2.謁見
山下さんが来た。
身長は175cmくらいで眼鏡をかけたインテリっぽい感じがする人だった。
「荒井コースケ君だね。私が山下だ。今日から、こちらの世界の生活に慣れるまで、いろいろお世話をさせてもらうよ。急な召喚で戸惑ったりしていないかい?」
俺を気遣ってくれて優しい言葉をかけてくれた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。正直、いきなり異世界で驚いていますが、召喚される寸前に、俺、恐らく死んでますから、どちらかというと生かされたという気持ちが大きいですね」
ここに来る直前、俺はトラックにひかれて死にそうになっていた。ちゃんと青信号で交差点をわたってたんだけどな。
「そうだね。ここに召喚される人間は向こうの世界で死にかけたやつばかりだ。いや、実際には死んでから魂だけでこちらに来ていると言い張るやつもいるけど、俺は外見がほとんど向こうの世界と変わっていないから死にかけたところを召喚された感じがするがね」
山下さんも死にかけに召喚されたようだ。
「明日は王様と謁見の後、君は私と一緒に転移者がいる施設に移ってもらうから、荷物はまとめておいてほしい」
「転移者のいる施設ですか?」
「ああ。こちらの世界に慣れるまで、魔法を覚えたり、こちらのことを勉強したりできる施設だ。衣食住は無料だ。まあ、勝手に召喚してるから当たり前なんだが、そこである程度力がついたら、半数くらいは、施設を出て暮らしているさ。ただ、施設には情報も集まるし、引き続き魔法とか教えてくれるから住居を移した連中でも時々顔を出す奴が多いけどな」
転移者のオリエンテーションキャンプみたいなものか。初心者向けチュートリアルがあるのはありがたい。
「ところで、今日鑑定があったと思うが、どんな能力が発現していたんだい?俺は風と火魔法が使えて、爆弾と呪術という特殊能力があるのだが」
山下さんは俺の能力を聞く前に自分の能力を教えてくれた。
思ったよりも律儀な人だな。
「土と生命と空間魔法が使えるようです」
「そうか。結構レアでいい能力だな。訓練すればアイテムボックスが使えるようになるようだ」
すげー!空間収納魔法がつかえるのか)
「少し、腕を触らせてくれないかい。魔力の流れを見てみたいんだ」
そういうと山下さんが俺の右肩に手を触れた。10秒ほど、少し締め付けられるような圧迫感を感じたがそれだけだった。
「うん。悪くないね。さて、もう遅いから行くよ。明日謁見が終わったら迎えに来る」
「はい。よろしくお願いします。」
―――U歴350年5月11日―――
翌日、俺はララノアさんに連れられて、謁見の間に向かった。
王様、宰相、軍務大臣、魔法大臣がいた。
王様の話は長くなかったが、要するに死にかけたところを助けて召喚してやったので、魔法の訓練に励んで、早く戦力となるように頑張れってことだった。
この東王国は北にある騎馬民族と長い戦闘状態にあるらしい。
何でも南の小国だった東王国が、最近200年くらいでどんどん北に領土を広げているらしい。
10年くらい前からは領土拡大を止めて現状維持の政策に変更されたようだが、騎馬民族が領土を取り返そうと攻撃を盛んに仕掛けてくるようだ。
「この転移者キャンプを卒業した者が何十人も北の防衛戦で国土防衛に力を尽くしてくれている。汝も一刻も早く戦士となることを期待する。以上だ」
王様のお話が終わった後、横に控えていた役人らしき人が、腕輪のようなものを持ってきた。
目つきが悪く、何やら不機嫌そうな表情をしている。
「汝の魔力を引き出し易くする腕輪を授ける。キャンプ施設で使えるカギにもなっているから着けておくように」
その人は俺の右腕に腕輪をはめて何やら呪文を唱えた。
するとその瞬間、俺の右腕を強烈な痛みを襲った。
「うっがあああああああ!」
思わず叫び声をあげると、右手から何かが前方に向かって扇状に発射されたような感覚がした。
痛みが引いていき前方を見上げると、10mほど先の玉座に座る王様の隣に立っていた宰相の首がなくなっていた。
さらに背後に控えていた衛兵2名も胸の辺りからなくなっていた。
宰相の身体から噴き出した血が王様を真っ赤に染める。
「こ奴、何をする!衛兵!」
慌てた軍務大臣が指示を出すと周りに控えていた衛兵が近寄ってきて、一瞬のうちに、地面に顔を押し付けられ取り押さえられた。
「殺すな!いろいろ聞かねばならん。とりあえず、厳重に拘束して牢に押し込んでおけ」
何が何だかわからないうちに手足を縛られ口に縄をかけられた状態で、地下牢らしきところに押し込められた。
数時間後、穂乃果さんとララノアさんが様子を見に来てくれて、手足の拘束を解いて、水とパンを一つくれた。
拘束は本当にしんどかった。手足の感覚がないよ……
「あなたが昨日召喚されたばかりで、まだ、魔法も使えないということを説明して、とりあえず、牢内での拘束は外してもよいという許可をもらいました。ごめんなさい。これから取り調べがあるようでまだ自由にはできないの」
「ありがとうございます。あの、王様と宰相は?」
「王様は無事よ。ショックで寝込んでるらしいけど。宰相と衛兵2名が亡くなったわ。死因は風魔法のエアカッターで首と上半身を切られたのではということだけど、あなたには風魔法の能力が発現していないから、これもあなたの拘束を解く助けになったわ」
「俺には、正直、何が何だか……」
「コースケさん、確認させてください。あなたは王や宰相の命を狙いましたか?」
ララノアさんがまっすぐにこちらを見つめながら聞いてきた。
「とんでもないですよ。俺には何が起こったのか全く分からないんだ」
「わかりました。では謁見の間で起こったことを詳しく教えてください」
先ほどの状況をできるだけ詳しく説明する。
「右手に痛み……右手から魔法らしき発動……コースケさん、昨日召喚されてから今日までの間、あなたの身体に触れた人はいますか?」
「私とララノア、そして、昨日コースケ君が気を失っているときに部屋まで運んだ神官たち以外に接触した人なんているの?」
昨日のことをいろいろ思い出してみる。
「えっと、昨日山下さんが訪ねてきて、体の魔力を調べるとかで少し右肩に触れましたが、他にはさっき謁見のまで腕輪をはめようとした役人らしき人ぐらいしかいません」
穂乃果さんとララノアさんが顔を見合わせて何やら頷いている。
「腕輪って、これ?」
穂乃果さんが右手に着けている腕輪を見せながら、聞いてきた。
「そうです。少し色が違うようですが、こんな感じでした」
ララノアさんが首をかしげる。
「魔力制御の腕輪は確かに転移者に着けてもらっていますが、通常は謁見の後、施設に行ってからつけるものです。なぜ、謁見の間で、しかも魔法省の役人が腕輪をはめようとしたのでしょうか?」
ララノアさんが考え込むように顎に手を当てて、じっと見つめている。
この人本当に奇麗だな……なんて、余裕のない、こんな時に何を考えているんだ、俺は!
「とりあえず、今聞いた話を軍務大臣にしてみましょう」
そう言って、ララノアさんが立ち上がって去って行こうとすると、穂乃果さんも立ち上がり後を追いながら、こちらを振り返った。
((私の声聞こえる?))
(ナニコレ!!テレパシー?)
((そう、こちらでは念話っていうらしいけど、私の能力よ。あまり離れると通じないけど、万が一の時はこれで話しかけるから覚えておいて))
(わかりました。俺から声はかけれますか?)
((それは難しいわね。あなたが念話を覚えられればできるけど))
(そうですか……)
((何か状況が切迫してきたらこれを使って助けるわ。))
(わかりました!)
気がつくと穂乃果さんはララノアさんの後について出て行った後で、すでに姿は見えていなかった。