牧人の里にて
(4/5)
(赤ん坊を人間の子として育てるには、人の言葉を話す者とともに暮らす必要があるな。)
フェンリルは考えた。
(念話しか使わぬ者の中で赤子を育てたら、人外仲間の中にいる人族になってしまう)
(暗殺を恐れる王妃とお家騒動を恐れる王の懸念を思えば、この国の人間をスカイの傍におけぬ。
ならば 人語を使う人外を子育てチームにいれるしかない。)
そこでフェンリルは、かごに入ったスカイを連れて、国外に出た。
王国からかなり離れたところに 牧人の森があった。
人跡未踏の地=国外 その国外でも 王国からかなり離れた場所にある牧人の森
そこは 王国の者は誰一人として その存在すら知らぬ森であった。
その森には 牧人と呼ばれる人たちが住んでいた。
牧人の先祖は、人族と精霊との間に生まれた子供達であったらしい。
しかし長い年月の間に 精霊達は人の前から姿を消し、
牧人もまた、人間との悶着を避けてこの森で暮らすようになった。
そしてまた 牧人と精霊との直接的な交流も近年はとだえていた。
そこに 突然神獣が人間の赤ん坊と一緒に姿を現したのである。
森にすむ人々は上へ下への大騒ぎとなった。
長年孤立した生活をしていた牧人達は 文化的ではあるが居住環境がいささか古びていた。
早い話が現地で調達できる物と先祖からの遺物を再加工したモノしかない生活。
しかも集落の規模は小さい。
そこで神獣フェンリルと牧人との間で取引が交わされた。
フェンリルの魔力と魔法で牧人の居住環境を改善する代わりに
牧人達は 全力で赤ん坊の養育にあたるという契約だ。
おかげで フェンリルの建築や上下水道の敷設と管理、汚物ごみ処理能力などが飛躍的に上がった。
そもそも神獣は魔法陣など作ることも使うこともなかった。
その時々に 必要なことをちゃっちゃっと魔法で解決できるのだから。
しかし 牧人たちは、フェンリルが立ち去った後も自分達がメンテナンスできる恒久的な設備の建造をフェンリルに要望した。
その結果 フェンリルのコンラッドは魔法陣の発明と開発のエキスパートとなってしまったのである。
(まったく こんなこと ほかの人外どもに知れたらなんと言われることか!)
コンラッドは心ひそかにぼやいた。
が、もともと才能ある人の子 特に幼児に甘いコンラッドであったので・・
生まれたての赤ん坊であるスカイの為に 骨惜しみなく牧人達の生活改善に協力したのであった。
幸いにも コンラッドは王妃から大量の物品を受け取っていた。
さらに 王宮の中にある王妃エリアには スカイのための部屋が用意され、そこには常に赤ん坊の標準的な成長を念頭に次々と食料・衣料・その他の物品が補充されていた。
さらに フェンリルが要求する品々も次々と運び込まれていた。
コンラッドが要求する伝言メモもその部屋の机の上に送られたので、王妃は毎日その部屋の机の上を自分で確かめに行き、自分以外の何者もたとえ国王ですら入室させなかった。
それゆえ コンラッドはその部屋を自分の倉庫のように扱い、必要を満たすことができた。
また 王妃のたっての希望で スカイの成長ぶりを伝えるメモも随時コンラッドから送られた。
というのも 王妃は 品物を補充するときに手紙をそえ、あれこれ子供の健康や成長ぶりを尋ねるものだから コンラッドもついついほだされてしまったのである。
というわけで 赤ん坊のスカイは、王宮で暮らしているかのように何不自由なく育つことができた。
ただ 自分の世話をしてくれる人達が 王宮の人間ではなく牧人であったというだけのことで。
そして 自分の親が人間ではなく白狼のコンラッドであったというだけのこと。
もちろん 最初、コンラッドは自分でスカイの世話を焼くつもりであった。
しかし 雄オオカミの体では、乳をふくませることも哺乳瓶を持つこともできなかった。
魔力で哺乳瓶を支えることができたとしても、赤ん坊を抱っこして体を支えたりゲップをさせたりといったスキンシップができない。
人間の言葉で話しかけることもできない。
だから スカイが3歳ぐらいになるまでは、子供の養育は牧人達にまかせ
自分は赤ん坊のそばで寄り添ったり、環境整備に力を使うことにした。
持前の臭覚を使って いち早く排泄関係を察知したり、赤ん坊の体調を把握して乳母に伝えると、牧人の女性達から「立派なわんちゃんね」と頭をなでられてしまったのには閉口したが。
「我は神獣ぞ!」コンラッド
「でも スカイに寄り添う姿は 完全に優秀な子守り犬ですよ」乳母
念話は 受け手の能力によって伝わる程度に差ができる。
それゆえ 一般の人間と変わらぬほどに精霊の力が薄まっていた牧人達には
コンラッドの微妙な感情が伝わりにくいようであった。
おかげでコンラッドの、人間とのコミュニケーション能力もかつてないほど発達し
自由自在に人の意識や感情を読み取る一方 自分が伝えたいことを的確に人間に伝えたり隠したり、人との交流を遮断したりする力が飛躍的に増した。
※ 本日 夜8時に2回目の投稿をします
※ 土日休日は 朝8時 夜8時の2回投稿
月~金は 朝7時の1回投稿です