1.新しい転移者
―――U歴350年5月5日―――
「聞いた?また日本人を召喚するらしいのよ」
赤い髪の穂乃果が声をかけてきた。
俺に話しかけてくるのはこの女くらいだ。
「そうか、また、犠牲者が増えるな」
少し困ったような顔をして穂乃果が言う。
「私は、新しい人がこの世界を楽しんでくれるといいと思うけど」
「無理だな。まあ、よほどスキルに恵まれれば楽しくはなるかもしれんが、ここのやつらにいいように利用されるだけさ。気になるなら世話でもしてやればいいだろ?」
「そうね。考えとくわ」
そう言って穂乃果が立ち去ったが、実は、俺は、今回の召喚について、事前に情報をもらっていた。
少し変わった召喚術を使うそうなので、ぜひ見てみたいと思っていたが、召喚の儀式そのものの見学は断られてしまった。
代わりに新しい転移者の世話をさせてもらえることになった。
どんな奴が来るのか楽しみだ。
―――U歴350年5月10日―――
「ねえ、今日の召喚で新しく来る人、山下君が世話係を買って出たって」
由紀が突然話を変えた。
「へえ、山下君がねえ。先日、山下君と話したときはそれほど関心なさそうだったけど」
「穂乃果の手前、少しいいところ見せようとしたんじゃない?」
私をからかおうと由紀が意地悪な顔をしていった。
「何言ってんの?あの人がそんなことに興味を持つわけないでしょ?でも不思議ね。次の召喚に何かあるのかな?」
私は、山下君にたまに話しかけるようにはしているが、正直、皮肉ばかり言う山下君が苦手だ。
ただし、他者とあまり関わりを持たない山下君が、新人の世話を買って出たことに違和感を覚える。
少し、様子を見てみるか。
由紀との会話を切り上げ、召喚の間に急ぐ。
召喚の間の入り口にはなじみの神官のララノアがいた。
「召喚はもう終わったの?」
白い生地に金の刺繍が入ったフードの下から青い目をこちらに向けて、美しい娘が口を開いた。
「もうすぐです。今日は神官長が新術式の試験もかねて、自ら術を施されるので、少し準備に時間がかかっています」
「へえ、新しい術式ねえ、何が違うの?」
ララノアは少し困った顔をしながら答えた。
「異世界人に、より強い魔法適正を付与できるそうです。対象の肉体にかなりの負担をかけるので、危険もあるようです」
「大丈夫なの?それ……」
「ですので、神官長自ら術を施されるのです。生命魔法の使い手も控えて、回復をすぐに行えるように準備もしています。」
そう、説明してくれる本人が一番心配そうだ。
優しいララノアだから仕方がないか。
その瞬間、召喚の間の扉の隙間から眩い光があふれてきた。
「まもなくです。術が起動されました」
しばらくして、扉が開かれると、15,6歳くらいに見える男の子が担架のようなものに乗せられて運び出されてきた。
うわっ、顔がかわいい。
「やはり、体に負担がかかったようですね」
ララノアが運ばれる男の子を心配そうに覗き込む。
「何、気を失っていること以外、体のどこにも異常はないさ」
背が高く、優し気な顔の神官長がララノアに声をかけた。
「神官長、新しい術式は成功ですか?」
「どうかな、本人を鑑定してみないことには何とも言えないなあ。目が覚めて、体調が良ければ、鑑定を行おう。それまで様子を見ていておくれ」
「わかりました。」
ララノアが男の子と一緒にいくので、私もついて行く。
男の子は、神殿の一部屋で看病されるようだ。
1時間後、男の子は目を覚ました。
「で、穂乃果さんはどんな魔法が使えるんですか?」
俺は、荒井コースケ、どうやら召喚されて異世界に来たらしい。
目が覚めると、そばに2人の女性が居たが、一人は穂乃果さんといい、日本から召喚された転移者ということだが、髪が真っ赤でまるで燃えているようで、本当に日本人か疑わしい。
可愛らしい声が特徴的な優しいお姉さんのように感じられた。
「私は風魔法と生命魔法が使えるわ。この世界では訓練すれば、結構どんな魔法でも使えるようになるわよ。でも、使いこなすにはそれなりに熟練が必要だから、やたら使える魔法ばかり増やしてもあまり実用的ではないわね」
もう一人は白い神官服に身を包んだ水色髪、青い目のきれいなお姉さんで、こちらの世界の住人でララノアさんというらしい。
「目を覚ましてすぐ魔法に興味を持つなんて、適応力がすごいですね」
ララノアさんが少し呆れるように言うが、異世界転移したら、まず、魔法が使えるか確認するのは普通だろう。
「体は本当に大丈夫ですか?召喚術の影響で、容姿も含めて、体が大きく変化するので、慣れるまで大変だと思いますよ」
「私の髪もそれで真っ赤になったからね。最初自分の髪を見た時は思わず力いっぱい引っ張ったりしたけど、なかなか理解が大変だったわよ」
確かに2人に言われるように体に違和感があるので、鏡を借りて顔を見てみた。
「……誰?」
髪は黒いが、顔はまるで女の子で、全く日本の時の容姿とは変わってしまっていた。
寝台から起き上がって体全体を見てみると、身長が伸びて、全体的に細く引き締まった気がする。
とりあえず、服を着替えて、鑑定に行くことになった。
何でも鑑定で発現した能力を確認できるらしい。
「さあ、この台の上に手をおいてください」
手をかざすと、後ろの石板が光り、文字が浮き出てきた。
「コースケさん、あなたには一般魔法で、土魔法、生命魔法。特殊能力として空間魔法の才能が有りますね。土魔法を土や石を生成したり動かしたりできますし、生命魔法は回復術が使えます。空間魔法は特殊な魔法で、ちょっと珍しいですね」
「おっ。空間魔法か。良かったね。私もコースケ君以外に2人しか知らないわ」
ちょっとレアな特殊能力かも。うれしいな。
「あなたの鑑定結果は、報告しておきます。明日、朝、まずは、王様に謁見していただきます。その後、能力に合わせた訓練が始まります。今晩、あなたの世話係が面会に来ますので、こちらの生活のことや訓練のことはその方に聞いてください」
「え、穂乃果さんが教えてくれるんじゃないんですか?」
意外に思い、少し驚いていると
「ごめんね。私も様子を見にまた来るからね。あなたの世話係は山下君にもう決まっているみたいなの」
「そうですか。そういえば転移者ってたくさんいるんですか?」
気にはなっていたことを聞いた。
「そうね。あなたで101人目の転移者よ」
……予想より多かった。