18.転移者たち
―――U歴350年7月5日―――
また、転移者に戦闘参加の強制招集がかかった。
先月の終わりにもあったが、これまで2カ月連続で強制招集がかかったことはなかったので、騎馬民族との戦闘が激化しているのだろう。
強制招集がかからなくても、志願して戦闘に参加すれば、戦果に応じて報酬が支払われ、階級が上がり待遇が良くなるので、積極的に参加している日本人は多い。
戦争よりも冒険者業や魔法や武技の修練にハマっている人、人と会わず何をしているかわからない人もいる。
私と由紀、奈々の3人は積極的に戦闘もせず、魔物と戦う冒険もしないが、魔法を覚えたり、東王国内を旅したりして、ゆるく楽しんでいる。3人で旅することもあれば、1人で旅することもある。
私たちのようにゆるい生活を送る転移者もある程度いる。
「穂乃果、また強制招集だよ。参加しないとダメかな?」
ここは転移者施設で強制招集を受けて、転移者がみんな集まってきていた。
「参加しないと施設から追放だって話だよ。冒険者の依頼も受けにくくなるペナルティがあるって言うじゃない?」
毎回、強制招集に応じる日本人は60~70人くらいだ。101人召喚したって聞いたけど、残りはどこで何をしているのか。
「いつも参加しない人たちに会って話を聞いてみたいわ」
奈々が言うが、不思議なことに私も会ったことがない。
「それにね。私の幻覚魔法を研究するから、魔法省に来るようにって、言われたわ。そんなこと今までなかったのに、一体何かしら」
魔法省の人が施設に魔法の先生として何人か来ているが、私たちを施設以外に呼び出すことは珍しい。
そんな話をしていると、外から人が大声で話す声が聞こえた。
気になって出てみると、桜田パーティーのリーダー桜田さんが、東王国の軍人らしき人を相手に何やら声を上げていた。
「私たちのメンバーは昨日遠征から帰ってきたばかりだ。先月の招集にも応じたばかりだろう。今回の招集は見送らせてくれ」
桜田さんの話を聞いて、口ひげを生やしたいやらしい感じの軍人が答える。
「強制招集にはいつ何時も参加する義務がある。君たちが参加できないというのなら、冒険者ライセンスをはく奪し、種々の特権を失うことになるがいいのかな?」
拳を握って、押し黙る桜田さんからは相当の怒りが感じられる。
ヒゲ軍人を睨み返す桜田さんがそろそろブチ切れるかなと思った時、一人の転移者が声をかけた。
「騎馬民族のやつらが大攻勢に出てるんだよ。国境を大きく超えて国内に入って来ている。こんなところで怖気づいている場合じゃないさ」
「おおー、香林様」
髭の軍人が嬉しそうな声を上げる。香林は、戦争に積極的に参加する転移者の一人で、東王国側からは評価され、好待遇を与えられているようだが、戦場での振る舞いはあまりいい噂を聞かない。
「大攻勢だと、お前らが降参した騎馬民族の捕虜を虐殺し、街に押し入って女を攫うから騎馬民族が攻めてきたんだろうが!」
桜田さんも香林の噂を聞いていたのだろう、強い怒りを込めた口調で香林に言い放った。
一方の香林はにやにやしながら肩をすくめる。
「死ぬところを召喚されて生かされた勇者の癖に、普段は戦いもせず、冒険者などと称して、魔物と遊んでいるんだ。お前らはこんな時ぐらい戦わないでどうする?」
嫌な言い方をするやつだ。
私は由紀と奈々と顔を見合わせる。
だが、実際に香林のように考える転移者は少なくない。
死にかけたところを助けられ、しかもあなたは才能を与えられた我々の救世主だ、選ばれた勇者だと持ち上げられて、東王国のために頑張る奴は多い。
戦えば戦うだけ待遇もよくなる。香林たち積極参戦派は、郊外の一軒家に多数のメイドと一緒に住んで異世界ハーレムをしていると、以前、由紀が教えてくれた。
桜田さんが剣に手をかけた瞬間、また、声をかけた人がいた。
「桜田、新しいスキルは手に入ったか?」
声をかけた吉川さんは、魔法とか武技とか、彼らがスキルと呼ぶ、能力を開発することに注力している人だ。
桜田さんと仲がいいけれど、普段、一緒に行動はしていない。
吉川さんとその仲間の人たちはこの施設の教授陣や魔法省の人たちと仲がいい。
私も新しい魔法や武技を覚えたいときは彼らに教えてもらったりしている。
吉川さんが笑顔で桜田さんに話しかけたから、桜田さんも毒気を抜かれたように怒りが霧散したようだ。
ヒゲ軍人と香林を無視して、吉川さんの方に歩み寄り、話を続けた。
「生憎、最近は新しいスキルを覚えられていない。今度、槍の武技を教えてくれないか?剣では間合いがつらい魔物がいてな」
「いいさ。いつでも研究所に来てくれ」
ヒゲ軍人と香林はさっさと踵を返して、去っていった。
「桜田、続けざまに強制招集されるのは確かにつらいが、あの軍人に絡んでも仕方がないぞ。決めたのは上の連中だからな」
「わかってはいるが、今回冒険で訪れた村で、東王国軍に村を壊滅されて逃げてきた人々に会ったんだよ。東王国の人が匿っていてな。涙ながらに異世界の勇者に家族を連れていかれたと小さな子が訴えてきたんだ」
「そういうことか。確かに香林たちは勘違いしているな。俺たちは、召喚されたが、物語の勇者や神の使いではない。少し変わった能力を持っている奴もいるが、たった一人で戦況を覆し、何をやっても許されるような無敵チートではないんだけどな」
「全くだ。俺たちこそ、この世界では異世界人、戦争以外でも生きていける環境を整えることが大切だ」
2人の会話を聞いて、由紀、奈々と顔を見合わせる。
やはりこの人たちとならうまくやっていける気がする。
コースケが巻き込まれた事件の真相を調べ、逃亡を助けた私たちの安全を確保するため、彼らの力を借りたい。
―――U歴350年7月10日―――
100体を越える騎馬が私たちの陣地に迫ってきた。
もう何度目の突撃になるかわからないが、今回も彼らは必死の形相で向かってくる。
『デュアルトルネード』
私は、広域攻撃魔法を唱えて、彼らの突進を止める。
うまく魔法の進路を避けてさらに突っ込んでくる騎馬軍団、そこを狙って奈々が魔法を打つ。
『フレア』
半数ほどの騎馬が炎の爆発に巻き込まれ落馬するが、まだ勢いよく向かってくる敵がいる。
『アイスジャベリン』
由紀の放った氷の刃が、十数体の騎馬を打ち抜き、残った敵は一斉に撤退を始めた。
『デュアルトルネード』を迂回して、反対側に突進した集団は、桜田パーティーの人たちが片づけてくれた。
ここは東王国の首都から馬車で3日ほど北に離れた戦場だ。
地図に示されている国境はさらに馬車で3日ほど進んだところにあるはずだが、こんな近くまで騎馬民族の軍が攻めてきているのだ。
「そろそろ魔力がつらくなってきたわ」
由紀が言うが、私の魔力も残り少ない。
「一度撤退だ」
軍の司令官の号令で数キロ離れた陣地に戻る。
「何とか踏みとどまれたな。いつまでもつことやら……」
桜田さんが声をかけてきた。
「ねえ、桜田さん、この戦争に東王国は勝てるのかしら?」
私の質問に少し思案した桜田さんだが言葉を選びながら答えてくれた。
「ここから北の王国領はすでに大部分が騎馬民族に抑えられているようだ。大きな街は抵抗しているところもあるが、小さな町や村は騎馬民族をそれほど恐れてはいない。この辺りは数十年前までは騎馬民族の領土だったそうだからね。東王国の地図には20年前の最大領域だった時の国境線が書かれているが、そこまで戻すのは難しいだろうね」
「私たちは旅に出てもあまり北には行かないからわからないわ」
由紀が言うが、確かに3人で旅に行くときは東や南ばかりに行く。
「王国は200年ほど前まではラファーガの森の東側だけが領土の小国だったそうだよ」
ラファーガの森とは王都の南側にある大きな森だ。コースケもそこを通って脱出したはずだ。
「戦争に負けて、領土が小さくなるだけならいいけど、東王国が無くなるようなことがあったらどうしたらいいの?」
奈々が心配そうな声で桜田さんに聞いた。
周りに転移者しかいないことを確認した桜田さんが声を小さくして話し始めた。
「数カ月前、香林たちが国境を越えて隣国に行ったのを聞いたかい?あいつらは御褒美とか言って、無理やり役人にお願いして連れて行ってもらったそうだ。エルフや獣人を攫って連れ帰って問題を起こしていたが……」
その事件はサランに協力して、一緒に問題を解決したのでよく知っている。最低の奴らだ。
「実は俺が転移してきた10年ほど前、当時はまだ転移者は20名ほどしかいなかったが、何人かは国を出て西のニル魔導国に行ったんだ。結局その人たちは戻ってきていないがね。東王国を出る……ということも考えるべきかもしれないな」
そうつぶやく桜田さんをみて、私は由紀と奈々と顔を見合わせた。
この人に相談してみよう。




