地崩れ:ゴンの嘆き
ゴンの低音ボイス、というよりはドスの利いたうなり声の念話でボロンはとうとう気絶した。
可聴域を超えた高周波数を含んだ悲鳴、同じく高周波の念話に続いて、可聴域を超える低周波の念話をあびせかけられて、さしものドワーフの脳も神経も耐えられなくなってしまったのだ。
その様子を念視で見て取ったゴンは おののいた。
ショック ショック ショック!
ゴンは ペタンと地面に張り付いて、しっぽでびったんびったん地面をたたきたかったが、それをすると大惨事になるのが分かっていたのでワンワン泣いた。
高い声を出してはダメと言われたので 低い声でゴーゴーと鳴いた。
すると 地鳴りがして熱川の一部が決壊した。土手が崩れたのだ。
幸か不幸か崩れたのは、ドラゴンの高速飛行によりなぎ倒されたジャングル部分であった。
コンラッドはあわてて、ボロンを避難袋の中から引っ張り出し、結界でくるんだ。
ミューズも急いでボロンに治療魔法を施し、高周波や低周波による頭痛・めまい・耳鳴りなどの不調をとりさってやった。
ボロンとミューズは大急ぎでゴンの側に寄り添い、抱き着いたり、頭をなでなでしながら ゴンをよしよしした。
竜の涙は酸性の熱湯だ。
酸っぱい匂いのする湯だまりが瞬く間にゴンの体の周囲にでき、それが気持ち悪くて ゴンは泣き止んだ。
ミューズはとりあえずゴンの涙をすべて収納した。
コンラッドは 決壊した熱川の土手を修復しに行った。
ゴンのソニックブームで倒れたジャングルの木々は、熱川の熱湯でゆで上げられ、硬い柱に変性していた。
さすが魔性植物!
そこで コンラッドは、硬い柱を積み上げて、とりあえずの堰を作って、熱川の氾濫を止めた。
そしてあふれている熱湯を空間収納した。
コンラッドは考え込んだ。
そういえば、ゴンの涙に触れた地面の表面が変性してガラス質になっていた。
ゴンは、龍の庭でも、皆と一緒にはいれる温泉が欲しいと言っていた。
禍転じて 福となすことができるのではないか? と。
コンラッドは念話でスカイを呼び出した。
「頼む ちょっと来てくれ。 鑑定してほしいものがある」
スカイは、王宮での仕事を全速で切り上げてやってきた。もちろん転移魔法で。
「今度はなんだい?」
スカイの問に、コンラッドは 黙って 熱川の氾濫痕に鼻先を向けて指し示した。
愕くスカイに、状況を圧縮概念でまとめて送った。
「それで?」スカイ
「ゴンの涙の分析と、涙が触れた地面の様子を鑑定してほしい。
ゴンの為の、風呂を作るのに 使えぬかと思ってな」
今度は 風呂の設計案をスカイに圧縮概念で送った。
「やれやれ」スカイはぼやきながらも コンラッドの依頼にこたえた。
ミューズが回収した「ゴンの涙」は ドラゴンクラン仲間の共有空間倉庫に入っていた。
「君の設計でうまくいきそうだよ。
温泉づくりはまかせた。
僕は ゴンの様子を見てくる」
スカイは ゴンの側に転移した。
泣き止んだばかりのゴンは スカイとミューズに寄り添われたまま、しょんぼりと座り込んでいた。
「やあ!」そこに現れたスカイ
「ずいぶん 早く来てくれたんだね」ミューズ
「コンラッドに呼ばれたんだ。
コンラッドは 決壊した熱川の堤を修復するついでに いいことを思いついたらしい。
だから 一緒に見に行こうよ」
スカイの転移魔法で一行は、コンラッドの元に移動した。
ゴンは ジャングルの変わりように 目を見開いた。
スカイは、超音速飛行によりソニックブームが起き、ジャングルの木々が根こそぎ倒れたこと
さらにゴンの低い声での鳴き声で低周波振動が起きて、熱川の堤が決壊したこと。
あふれ出た熱川の熱湯で ジャングルの魔性の木が変性してとても固くなったこと。
その硬くなった木材を使って、コンラッドが熱川の堤を修復して、さらにあふれ出た熱湯も空間収納してしまったことを説明した。
「ごめんなさい。 ぼく またもや大変なことをしてしまった」うなだれるゴン
「それにしても、音より早い速度で移動できるようになるなんて ゴンはすごいな」
ゴンと一緒にソニックブームの説明を聞いていたボロンが言った。
「ぼくも そこまでゴンが早く飛べるようになっているとは思わなかったよ。
だから今回のソニックブーム被害のことは 全く予想外の出来事として受け入れよう」ミューズ
「それにドラゴンが、特殊な叫び声を出すことができるらしいというのは文献にもあったけど
それは ドラゴンが戦う時に 攻撃目的で出していると思ってた。
まさかびっくりした時の声が こんな結果になるとは思わなかったよ。
前回ここに来た時に、念のためにコンラッドといっしょに龍の庭の回りの結界を幾重にも張り巡らせ強化しておいたから、外輪山の外の人の住処には影響が出ていないはず」スカイ
「どうして そう言いきれるんだい?」ボロンが少し不思議そうに尋ねた。
「音波対策用の結界が破られていないから」スカイ
「気絶した動物達も そのうち気が付くだろうから心配しないで。
念のために 後で僕も様子を見に行くし」ミューズ
再び ポロリと涙をこぼすゴン
それを、さっとビーカーに集めたスカイ。
「君の涙なんだけど、特殊な成分が含まれているみたいで、その涙の利用法をコンラッドが見つけたんだ。」スカイ
「僕の涙の利用法?」不思議そうに尋ねるゴン
「まあ 見ておれ」
コンラッドは、もともとえぐれていた空き地の土を取り除けたり整地して、巨大なプールのようなものを作った。
そして、そこの底面や側面に『ゴンの涙』を薄く塗りつけ、さらに水蒸気を吹き付けた。
すると 涙と水が反応して高温を発し、壁面が一瞬溶け、そこに フェンリルの冷気を吹き付けたら
ガラスのようにつるつるの壁面に変化した。
まるで ホーローのような巨大浴槽の完成である。
「ゴンよ、お前は 龍の庭に、クランメンバー全員が一緒にはいれる風呂が欲しいと言っていただろう。
だから 禍転じて福となす。
お前が木々をなぎ倒して作ったジャングルの空き地に、お前の涙を使って浴槽を用意した。」
コンラッドの行動とセリフに、ボロンとゴンはあっけにとられた。
「だけど お湯の張り替えと排水処理はどうするんだい?」ミューズが突っ込んだ。
「使用頻度によるな」コンラッドは澄まして答えた。
「毎日のように利用するならば、熱川の湯を冷ます湯冷まし池と、ふろの湯を川へ排水できるように処理するため池を用意する。
時たま使うだけなら、湯冷まし池は省略して、普段は空にしている浴槽に直接熱川の湯を注いで冷まして使おう。」コンラッド
「だったら最初からちゃんと 湯冷まし池は二つ作ろう」ボロン
「だね。でも 今日の所は 排水処理のため池だけ先に作って、お風呂にしたいな。
きれいなお湯を冷ます為の池は 明日に作ってもいいんじゃない?」ミューズ
「よかろう」
コンラッドは、手早く空のため池をつくり、そこにゴンをたたせた。
「おまえ 涙で体がよごれたであろう、湯に入る前にシャワーで洗い流せ」
そういって、空間収納の中の熱川の熱湯から適当に熱エネルギーを奪って適温にしたうえで浄化魔法できれいにしてから、シャワー状にして湯を取り出して、ゴンの上に降り注いだ。
ボロンとミューズは ゴン用モップを使って 体をこすってやった。
それから 裏技を使って処理した熱川の湯を出来立ての湯船にはって、みんなで入った。
もちろんスカイも一緒に。
「はぁ、コンラッドって 人外仲間と一緒の時は ためらいもなく大魔法を使うんだねぇ」スカイ
「そうか?」コンラッド
「空間収納の中で 熱エネルギーだけ別に取り出して湯を冷ますなんて すごい大魔法だよ」スカイ
「お前さんの知識を活用させてもらったのだが」コンラッド
「僕のは 王宮の書庫で読んだだけの知識。
でもそれを 魔法に利用するなんて さすがフェンリルとしかいいようがない」スカイ
コンラッドは 照れたように足で首をかいた。
もちろん しずくが飛び散らないようにスクリーン状の薄い結界をはってから。
「ぼくも 結界の張り方を覚えたいな。
そしたら 何かをするたびに 惨事を引き起こさないで済むと思う」ゴン
「ふむぅ。今はまだ 全力で何ができるか、何が起こるかを学ぶ時期だと思うがなぁ」コンラッド
「古のドラゴンが龍の山で暮らしていた時は、どんな風だったんだろうね」スカイ
「あの頃は ドラゴンが 人族に気を遣う必要もなかったからなぁ」コンラッド
ひと風呂浴びてさっぱりとした一同に ゴンは謝罪した。
「今日は ほんとにごめんね」
「仕方がないさ。何事も はじめてはあるし、初めての出来事に愕くのは子供の特権だ」コンラッド
「それにしても しっぽで地面をたたくのを我慢したのは、えらかったぞ」
ボロンがゴンの頭をなでた。
「僕 賢かったでしょ」ゴンが嬉しそうにボロンに体を寄せた。
スカイの転移魔法に城の地下に送られたボロンは、ゴンに添い寝して寝かしつけた。
スカイは 大急ぎで王宮に戻り、念のために龍の庭の外に被害がないか、コンラッドと協力しながら探索した。もちろん魔法で。
異常はなかった。
「やれやれ よかった。」スカイ
「結界を張る時に予測していなかった現象までは防ぎきれんからなぁ。
そういうことが起きなくてよかったわい」コンラッド
一方 ミューズは 動物たちを起こし、再度健康チェックをした。
こちらも異常なし。
ダーさん達も、「幼い龍との共同生活って 大変だなぁ」とぼやくだけだった。
「人間の幼児が癇癪起こして泣いたらうるさいですから、
龍の子がにぎやかなのもしかたないですね」
メリーとメモリーもあきらめの心境でつぶやいた。
「あれは 癇癪ではなく、驚いて叫んだだけだったんだけど」ミューズがゴンをかばった。
「遊んでいるときの、人間の子供の甲高い声もいい加減 頭痛いですけどね。」メモリー
「あれの ドラゴン版か。
羽をむしりに来ないだけ、ゴンの方がましかな、人間のこどもより」オットーが苦笑いした。
スカイは執務に戻り、コンラッドは 残り湯を排水処理するのと、浄化魔法をかけて次回に回すのとどっちが環境にやさしく、魔法消費量が少ないかと考え込んだ。
結論、’どっちもどっちじゃが、ゴンがいつでも入浴または水浴びできるように、残り湯は浄化魔法をかけて このまま置いておこう。なんならかけ流し温泉方式にしてもいいな。
いずれ浴槽の湯は、ゴンの浄化魔法の練習にも使おう。’
かわりに、ゴンの体をあらった、排水池の底(地下)に バイオタンクをしつらえて、そこで排水池に残った汚れた水を流し込むように工事した。
工事中にふと思いついて、巨大浴槽の近くにバナナの木を植えてみた。
熱川から取り入れた熱湯から熱エネルギーを取り出して保存して、その保存したエネルギーを使ってバナナの木の回りの気温を一定に保つしかけを施したのだ。
バナナの木の為の温室とエネルギー転移魔法陣を組み合わせたのだ。
これで いつでも全員で温泉に入ることができるし、南国フルーツも食べられて一石二鳥ではないかと、コンラッドはにんまりとした。
ちなみに この「エネルギー転移魔法陣」というのは、今回初めて作った新案である。
クランの中で最年長のコンラッドだって、日々進歩しているのである。