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この王様ゲームには絶対的存在がいて、俺以外の皆が俺と女王様をくっつけようとしてくる

作者: 墨江夢

「ねぇ、王様ゲームしない?」


 俺・亀戸譲(かめいどゆずる)がクラスメイトの姫路(ひめじ)マリアからそんなお誘いを受けたのは、ある放課後のことだった。

 どうして姫路が突然王様ゲームをやろうと言い出したのかなんて、わからない。だからその理由を彼女に尋ねてみたのだが……


「特に理由なんてないわよ。やりたくなったから、やろうと言い出しただけ。文句あるかしら?」


 自分がやりたいからお前も付き合えとは、相変わらずの女王様っぷりである。 

 しかしこの女王様の場合、ただ横暴なだけじゃない。御恩と奉公じゃないけれど、何かをしてあげれば、それ相応の見返りがある。

 先日聞いた話によると、掃除当番を代わってあげた男子が、その見返りとして二人きりのランチに付き合って貰ったとか。姫路程の美少女と昼食を共に出来るなら、確かに何でも言うことを聞いてあげたくなるかもしれない。


 どの部活にも委員会にも属していない俺は、ホームルームが終われば下校するのみである。定期テストが近いわけじゃないし、勉強に根を詰めることもない。


「……わかったよ。どうせやることもないし、少しなら付き合ってやる」

「ありがとう。それじゃあメンバーを集めてくるから、ここで待っていてちょうだい」


 数分後、姫路は四人の男女を連れて教室に戻ってきた。

 左から佐藤くん、高橋くん、山田さん、佐々木くん。全員クラスメイトで、日頃から会話している関係だった。

 下手に他学年の生徒を連れてこられたらどうしようと思ってきたけれど、良かった。これなら会話も弾むし、王様ゲームを楽しめそうだな。


 そう安堵しながら、少しは王様ゲームを楽しみにしている俺だったが、それは大きな間違いで。

 この時には既に、絶対的女王様の独裁政治が始まろうとしていたのだ。





 二つに割る前の割り箸に王様という文字と1〜5までの数字を書き、空き缶の中に入れる。これだけで、王様ゲームの準備は完了だ。本当に、手軽なものである。

 俺たち六人はそれぞれ割り箸を一膳ずつ握ると、


『王様だーれだ?』


 お決まりの掛け声と共に、一斉に割り箸を引き抜く。

 王様を引いたのは……姫路だった。


「はーい、女王様降臨〜」


 ……イカサマじゃないっすかね? 割り箸に姫路にだけ反応する特殊な塗料が塗られているとか、絶対何らかの細工をしてあるでしょ?


 しかしイカサマは証拠がなければイカサマにならない。俺たちに反論など許されず、姫路の命令を待つことしか出来なかった。


「それじゃあ、命令を言うわね。1番から5番の人が――」


 出た! 特定の誰かに嫌がらせしようにも番号がわからなくて出来ないから、もういっそ全員まとめて嫌がらせしてしまえ戦法。

 王様ゲームでは十中八九用いられる戦法だが、まさか初っ端から使ってくるなんて。流石は姫路マリア。恐るべき女だ。


「――右隣の人のほっぺにキスしなさい」


 ……この女、やりやがった。

 キスのような命令は、王様ゲームを盛り上げる手段として有益である一方で、他者からのは反感を買いやすい謂わば諸刃の剣。いくら姫路女王様の命令でも、この命令を聞くことは出来ない。

 ほら、他の四人も不満げな顔を……って、こいつら既にチュッチュッし始めてるし!


 因みに俺の左隣は、マウンテンゴリラの異名を持つ高橋くんだった。


「さあ、亀戸。力を抜いて。僕が優しくキッスをしてあげるからね。ん〜っ」


 俺の左頬に触れる、分厚い唇の感触。……どうしよう。開始一発目から、王様ゲームに参加したことを後悔してきた。

 高橋くんの唇が離れた頃には、俺の生気まで吸い尽くされたような気がしてならなかった。


「次は亀戸の番だね」

「俺の番って……まさか……」


 俺は恐る恐る右隣を確認する。

 俺の右隣に座っているのは……他ならぬ姫路なのだ。


「えーと、姫路。俺もキスして……良いのかな?」

「何を言っているの? 王様の命令は絶対っていう、王様ゲームのルールを知らないわけ?」

「いや、だけどさ……」


 キスした後でセクハラだとか言われて訴えられるのとか、絶対嫌だからな!


「早くしなさい」と、左頬を突き出してくる姫路。許可も得たことだし、俺はほんの一瞬だけ姫路の左頬に唇を触れさせた。


「これで満足か?」

「満足ではないけれど、合格よ。……2回戦といきましょう」


 俺たちはシャッフルされた割り箸を、またもそれぞれ一膳ずつ手に持つ。


『王様だーれだ?』


 果たして次なる王様は――





「あっ、俺ですね」


 2回戦の王様を引いたのは、佐々木くんだった。


「あら、次の王様は佐々木くんなの。それじゃあ、命令を出してみなさい」


 王様は佐々木くんの筈なのに、何でだろう? 主導権が姫路にある気がする。


「わかりました。それでは……」


 そこまで言ったところで、佐々木くんは一度口を閉じる。

 そして俺以外の全員と、一人ずつ見つめ合った。


「……2番の人が、3番の人の頭を撫でること」


 2番の人が頭撫で撫でをするって、またも際どい命令を出してきたな。……って、2番俺じゃねーか!


 自分の番号が該当するとなれば、我関せずではいられない。そうなると、次に気になってくるのは3番が誰なのかということで。


「3番は私ね」


 姫路かよ! 

 まぁ、ここはポジティブに考えよう。マウンテンゴリラの高橋くんではなく、美少女の姫路の頭を撫でられるだけ儲け物だ。


「それじゃあ、亀戸くん。優しくお願いね」

「おっ、おう」


 女の子の頭を撫でるなんて初めての経験だから、やっぱり緊張するな。心なしか、良い香りがするし。


 俺はゆっくりと姫路の髪の毛に手を伸ばす。

 丁寧に手入れされている為か、彼女の髪の毛はとても艶があり、サラサラで、なんとも触り心地が良かった。


「……姫路、何ニヤついているんだ?」

「ニヤついてなんてないわ。処刑するわよ」


 おいおい、それはいくら何でも理不尽だろ……。





「それでは3回戦といくわよ。せーの!」

『王様だーれだ?』


 3回戦目の王様は、山田さんだった。

 王様を引いた山田さんは、例の如く姫路たちと視線を合わせている。……もしかして、こいつら視線で何か伝え合っているんじゃないか?

 しかし彼女たちが視線を交わしていたのは一瞬のことで、何をしているのかまでは終ぞ判明しなかった。


「私が王様ですね。では、王様として命令します。……4番の人が、王様以外の誰かに膝枕されること!」


 4番って……また俺かよ!


 だけど今回はありがたいことに、選択肢がある。

 膝枕となれば、そりゃあ女子にされたいわけで。王様の山田さん以外となると、実質選択肢は一つだけだった。


「姫路でお願いします」

「あら? 亀戸くんは、私に膝枕されたいの?」

「……消去法でな」


 姫路は椅子から降りると、その場で正座をする。「さあ、どうぞ」と言わんばかりに、彼女は自身の太ももを手で叩いた。


「それじゃあ、失礼します」


 王様の命令は絶対だ。拒否することなど出来ない。

 観念した俺は、姫路の太ももに後頭部を乗せた。

 

 目を開けると、そこには天井ではなく姫路の乳房がその存在感を露わにしている。

 これは心臓に悪いと思い体勢を横にすると、今度は頬に姫路の太ももの感触が直に伝わってきた。

 

「美少女の膝枕は、どうかしら?」

「……悪くない」


 当たり障りのない返答をしたつもりだったが、どうやら姫路はお気に召さなかったらしい。ギューッと、俺の頬をつねってきた。


「悪くない? 最高の間違いでしょ?」

「はいはい。最高ですよ。今まで出会った中で一番寝心地の良い枕だと認めるから、つねるのをやめてくれ」

「本意ではなさそうだけど……最高だと認めたことに変わりないわね。良いわ、解放してあげる」


 姫路の指が俺の頬から離れると、ようやく膝枕から解放された。


 しかし二回連続で王様に指名されるとは、運の悪いこともあるものだ。故意的にやっていない限り、そんなことが起こる確率は極めて低いぞ。

 故意的にやるといっても、姫路たちは示し合わせたような動きをしていなかったし。不自然な動きがあったとしたら、全員一度王様と視線を交わしたくらいだぞ? 細工なんて、瞬きくらいしか……


「…………」


 待てよ。

 もしもの話だが、姫路たちが瞬きの回数で自身の引いた数字を王様に伝えていたとしたら? その方法なら、俺の引いた数字を特定することも可能だ。


 可能性の高い話ではあるけれど、これはまだ仮定の話。証拠がない限り、糾弾することなど出来ない。

 疑わしきは罰せずというやつだ。


 さて。どうやって姫路たちの企みを暴いてやろうか。そんな風に考えていると……タイミング良く、4回戦目の王様は俺になった。


 さあ、解決編の始まりだ。





 王様を引いた俺は、己の立てた仮説を証明するべく姫路たちに視線を送った。

 やはり姫路がボロを出すことはなかったが、その他の四人は別だ。


 山田さんが不自然なくらい多く瞬きをしていた。具体的には、5回も。

 対して高橋くんは非常に少なく、1回だけだった。

 佐藤くんは2回、佐々木くんは4回瞬きをしていた。


 ……間違いない、瞬きの数だ。見つめ合った時の瞬きの数が、自身の引いた数字を表しているのだ。


 佐藤くんたちの数字が判明すれば、自ずと姫路の引いた数字も判明する。

 俺は王様ターンを最大限活用して、このゲームの根幹を揺るがしかねない命令を下した。


「3番の人は、この王様ゲームを始めた本当の理由を説明すること」

「!?」


 過剰に反応したのは、この王様ゲームの首謀者であり3番の数字を引いた姫路だ。


 姫路は一瞬抵抗しようとするが、結局何も文句を言わなかった。なぜなら、王様の命令は絶対なのだから。


「私がこの王様ゲームを始めた本当の理由、それは……したかったから」

「え? 何?」

「あなたとイチャイチャしたかったからって言ったのよ!」


 ……何だって?

 てっきり俺に嫌がらせをする為だと思っていたが、蓋を開けてみれば真逆の理由だった。


「亀戸くんのことが好きだけど、私ってこういう性格だし、どうしても素直になれなくて。王様ゲームっていう口実があれば、あなたに目一杯甘えられるかもしれないと思ったの」


 ……成る程。

 だからほっぺにキスとか頭撫で撫でとか、膝枕といった命令を出してきたのか。


 ていうか、何だ? 命令を出したのは佐々木くんや山田さんだけど、裏では全部姫路が糸を引いていたんじゃないか。とんだ女王様だ。


 最後にもう一回。姫路がねだるので、俺は渋々最終戦を許可した。

 最後の王様は……姫路だった。


 姫路が俺をジッと見る。

 姫路の顔は、はっきりわかるくらい赤く染まっていて。彼女が何を命令しようとしているのか、流石の俺でも予想がついた。


 ……仕方ないな。

 俺は姫路に、二度瞬きをして見せる。「俺は2番だぞ」と、伝える為に。


 俺の番号だけ確認した姫路は、最後にして最高の命令を口にするのだった。


「王様として、命令します。2番の人は――王様の恋人になること」


 本当、この女王様はわがままにも程がある。

 しかしこれが王様ゲームで、王様の命令は絶対というのがルールだとしたら、俺は姫路の恋人になるしかないのだろう。


 取り敢えずは女王様、この後一緒に帰りませんか?

 王様ゲームはもう終わったので、俺は割り箸の代わりに姫路の手を引くのだった。

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