13.イロマンツィ卿の依頼
―――U歴350年6月15日―――
翌日、宿の前まで迎えに来た馬車に乗り、イロマンツィ卿の屋敷に向かった。
馬車は30分ほどかけて、到着したイロマンツィ卿の屋敷には、大木のアーチが連なった門があり、何とも幻想的な雰囲気だった。
「イロマンツィ卿はエルフ長老会の一人で外交を担当していて、外国人との付き合いも多い人だから、エルフの礼儀に会わないとして、怒ったりする人ではないが、相手を敬った態度をとるようにしな。年齢も300歳を超えて、平均寿命250歳のエルフの中でも長老の方だ」
師匠に注意されたので、失礼のないように気を付けよう。
大木アーチの門から1分ほど歩いたところで屋敷の玄関にたどり着いた。奇麗なメイドエルフが迎えて、中の部屋に案内してくれた。
「よく来たね。歓迎するよ。サランさん、コースケさん」
「こちらこそ。お会いできて光栄です」
イロマンツィ卿は見た目50歳くらいの小柄なおじさんだった。
「転移早々、東王国を逃げ出して来たと聞いたけど、大変だったね。私は東王国にもたくさん友達がいてね、彼らから情報をもらって、君が無実だと思っているから、君の逃亡のサポートを約束しよう」
イロマンツィ卿の申し出に素直に礼を言う。
「その代わり転移者として、私を少し手伝ってほしい。もちろんラウラーラとケンブ、そして、サランさんにも冒険者として依頼を出そう」
依頼の中身が予想できず、少し難しい顔をしてしまったようだ。
「大丈夫。そんなに難しいことではないんだ。何年か前、ある転移者がこの国に残したものが何なのか調べて教えてほしいんだ。彼らも東王国が召喚した転移者だったんだけど、この国で冒険者として活動していた途中に亡くなってしまった。彼らの家に残された遺品で少し変わったものがあって、何なのかわからないんだ。調べてくれるかい?」
俺はその依頼を承諾し、早速その転移者の家に向かったが、冒険者として結構稼いでいたらしく、高級住宅街にあるそうだ。
家はイロマンツィ卿の屋敷ほどではないが、大木に囲まれた大きな庭がある奇麗な家だった。
早速、イロマンツィ卿のメイドのリュカさんにカギを開けてもらって中に入る。
大きなリビングはソファが4つほど置いてあり、きれいに掃除されていた。
「転移者4人でパーティーを組み、東王国には戻りたくないと言われて、イロマンツィ卿からこの家を借りて生活されていました。明るい良い方々でしたよ」
リュカさんも7年ほど前に亡くなった彼らのことをよく知っているような口ぶりだった。
「依頼の品はこちらです」
階段を下りて地下に行くと20畳ほどの大きな部屋がありその中央にそれはあった。
俺はそれを見てすぐにわかった。これは蒸留器だ。
フラスコの高さは1.5mほどそこから細い管が延び冷却器につながっている。
フラスコの下部と冷却器にそれぞれ俺が魔法の訓練で使っているような水晶がついている。
「この世界に蒸留酒はありませんか?どんなお酒がありますか?」
リュカさん、ラウラーラ師匠、ケンブ、サランの4人がそれぞれ現存する酒の種類を教えてくれる。
エールなどの発泡酒、ワインなどの果実酒、はちみつ酒など醸造酒はいろいろ種類があるが、蒸留酒は無いようだ。
「北の山岳民族が住む地域でドワーフが非常に強いお酒を造っていると聞いたことがありますが、この辺りで流通はしていません」
たぶん間違いない。彼らはブランデーや焼酎のような蒸留酒を作ろうとしたのだろう。
料理のおいしいこの世界で蒸留酒がまだ一般的でないことに少し驚いた。
「この機械はたぶん蒸留酒という種類の強いお酒を造るための装置だと思います。試しに動かしてみましょう」
フラスコと管を水魔法で師匠に洗浄してもらい、リュカさんには屋敷から葡萄酒を数本持ってきてもらった。
「師匠この装置の下についている水晶から魔力を流してもらってもいいですか?俺はこっちの冷却器の方を操作するので」
「そういえば、彼らが一度、透明で強いお酒をイロマンツィ卿にお土産だと言って持ってきたことがありました。卿はずいぶん喜ばれていたのを思い出しました」
ということは、彼らは蒸留酒の製作に成功していたのだろう。
ワインをフラスコに入れ、少しずつ魔力を流して、装置の特徴を掴む。師匠も装置の扱いが分かったようだ。
少しずつ溜液が溜まり、コップ一杯ほどのブランデーが出来上がった。
「もう2~3度蒸留を繰り返した方がいいと思いますが、今日はこれくらいにしておきましょう。これを水で薄めたり、果実酒に混ぜたりして、飲むことができます」
早速、イロマンツィ卿のところに持って行って、試飲をしてもらった。
「うまい!これならいろんな味の酒が造れるではないか!頼む、この装置の使い方を私の部下に教えてほしい。」
翌日から、3日ほど転移者の屋敷に通い、イロマンツィ卿の部下たちに装置の使い方を教えた。
彼らは今後も蒸留の仕方を研究してよりおいしい酒を造れるようになるだろう。
魔道具師もいたので、装置そのものも作れるようになるはずだ。
ラウラーラ師匠とケンブも蒸留酒が気に入ったようで、毎日、瓶1本分蒸留し、「万国料理ニナ」に持ち込んで、おいしそうに飲んでいた
―――U歴350年6月19日―――
「ありがとう。君たちのおかげで、蒸留酒を作ることができた。このお礼は必ずする。住居は私が手配するから2人ともこのままヌルメスに住んだらどうだい?」
イロマンツィ卿の申し出はとてもありがたかったが、昨日までに話し合って、サランはやはり一度両親に会っておきたいということだったので、4人で獣人国に行くことに決めていた。
師匠とケンブも獣人国にはあまり行ったことが無いので、せっかくの機会だからと一緒行くことにした。
「そうか。残念だ。蒸留器は、転移者が使っていた家からすでに私の屋敷に移してある。君たちはあの家を自由に使っていいので、いつでも帰って来てくれ」
せっかく家をもらったので、もう1週間ほどヌルメスに滞在して、修行しながら、旅の準備をすることにした。
ケンブとサランは買い物で街へ行き、俺と師匠は家の庭で修行だ。
「生命魔法は、後は毎日の鍛錬の継続で精度と威力を上げていくしかないね。ある程度力がついたら、中級、上級の魔法を教えてやるよ。旅に出る前に攻撃魔法を使えるようにしないとね。土魔法を見せてみな」
俺はやり投げとストーンレールガンを出して、近くの木に当ててみた。
やり投げは木を貫通して、先端が飛び出た状態で止まった。
「悪くはないが、スピードのある魔物には当たらないだろうね」
確かにホーンボアには当てられたが、草原で出会ったホーングラスホッパーには当てられなかった。
「ストーンキャノンに風魔法を乗せて、威力を上げるのは有効だけど、あんたはまず、土魔法そのものの精度と威力を上げた方がいいね。ストーンキャノンの術式を理解し、しっかりと呪文を唱えれば、今のあんたのやり投げよりも威力も速度も出るよ。見せてやるよ『ストーンキャノン』」
師匠のストーンキャノンは、俺のやり投げよりも早く飛んで、木を貫通して後ろの木に刺さって止まった。
「さあ、今日中にストーンキャノンを覚えるよ」
5日間の船上での生命魔法特訓と毎日の自主鍛錬の結果、俺の魔力はかなり増え、ただ魔法を使った訓練をするだけでは魔力切れすることはなくなった。
これには師匠も驚いていたが、相当な魔力量のようだ。
結局、朝から夜寝る前まで修行を続け、ストーンキャノンをやり投げと同じくらいの速さと威力で放てるようになった。
「よし、今日の修行は終わりだ。明日は、風魔法を教えてやるから、魔力放出してからもう寝な」
師匠に言われるままに杖を握ってすぐに眠ってしまった。
―――U歴350年6月25日―――
今日は獣人国に向けて出発する日だ。
朝から、イロマンツィ卿の家を訪れ、出発のあいさつし、留守中の家のお世話をお願いした。
「また、戻ってきなさい。その時にはもっとうまくなった蒸留酒をごちそうするよ」
イロマンツィ卿や「万国料理ニナ」のおかげで、ヌルメスはとても居心地のいい街になった。




