん、サカキさんが乗り、2台目にはリーリン先輩、俺、サラン、ラウラーラ師匠、ケンブが乗った。
組み合わせの理由はしばらく馬車に乗ったらわかった。
馬に生命魔法をかけて、休憩しないで街道を爆走するため、生命魔法使いを均等に分けたのだ。
パドラさんは2人分だ。
「無茶をすれば1日でカルザンビルまで走れるけど、馬がつぶれちゃうからね。今日は途中で一泊するよ。師匠とコースケも交代で魔法使ってね」
「年寄りをこき使うんじゃないよ」
リーリン先輩がやり方を教えてくれたので、俺も馬に『ヒール』をかけてみた。
人にかけるのと少し違うがすぐに覚えた。
夕方、日が沈み始めたので、馬車を止めて野営をすることになった。
さっき、宿場町を越えたばかりなので、何で町に泊まらないのか聞いたら、王族と領主が止まると商人たちが遠慮してしまうからだという。
パドラさんが瞬く間に土魔法で野営地を構築した。
早いし、俺が作るテントよりもすごく快適だ。
「コースケ、風呂作るの手伝ってくれ」
パドラさんに教えてもらいながら、風呂を作った。
お湯は師匠とリーリン先輩が入れてくれた。
パドラさんのお母さんはラスーンさんというらしいが、ラスーンさんとサランとサキさんは馬の世話をし、サカキさんとナレンダさんで夕食を準備し、ケンブは撒きを拾ったり、馬の世話をしたりしていた。
ナレンダさんもさすがナランガさんのお姉さんというだけあって上手だが、サカキさんの料理はマジでうまい。
全員絶賛していた。
交代で風呂に入り、師匠たちは酒を飲んで、リラックスしてくつろいでいた。
俺が一人で魔法の鍛錬をしていると、パドラさんが声をかけてくれた。
「頑張ってるね。いい鍛錬だ。大師匠の考えたメニューかな?」
「そうです。自分ではかなり強くなった気になっていましたが、まだまだでした。獣人国で東王国の追手に襲われた時もバジリスクと戦った時も力不足を実感しました」
「コースケは召喚されてまだ2カ月だろう?それなのに普通の魔物相手だったらまず負けないだけの強さはあるから立派なもんだよ。対人戦は別の戦い方が必要だし、バジリスクのような特別な魔物を倒すにも少し特殊な力がいるかもね。俺よりも、対人戦ならリーリン師匠の方が強いし、軍隊相手なら明日紹介するカルメラや俺のばあちゃんの方が強いな」
なるほど戦い方で得意とする相手が変わるんだな。
「さあ、もう遅いから寝よう。明日はカルザンに着くから歓迎するよ」
―――U歴350年7月16日―――
翌日も早朝から馬車を生命魔法で走らせ、昼過ぎにはカルザンビルに到着した。
カルザンビルは思ったよりも田舎だった。
パドラさんの屋敷は広大な敷地があり、街の中心にあったが、屋敷の周りは農地が広がり、ポツンポツンと農家があるだけだった。
ただ、農地の作物は異様に成長が良く、ものすごく豊作に見えた。
「屋敷の西側に集落があるけど、そこが、昔、俺やサランが住んでいた村で、近くの鉱山で働いている人が多いよ。その村も吸収する形でカルザンビルという街を作ったんだ。人口は今1,000戸ほどで増えているけど、ほとんどが退役軍人の農家と農作物を扱う商人ばかりだよ」
離れたところにラッシュビルとクレイビルという街があり、そこが政治と経済の中心になるらしい。
「さあ、家族を紹介しよう」
「「サラン姉!」」
突然、屋敷から女の子が2人飛び出してきた。
「スーラ!カーラ!よく覚えてたね」
「忘れないよ。すぐにわかったわ」
サランと再会を喜んでいるのがパドラさんの妹の様だ。
一人はパドラさんと同じ金髪、褐色肌だが、もう一人は銀髪、色白肌だ。
「まずは屋敷に入って休んでくれ」
パドラさんの祖父母はシドさんとライラさんといって、元冒険者らしいが、まだまだ若々しい。シドさんとライラさんはラウラーラ師匠のことを知っていたようで、声をかけていた。
そして驚いたのが、パドラさんにもう一人奥さんがいた。カルメラさんといって、見た目はパドラさんより年上で30歳くらいに見える。
カルメラさんを紹介された時、ラウラーラ師匠は固まっていた。
2人は知り合いの様で、黙って頷きあい、どこかに消えていった。
積もる話でもあるのだろう。
「この屋敷の敷地内に皆の家を用意するから、自分の家として使ってほしい」
パドラさんが家をプレゼントしてくれた。
何でも土魔法の練習を兼ねて、いくつも家をつくってあって、リーリンさんやナレンダさんも家をもらって住んでいるということだった。
「魔力は有り余っているから、家に居るときは大体何か作ったりしてるんだ。まあ、俺が領主になってからやったことといえば、魔法を使って、街道を作ったり、農地を作ったり、食器を作ったり、鉱山を掘り進めたり、一作業者として仕事してるだけだよ」
政治や経済は、王様が派遣してくれた人が采配してくれるそうだ。
「コースケには俺の仕事を少し手伝ってほしいが、普段は修行しながら、この世界のことを学んでくれ。領内を自由に回ってくれていいが、カルザンビルから出るときは誰かを護衛につけるから相談してくれ。もし魔物と戦いたくなったら、ここから西に馬で1時間くらいのところにラズラズの森というのがあって、強い魔物もでるから、そこで魔物退治することをお勧めするよ。」
パドラさんは、俺が過ごしやすいようにいろいろ考えてくれている。
俺はとにかく強くなりたい。
この世界で生きていくために強くならなければならない。
パドラさんが用意してくれた環境を生かして、その為にできる限りのことをしてみよう。




