アプローチ
清明は、自宅に戻ると、さっそくコンコン会に登録されているキャラハンの詳細情報を取り寄せた。
それは 当人が交際相手に公開しても良いと思う情報である。
それらの情報は、登録者が公開しても良いと考えて登録した相手にしか公開されず、公開内容も閲覧者に合わせて範囲が制限できるようになっていた。
清明は 最初に、交際相手を絞る時には、アプローチカードに書かれた内容しか見ていなかった。
今回 初めて キャラハンがコンコン会に登録していた個人情報に目を通した。
そこには 好きな花や食べ物、好きな季節や好きな色に加えて、デートに誘われて都合のつく日時まで記載されていた。
清明は、ちゃんと個人情報を閲覧してからデートの誘いをかければよかったと反省した。
今まで 「自分の都合に合わせて 空いている日時を列挙して都合のつく日を教えてください」と言う形でのデートの申し込みしかしていなかったのだ。
そして もしかしたらムービーは 自分がコンコン会に登録する際に記入したアンケート結果を見て、話題を選び、デートのセッティングをしていたのかもと 初めて気が付いた。
・・
その翌日 キャラハンが目覚め、身支度しようと寝室を出ると「控室に届け物あり」の表示が出ていた。
寝室には内鍵をかけているので、就寝中に人が入ってくることはないが
その他の部屋には、マスターキーを使って当主または当主が許可した者が入ってくることができる。
その控室にキャラハンが足を踏み入れると、白薔薇(深い尊敬)・ピンクのバラ(感銘)・紫のバラ(尊敬)・チョコレート色のバラ(一期一会)が
それぞれ5本(あなたに出会えてうれしい)づつ 高さの違う花瓶に活けてあった。
さらにバラも色ごとに花の大きさや花びらのつき方が異なっていたので
全体としての調和がとれていても それぞれが変化に富んでいて、見ていて飽きない工夫がされていた。
そして テーブルの上に置かれたメッセージカードには、
「これまでの私の至らなさをお詫び申し上げます。
そして 貴方の今朝の目覚めが気持ちの良いものとなるように願っております。清明」と書かれてあった。
(うーん、最初の一文は余計だわ。目覚めて最初に見る言葉としては。
それにしても 清明さんは 花言葉を知ってこの花を選んでくださったのかしら?)
キャラハン達が泊まっていたのは、宿といっても公爵邸の客用離れだったので、庭を横切って 朝食会場へと移動した。
「本日のご朝食はこちらとなっております」
侍女に案内された先は、中庭に面したテラスであった。
テラスなので、地面よりは一段高く足元は確かだ。
二面を建物の壁に接しているので、風は当たらないが、空気はさわやか。
一つの壁には、まるで海に臨んだテラス窓のような光景が写実的に描かれ
もう一つの壁には、室内装飾のような絵で飾られたうえ、
家屋との出入り口も、まるで隣室への室内ドアのように偽装されているので
まるで 一室にいるような雰囲気だ。
しかも四阿のような「どっから見られているかわからない」という不安もなく
落ち着く落ち着く。
仰げば 青空がさわやかで、日当たりも良いが、まだ朝の早い時間なので暑くはない。
「おはようございます」
庭からテラスへの上り口で待っていた清明は 腰をかがめて挨拶したのち
手を差し出してキャラハンをエスコートした。
席に着くと、清明はピッチャーからグレープフルーツジュースを彼女のコップに注いだ。
もちろんキャラハンの席の前には 水の入ったグラスも置かれていた。
「お好きな飲み物をどうぞ」清明
「ありがとうございます」
キャラハンもジュースを清明のグラスに注ごうとすると
清明は 少しこまった表情で言った。
「申し訳ございません。私は グレープフルーツは苦手なのです」
「あら まあ」
「そのう きのうコンコン会の登録情報を拝見しまして、キャラハンさんがお好きだと書かれていたものを用意したのです」清明
「あら まあ。
清明さんは ずいぶん 率直な物言いをされるのですね」
「すみませんお気に障り障りましたでしょうか?」清明
「というよりも 少し驚きました」
「そうですか」
などと話しているところに朝食が運ばれてきた。
キャラハンには、半熟目玉焼き・カリカリに焼いたベーコンと、ぱりっジュワッのソーセージ、マッシュポテトに人参やグリンピース・カラーピーマンを混ぜたもの&レタス
清明には、スクランブルエッグ・ソーセージ・人参とタマネギのビネガー付け(ピクルスほど酸っぱくない)・トマトの輪切りとレタス
の皿が置かれた。
ちなみに 飲み物は、ティーポットに二人の紅茶が入っていた。
「これも、コンコン会で調べた情報に基づいて用意されたのですか?」
キャラハンの問に「はい」と清明は答えた。
「今日は 用意周到ですのね」キャラハン
「そのキャラハンさんと親しくなりたいので、できるだけの努力をしようと思いまして。
お気に召さないこと 私が勘違いしていると思ったことは 遠慮なく指摘してください。」清明
「わかりましたわ。
ところで 今朝のバラは 花言葉に基づいて選んだのですか?」キャラハン
「はい」
「よくご存じでしたわね」
「以前 友人から、女性にプレゼントするときには、花言葉にも気を使った方が良いと言われて 本を渡されたのです」清明
「そのお友達は女性?」
「以前は女装していましたが、今は男の姿しか見かけなくなりましたね。
当人は 中身はいつも男。気分次第で外見を変えるって言ってましたが」
「ずいぶん 変わったお友達がいらっしゃるのね」
「はい。でも とても賢くて勇敢な男です。
それに 女装するときのために女心も研究したそうで、
女性に対する礼儀とかエスコートの方法とか、よく言われます。
それとも 自分が女装していた時の男達の態度への批判かな?」
「でも それは その方の見解ってことですよね」キャラハン
「はい。
だから これからキャラハンさんのご意見を伺いなら
私も キャラハンさんの前でのふるまいを改めて行こうと思っています。
えーと 花ことばとか気にする男性は お嫌いですか?」
「時と場合によりますわ。
だって 花ことばがすべてであありませんもの」キャラハン
「たしかに 花言葉と関係なく、花を愛でたいですよね」
「それに いちいち言葉やプレゼントの裏を考えるのって疲れますわ」
「そうですね。
ミューズって友人の名前ですが、ミューズも 誤解されないように花言葉を知っておく必要はあるけど、気安い間になれば お互い その時の気持ちに添った花を贈ればいいんだって言ってました。」清明
「いつか ミューズさんにお会いできるといいですね」キャラハン
「そのう 結婚式には会えると思います。
もし キャラハンさんが私の式に出てくださることがあれば、
それが 花嫁としてであれ、私の友人としてであれ」清明
「つまり 私とは 結婚式に招待するほどの友人、
または婚約者になるほど
親しくなりたいとお考えってことでよろしいかしら?」キャラハン
「はい」
・・
といった具合に 二人の会話はすすみ、
清明とキャラハンは めでたく婚約しましたとさ。
もちろん婚約に至るまでには
「あなた 両天秤かけてたの?」とか
「今後は 若い子に鼻の下をのばしたりしたらだめよ。
誘いにホイホイ乗るのは厳禁」なんて杭もしっかりと打たれた清明ではありましたが・・