12.首都ヌルメス
船室で、今日の昼まで習ったことを復習しながら、2人を待った。1時間ほどで、ケンブとサランが帰ってきた。
皆で一緒に、部屋で夕食をとり、着替えたところで、ラウラーラ師匠が今日買ってきた魔道具を取り出し、説明を始めた。
「あんたは魔力量が多いから、枯渇するまでずいぶん時間がかかる。何度も魔法を訓練するなら悪いことでもないけど、さっさと魔力を枯渇させた方が効率的な時もあるからね。この杖は、魔力をただ吸収して溜め込む魔道具だけど、今日はこれを使って、魔力を枯渇させるよ」
普通の木の杖に見えるが、先端には直径5cmほどの丸い水晶のようなものがついている。
「今日は、お互いに魔法をかけて、魔法がどういう作用をしているか感じる訓練をするよ。これで呪文の発動時の魔力の流れを感じることができれば、より効率よく呪文を覚えることができるからね」
ラウラーラ師匠と向き合い、お互いの両手を相手の肩に乗せて、呪文を唱える。
ラウラーラ師匠が『ヒール』と唱えると、俺の肩から全身に魔力が作用しながら広がっていくのがわかる。
「いいかい。この自分が魔法をかけられたときの感覚をよく覚えておくんだ。そして相手に魔法をかける時のそのイメージを持ちながら呪文を唱えること。それだけでずいぶん変わるはずだ」
その訓練はラウラーラ師匠がいいというまで続けられた。すでに深夜に近いだろう。
「少し物足りないが今日はもう寝よう。その魔道具に思いっきり魔力を流し込んでみな」
言われるままに杖を握って魔力を流し込むと1分ほどで魔力が枯渇するのを感じた。
まるでブラックホールに魔力を吸い取られるような感覚だ。
「さあ、少し残して、体に循環させて眠りな」
強烈な眠気に耐えながら自分の身体に魔力を流し、俺は気を失った。
―――U歴350年6月14日―――
夕方、精霊森国の首都ヌルメスの港に入港した。
そのまま下船し、今日はラウラーラ師匠たちと一緒に宿に泊まることになった。
宿は、かなり高級なところで、石が敷き詰められたロビーの受付には、エルフがいた。
「いらっしゃいませ」
丁寧に頭を下げて挨拶をするエルフの受付のお姉さん。
そこにはラノベや漫画で言われるような多種族を見下すような態度を感じなかった。
「4人部屋を一つ頼むよ。それと王宮のイロマンツィ卿に伝言を頼みたいのだが」
「かしこまりました。伝言はこちらのカードにご記入して、後でフロントにお渡しください。それではお部屋にご案内します」
部屋に入るとベッドが4つとソファ、それに浴室にバスタブがあった。
「お~。部屋に風呂がある。すごいなあ」
「僕もこんな高級な宿には止まったことがないよ」
サランと2人で騒いでいるとラウラーラが言った。
「私のクライアントの指示で、ヌルメスに来たときはこの宿に泊まるように言われているんだ。連絡が取りやすいからだとさ。まあ、彼が宿代をすべて持ってくれるから文句はないがね。さあ、今日は食事を外で取ろう。行きつけのお店があるんだ」
ヌルメスの街はニルヴァーナほど賑わってはいないが、街の景色や行きかう人々に洗練された落ち着きが感じられた。
師匠が連れてきてくれた食堂は、そんな街並みから一本奥に入った目立たないところにある小さなお店だった。
中に入るととても奇麗な金髪エルフの女性が対応してくれた。
「いらっしゃいませ。ラウラーラ様、ケンブ様。お久しぶりです」
「ニナ、元気だったかい?今日は4人なんだ。奥の部屋が空いていれば頼むよ」
ニナと呼ばれた女性は頭を下げると奥の部屋に案内してくれた。
「ナランガはいるかい?いるなら彼のおすすめで頼むよ」
「かしこまりました」
ニナが部屋から出ていくとすぐに扉が開いて、肌の浅黒い男が顔を出した。
「ラウラーラさん、お久しぶりです。ヌルメスにはいつお帰りで?」
「さっき、着いたばかりだよ。初めて連れてきた客もいるから腕をふるっておくれ」
「わかりました。すぐにお持ちします」
出てきた料理は、たっぷりの野菜のサラダと、木の実と魚でだしを取ったスープ、豚肉のような淡白な肉に香辛料が効いたソースがかかった絶品だった。
「うまい!こんな料理があるなんて」
「僕も初めて食べるよ。すごくおいしい」
俺もサランも大満足だ。
「この国ではあまり肉を食べないからね。ナランガは南洋国の出身で、この森の素材を使ってうまい料理を作ってくれるのさ。お任せを頼むと毎回違う料理を作ってくれるから毎日来ても飽きないね。またこの街に来ることがあったら顔を出してやってくれ」
店の名前は「万国料理ニナ」というらしい。何とあの接客してくれたエルフがオーナーだ。
エルフだからお歳も見た目と違うらしい。
食事が終わり、宿に帰ると、イロマンツィ卿から伝言が届いていた。
伝言を聞いたラウラーラ師匠が俺とサランに教えてくれた。
「明日、私と一緒に来てほしいと言っているがどうする?彼らは東王国の現状が知りたいようだ」
「俺は、東王国の現状と言われても召喚されて、一晩で逃亡したので、話せることはあまりありませんよ」
「僕も獣人国の依頼で調べた内容はあまりしゃべれないよ」
「その辺りは重々理解しているので、無理をさせるつもりはないそうだ。まあ、イロマンツィ卿の人柄は私が保証するよ。海外の情勢にもよく精通した立派な人だよ。2人の今後についてもできるだけ手助けすると言っているね」
俺とサランは相談して、一緒に行くことにした。
今後、逃亡生活が続くとして、手助けしてくれる人が増えることはいいことだ。
部屋に戻って、ここ数日で習慣になった魔法トレーニングを始める。
5日間の船上訓練で、当初目標にしていた基本的な生命魔法は覚えることができた。
これからは精度、威力を安定させることと、魔力総量を増やすことを目的に、ラウラーラ師匠が考えてくれた訓練メニューを熟す。
「いいかい、生命魔法で細かい制御をできるようにして、魔法の精度、威力を安定化させることができれば、他の魔法を使うときにも必ずいい影響がある。すぐに他の魔法に手を出すのではなく、まずは生命魔法を極めるんだ。ある程度の精度、威力で制御ができるようになったら、次の魔法を教えてやるよ」
「はい!師匠。頑張ります!」
正直、今すぐ師匠と別れて、修行を止めることを俺は考えていない。
サランがいつ獣人国に向かって出発すると言い出すか心配だったが、今のところ急いではいないようだ。
早いうちにちゃんと話し合おう。




