地下室
「──というのがその魔道士の言い分だと?」
長い白髪を揺らしながら、女は首を傾げた。横にいる中年男は女の上質なコートが湿ったレンガの壁にもたれ掛かるのを見て、思わず顔をしかめたくなるのを堪えて説明を続けた。
「魔道士…ではなく”魔法師”です。捕まった魔法師の証言ではそのようになっていますが、そこの団長によると普段から命令無視や単独行動が多いらしく、今回屋敷を一人で訪れたのも命令無視によるものだそうです」
「ふーん…しかし、妙だな」
「妙、というと…やはり破られた結界ですか」
「いやいや、全部だよ」
男は事件についてまとめられたたった一枚の書類を裏返した。書類は裏には何も書かれておらずお粗末なものだ。
片田舎の事件だからだろうと最初は思っていたがどうも様子がおかしい。そんな田舎で起こった騒動の主犯格が国の首都に引きずってこられたのも含めて。自分には調べる権限が与えられてもいないので深くは知りようがないが。
男はため息をついて女の方を見た。女は錆びた鉄格子を両手で掴み、高そうな上着の裾が地面の土に汚れているのも気にもとめない様子で楽しそうにしている。女は偉い役人に連れられこの地下に入ることを許された。もちろんこの女の身分を知る権利も自分にはない。
「モンスター騒ぎに乗じて屋敷に乗り込み、そこに専門家が張っておいた強力な結界をものの見事に短時間で破り、そしてたまたま逃げ遅れた屋敷の御令嬢をたまたま見つけ殺害した所を、たまたま通りかかった別のギルドの団員に取り押さえられる……なんて事があり得ないとも言い切れないけどね」
女は牢屋の奥にうずくまったもう一人の人物に投げかけるように続けた。
「第一、亡くなった御令嬢を殺す動機が君にあるのかな ──セウスくん?」
セウスの体がびくりと震えた。