19.獣人国
―――U歴350年7月8日―――
ラクーンシティに着いた。
5日ぶりの運航船の到着に船の周りは、荷物が卸されたり、人の出迎えが合ったりで、大混雑だった。
まだ昼になったばかりだが、首都まで馬車で1日かかるので朝の定期馬車に乗った方がいいということで、今日はラクーンシティを観光することにした。
町中にあふれる獣人、ウサギ耳に猫耳、トラ耳もいる。
なんてかわいいんだ。
猫耳の獣人はしっぽが出ているがサランにしっぽはない。
サランに聞くとズボンの中にしまっているとのことだった。
出した方がかわいいのに。
俺は魔法使いだが、ケンブに剣も習っているので、そろそろ剣が欲しいと思っていた。
獣人国は武闘派の国らしく、武器屋が充実していた。獣人の身体能力を生かして、珍しい武器も多かった。
ケンブが短めの剣を選んで買ってくれた。
「最初はこれくらいがいいのさ。毎日素振りして大切に扱うこと」
俺は喜んで剣を脇にさして歩く。
「自分の身体を切るんじゃないよ」
ラウラーラ師匠がお母さんのようなことをいう。
サランも少し心配そうだ。
この街には獣人も多いが、普通の人も相当数いた。
「数年前にできた王国のカルザン伯爵領とは商売も活発でね。人も物も入ってくるよ。ラクーンシティとカルザン領の南の街クレイビルが青の河でつながっているけど、首都タイガーシティとカルザン領都カルザンビルの間には新しく街道もできて、毎日馬車も通っているよ」
店の狼耳の人が教えてくれたが、これはサランも知らなかったそうで、びっくりしていた。
「先日王族がこの街にバカンスに来ていたけど、カルザン領主も一緒だったそうだよ。何でも第二皇女アンドラ様と結婚されたそうだよ」
サランはこの話にさらに衝撃を受けていた。
「アンドラ様が結婚……カルザンの領主と……」
「もしかして、サランの幼馴染というのがカルザンの領主様なの?」
「それがよくわからないんだよ。家に帰って両親に聞けばわかると思うけど」
「カルザンの領主も王族と一緒に首都に向かったようだから、運が良ければ首都で会えるかもしれないねえ」
師匠が言うが、王族や領主と簡単に会えるのだろうか?
「うん。明日家に着いたらいろいろわかると思うよ」
―――U歴350年7月9日―――
ラクーンシティからタイガーシティまでは、街道が整備され、馬車が高速で走っていた。1時間おきに馬を替える休憩所のようなところもあり、夕方出発した場合は、どこかの休憩所で泊まることもできるらしい。
「昔はこんなに便利じゃなかったんだけどね。第一皇女バレンシア様が帝国のやり方を参考に街道と馬車を整備されたんだよ」
サランは第一皇女バレンシアさんという人を尊敬しているようだ。
「とても聡明な方だよ。どちらかというと短慮な人が多い獣人国の中で、彼女が思慮深く国のことを考えてくれているからうまくいっているんだと思うよ」
かなり高評価だな。一度会ってみたいな、王族だから無理だろうけど。
夕方にはタイガーシティに着いた。
ボロボロの建物と真新しい立派な建物が混在し、獣人が多いとはいえ、獣人もいろいろな種類がいるので、かなり雑多な感じのするエネルギッシュな街だ。
「さあ、僕の家はこっちだよ。街の馬亭からは少し歩くけど我慢してね」
30分ほど歩くと閑静な住宅街に入った。
サランの家はかなり大きかった。
「すごい家だな」
「お父さんが技師をしていてね。ずっと引っ越しばかりだったんだ。この家は数年前にようやく落ち着くことができたから買ったんだよ。さあ、中に入ろう」
サランが玄関を開けて中に入る。
「ただいま。お父さん、お母さんいる?」
その声に一人の女性が顔を出した。
「まあ、サラン。帰ってきたのね。ずいぶんと久しぶりね。心配したのよ」
「ごめんよ。なかなか連絡できなくて。友達を連れてきたんだ。紹介するね」
サランの母親は同じ犬耳だった。色は白い。サランは茶色だけど、父親似なのかな?
「2階の部屋が空いているから、そこをみんなで使おう」
荷物を下ろして、リビングでくつろいでいると、サランの父親が帰ってきた。茶色の犬耳だった。
「ようこそ、いらっしゃい。ゆっくりしていくといいよ」
サランが旅の話をすると、父母が嬉しそうに聞いていた。
「そう言えば、アンドラ様が結婚されたと聞いたけど、相手はカルザンの領主様だって?もしかして……」
サランの質問に両親がピクリと反応する。
「ああ、お前も聞いたのか。実はアンドラ様が結婚されたカルザン領主と先ほどあってきたんだ。覚えているかわからないが、昔、お隣に住んでいたパドラ君だよ」
その言葉にサランが目を見開く。
「噂で聞いて、まさかとは思っていたけど、本当だったんだね。無事でよかった」
「あまり時間もなかったから詳しくは聞けなかったけど、あの誘拐事件の後、ずっと帝国にいたらしいよ。ずいぶん苦労をして、王国に戻ってきて、何とあの獣人誘拐事件を解決したのも彼だったらしい。いろいろ活躍して、領主になったということだ」
「へえ、すごいねえ、会えるかなあ」
「今日会った時に、サランのことをずいぶん気にしていたから、会いに行けば喜ぶと思うよ。まだしばらくここにいるようだから、王宮を訪ねてみなさい」
サランは王国まで会いに行こうとしていたから、ここで会えるのは嬉しいだろうな。
皆で話して、翌日早速王宮を訪ねてみることになった。
その夜はサランの家でごちそうになった。
サランの両親はラウラーラ師匠とケンブにずいぶんと感謝をしているようで、秘蔵の酒というのを出してくれた。
すでに精霊森国から持ってきた蒸留酒をすべて飲んでしまっていたので、2人は大喜びだった。
「昔、デキラノにいた時にドワーフの友人からもらった火酒という酒でね。とても強いんだよ」
俺も飲んでみると懐かしい味がした。これ芋焼酎だ。
そう言えば昔リュカさんから聞いた気がするが、やはりこちらの国にも蒸留酒はあったんだ。
師匠とケンブも気に入ったようで、サランの父親と3人で飲み干してしまった。
お世話になったお礼に蒸留器を作って、酒を作ってあげようかな。
蒸留器を作れるというと師匠とケンブにたかられそうだから黙っていたが、土魔法で作れそうだった。
今度試してみよう。




