11.ラウラーラ
ラウラーラとケンブに続いて倉庫を出て、宿への帰路を急ぐ。
宿の前まで来るとサランが何かに反応して足を止めた。
「宿が囲まれているみたい」
ケンブが身を潜めながら宿の方に向かい、しばらくすると戻ってきた。
「軍人らしき者たちが宿の中に入って捜査をしているようだ。外にも十人ほど待機している。
「少し遅かったね。いや、不幸中の幸いってやつだ。どうだいこのままニルヴァーナを離れて、逃げた方がいいんじゃないかい?」
サランは少し考えて、俺を見て言った。
「コースケ、このままニルヴァーナで魔法の勉強するのは難しそうだよ。もう少し僕と一緒に旅をするかい?」
俺はその言葉にうれしくて頷く。
「ああ。獣人国まで連れて行ってくれ」
それを聞いたラウラーラが驚いた様子で話し出した。
「何だい、魔法を習いたかったのかい?ちょうど私たちも精霊森国に捜査状況の報告に戻らないといけないから、間違えて襲撃したお詫びに、精霊森国まで一緒に行きながら、魔法を教えてやるよ。どうだい?」
正直、いきなり襲撃されて連れ去られたが、この人たちに酷いことをされたわけでもないし、連れ去られたお陰で、東王国の宿操作から逃れることもできた。
話を聞いてすぐに誤解だと謝ってくれたし、いい人なんだと感じている。
俺はサランに頷くと、サランも頷き返した。
「では、精霊森国まで、一緒に行こう」
「わかった。早速船の手配をしよう。ケンブ、先に行って、客船の部屋を抑えてくれ。4人部屋を貸し切りだ。今からなら早朝の出発便に間に合うだろう。宿の荷物は残念ながら諦めた方がいい」
「問題ないよ。野営用の食料と道具が入ったバッグが置いてあるだけで、お金と身分証は身に着けているから」
さすがサラン。抜け目がない。
「じゃ、港に急ごう」
いつの間にか消えたケンブはすでに港でチケットを買って待っていた。
「出発まで5時間ほどだが、すぐに乗船できるそうだ。どうする?」
チケットは、ラウラーラ、ケンブ、リーリン、スクルドという名前で、精霊森国の首都ヌルメス行の4人部屋になっていた。
「名前は偽名にしておいたよ。私の古い弟子の名前だよ」
「僕はすぐに船室に入った方がいいと思う。捜索する者も、宿をとってすぐに船に乗っているとは思わないだろうからね」
サランがそういうので、4人で船に乗り、船室にかぎをかけた。
落ち着いたところで、ラウラーラが話を始めた。
「この船は魔導船だから、ある程度のスピードがでるけど、夜の航行はできないから、毎日暗くなる前に港か船泊地でアンカーして夜を明かすことになる。精霊森国の首都ヌルメスまで、緑の河を遡って5日間かかるが、途中の港で客が下りたり乗ったりできるのは、最初に入港する国境の港町ダルマだけだ。この街で南洋国行の船に乗り換えることができるからね。それまではあまり船室外に出ない方がいいと思う。そこを越えれば精霊森国の国内だから、東王国の人間が乗り込んでいても、あまり目立った動きができないはずだ。精霊森国は転移者によるエルフ誘拐を東王国の責任として糾弾しているからね」
俺とサランは頷く。サランも獣人国から東王国に行くときにはこの船に乗ったようだ。
「私は、土、風、火、水の4大魔法と生命魔法が使える。大体何でも教えられるが、コースケ、あんたはどの魔法から学びたいんだい?」
すごい、全種使えるのか!
「俺は、土魔法と生命魔法、それと空間魔法の能力が発現しているが、まずは生命魔法の治癒、回復魔法を覚えたい。次に土魔法の攻撃力を上げるのに混合魔法を覚えたい」
それを聞いたラウラーラは少しびっくりしたようだ。
「空間魔法か、昔、使える人間に会ったことはあるが……まずは、生命魔法か。いいだろう。『ヒール』『キュア』等の状態回復系。『サーチ』『トラッキング』等の生命力探索・追跡系、『クイック』『アイアンボディ』等の身体強化系を順に教えることにしよう。あんたの努力と才能次第で、5日間で全部覚えられるかはぎりぎりだが、厳しくいくよ。例え魔法を覚えても、使えるようになるには継続して鍛錬が必要となる。わかったかい?」
「はい。師匠。よろしくお願いします」
思わず、背筋を伸ばして、答えてしまったが、ラウラーラには好印象だったようだ。
「いい心がけだ。弟子が教えを請う態度というものがあるからね。早速始めよう」
こうして深夜に船に乗ったにも関わらず、眠らずに修行が始まってしまったが、5日しかないから、仕方がない。
数時間後には、ケンブとサランはそれぞれベッドに入って眠ってしまったが、俺とラウラーラは、俺の魔力が尽きるまで修行を続けるつもりだった。
―――U歴350年6月10日―――
外が明るくなり、船が出向し、朝食の時間となっても修行は続いていた。
朝食は部屋に持ってきてくれたので、ケンブとサランも起きて、みんなで美味しくいただいた。
その後も修行を続けてお昼に近づいたころに俺の魔力が切れた。
疲労感と強力な眠気に襲われた時、ラウラーラ師匠が言った。
「最後に残った魔力を全部、体中に循環させな。そうすれば、目が覚めた時に魔力総量が大幅に増えているよ」
俺は最後の力を振り絞ったところで、気を失った。
目を覚ますと、もう夕暮れだった。
船は止まっていて、もうダルマの街に入港したようだった。
最後の魔力を振り絞って、体内に生命魔法の魔力を循環させたおかげか、体にはまるで疲労感が感じられず、物凄く軽く感じて、調子が良かった。
「目が覚めたかい?」
ラウラーラ師匠が声をかけてきた。
「はい。すごきよく眠れました」
「魔力の修行は、魔力を使い切って、ぐっすりと眠ることを繰り返すことが大事さ。旅の野営ではなかなか魔力を使い切って寝ることはできないからね。こうした安全を確保したところで修行しないとあまり効率が良くないんだよ」
確かに旅をしながら野営では気を失うまで魔力を使うのは怖い。
「もうすぐ夕食だから食べたら修行を再開しよう」
サランとケンブが部屋にいないことに気付いた。
「2人には、ダルマの街に降りて買い物をしてきてもらっているよ。あんたの修行に使える道具や着替えを頼んだのさ。2人が戻ってきたら食事をして、あんたは体を洗って着替えをしな」
「臭かったでしょうか?」
「そんなことは気にしてないよ。今日はお互いの身体を密着させて魔力を流しながら訓練するけどね。そうじゃなくて、着替えをすべて宿に置いてきてしまったろう?私も家に戻らず、直接、船に乗ってしまったから着替えがないんだよ。毎日体を洗って着替えて寝ることは、健康を保つために大事なことなんだ。外で野営するときでも魔法があれば風呂も入れる。本当はそこまで教えてやりたいけどね」
ラウラーラ師匠の修行はすごく厳しいが、何か母さんみたいだ。




