王への取次を願いし者
ゴンとボロンの騎乗装備のことで、龍の庭に呼び出されていたスカイのもとに、王宮から「急ぎ帰還されたし」と連絡が来た。
国家規模の緊急事態なら「緊急連絡・至急帰還せよ」と一方が来るのだが
だれかが至急国王に目通り願っている程度の話なら、この「急ぎ帰還されたし」連絡となる。
というわけで スカイ国王は急ぎ王宮に戻った。
国王呼び戻し理由は、一人のドワーフ女性が、デュランに連絡をとりたいと王宮までまかり越したことにあった。
「デュランは王宮科学院から、スカイ国王の紹介により、ドラゴンクランに3か月間の出向後、そのまま王宮科学院を退職した」と公式書類には記されている。
そのデュランの婚約者らしき女性が、デュランが王宮科学院を退職したのち連絡がとれなくなっているので、あるドワーフ鍛冶工房の跡継ぎ問題が宙に浮いてしまっているので、連絡先を教えてほしいと、一人のドワーフ女性が王宮科学院を経て、王宮の窓口までやってきたというのだ。
そこで、①デュランをドラゴンクランに紹介した人物であり、②デュランは一応魔術師としても王宮魔術院が管理する名簿にも記載されており、スカイは 名簿上では筆頭魔術師であり、王宮魔術院の最高顧問でもあり、③デュランの勤務先は王宮科学院であり 一応は国家公務員であったので、国家公務員の名目上の雇用最高責任者は国王だからと、
そのドワーフ女性からの訴えがスカイ国王の下に回されたのだ。
(かなり無理くりの理由づけではあるが)
というのも スカイ国王の側近でもあり、国王補佐官・筆頭書記官でもあるアランが、ドラゴン・クランに関係のありそうな話はすべて、自分の所に直接回すようにと日ごろから手を打っていたからである。
とにかく機密事項の多い話なので、まずはアランが目をとおして、可及的速やかにスカイ国王に連絡を入れるために。
ただ ドラゴンクラン存在そのものが 各部門のTOPのみが知る事柄であったので、各部門長が 国王補佐官に書類を回す口実に、皆、頭を悩ませ 無理くりの理由づけをしていたのであった。
・・・
アランがとりあえず、その女性と面談し、その時の尋問内容を元にさらに調査してわかったことは以下の通り。
1.デュランに連絡を取りたがっているドワーフ女性の名前はカンカン
自称アランの婚約者であるが、デュラン本人も アランの両親も彼女の名前をすぐには思い出せなかった程度の知り合いであった。
カンカン本人も、アランの尋問に対しては、「正式に婚約してはいないが、私の気持ちはデュランも知っているはず」と素直に応えた。
デュランによれば、「気持ちって どんな気持ちなんです???」とのこと
2.ドワーフ鍛冶工房の跡継ぎ問題とは
カンカンは、ドワーフの鍛冶師の一人娘であった。
父は複数の弟子を抱え、ドワーフ工房の親方をしていた。
父の鍛冶場を ドワーフ工房にまで発展させたのは、販売・経理その他諸事を担当して運営を切り盛りしてた娘の功績であるというのは、娘本人の自負のみならず父も認めていた。
しかし 最近は父が引退して余生を楽しみたいと言い出した。
すると 父の弟子の一人が自分が工房を受け継ぐ、工房の経理など運営は己の妻に任せるが、その妻の手足となって働くならカンカンを雇ってやってもいいと言い出した。
ただの鍛冶師に過ぎない父を名目上工房経営者にまで押し上げ、工房が十分な利益をあげ、父の弟子たちに鍛冶職人として給料を支払えるまでに利益をあげる工房経営をしてきたカンカンが、そのような「乗っ取り」を認めるわけがない。
ところが 職人気質の父は、自分が居なくなれば、弟子が鍛冶工房の仕事を受け継ぐのは当然のことだとのたまう。
それが嫌なら、カンカンがほかの鍛冶師と結婚して、鍛冶工房を継げばよいというのだ。
一介の鍛冶職人であった父の頭の中には、己の鍛冶の仕事と工房の経営・運営は別物という発想がなかったようだ。
だから 工房を運営していた娘に給料を支払う発想もなければ、工房の跡を継ぎたいという弟子に工房の経営権を売るという話を受け入れることもなかった。
鍛冶の仕事を引き継ぐものが その攻防の経営権得るのが当然のことと考え、
工房への顧客からの信頼、工房の設備・工房がこれまで仕入れていた原料・これまで工房の発展に尽くしてくれた職人達への今後の給料保障または退職金の支払い等々の必要性について考慮することが一切なかった。
そこで思い余ったカンカンが、王都での同業者にすぎない「ええ工房」(デュランの母方の祖父が経営していた)のデュランと結婚して、父の工房を引き継ごうと考えたわけである。
デュランやデュランの父が鍛冶師であり、人間の血をひき、デュランが王宮科学院に就職していたことは、王都の鍛冶師の世界では有名であったし、以前鍛冶師の集まりで デュランと少し話した時に、デュランが合理的な思考をし、工房の経営などについては 王国全体の常識に沿った考えを持っている、つまり鍛冶の腕1本で生きてきた父の偏狭な思い込みやそれを利用して 工房を乗っ取ろうと画策するような父の弟子とは違ったまともな発想の持ち主であると、カンカンは思ったからである。
が しかし、肝心のデュランと連絡がとれない。
デュランの両親に尋ねても、「王宮科学院を退職し、1年間のリフレッシュ休暇を楽しんでいる」としか教えてもらえなかった。
この「リフレッシュ休暇」というのは、ドワーフギルドの休職制度をまねて、ドワーフの若者たちが 突然「リフレッシュ休暇」と叫んで現職を離れる昨今の流行みたいなものである。
ちなみに ドワーフギルドのような厳密な規定がその他の職場にあるわけでもなく
当然なんの補償もない。ただの自己退職と再就職までのモラトリアム期間に過ぎない。
でもなんなとなく「リフレッシュ休暇!」と名前を付ければカッチョイイみたいな感じ???
カンカンは やり手の工房経営者でもあり、ドワーフギルドとの関係も良かったので
ドワーフギルド出身のボロンが運営するドラゴン・クランには国王スカイも名を連ねていることは知っていた。
一方、同一品質の中級品の量産を得意とするカンカンの工房でもあったので
王宮科学院の備品を過去に納入した時の縁で、デュランが退職前にドラゴン・クランの仕事をしたという話も聞き込んでいた。
そこで イチかバチか、だめもと覚悟で、ヒョウタンから駒を狙って
デュランに至急連絡をとりたいとスカイ国王への取次を願い出たのであった。
ちなみに、カンカンの工房が、王宮科学院に商品を納入できたのは、
カンカンは王宮科学院に、商品売込みの為の営業をかけたからであった。
その時に対応をしたのがデュランであり、デュランから「同一品質の中級品を量産化してコストダウンを」という注文をもぎとったのがカン・カンであった。
そして 「値ごろの感のある中級品なのに品質が均一である」とデュランからお褒めの言葉を得たことにより、カンカンは 自分の努力が デュランから認められたと思ったのだ。
というのも 中級品までしか打てない父やその弟子たちに、品質を一定に保つ重要性を言い聞かせ、納入品の検品を厳しく行なったのがカンカンであったから。
実のところ 父やその弟子たちが打つ製品の品質はさほど良くなかった。
王宮科学院が求める品質をクリアできる王都のドワーフ工房は「ええ工房」だけであった。
が しかし 「ええ工房」は中級品以上つまりは 上級品を打ち出す工房だったので
製品の値段が当然高い。
だから デユランとしては 中級品としての品質を保った製品で中級品並みのお値段の製品を大量購入したかったのであった。
しかし「ええ工房」には、最上級の品質を求める顧客が常に行列している状態であったので、一定以上の品質の中級品を大量に発注したい王宮科学院との関係に苦慮していた。
そのことを 「ええ工房」の経営担当をしていたデュランの母から、業界の懇親会で聞き出したカンカンが、王宮科学院まで売り込みに行き、父たち職人の尻を叩き、
検品を厳しくして、カンカンの工房に 商品納入実績を作ったのだ。
と同時に、工房の技術水準を高め、製品の品質の安定化につながるよう、
それまで旧態以前の徒弟制度だった 父の工房に給料制度を導入して、
ただ働きの見習い~出来高払いのお礼奉公中の職人しかいなかった父の工房を、
一人前の職人たちが安定して働く近代的工房へと変貌させたのであった。
このあたりの経営術に関しては、実は デュランの母のもとに通って、カンカンはいろいろ教わったのであった。
といった具合に、カンカンにとっては、デュランの母もデュランも大恩人と言っても良いほどの存在ではあったのだが、デュランの母にとっては、同業者の娘さんがけなげに頑張っているから、先輩として助言したに過ぎない過去の出来事であり、
デュランにとっては、自分の職場に来た納品業者の最初の担当者程度の認識でしかなかった。
というのも、カンカンが最初に王宮科学院への製品納入に成功したあとは、
カンカンを押しのけて、今現在工房の乗っ取りを図っている弟子がご機嫌伺いに行き、そのあまりにずさんな話ぶりにげっそりとしたデュランが、担当者をカンカンから弟子にすげ替えたカンカン工房との取引を断ち切ったからだ。
結局のところ 王都のほかの鍛冶工房が カンカンの父の工房の躍進ぶりを見て、追随したので おべっか遣いで実力の無い男がのさばり品質への信頼性が低下したカンカンの父の工房続けて取引する必然性がなかっただけのことである。
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