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9.冒険者

「それにしても、空間魔法っていうのは便利だねぇ。僕の研究室の物を全て持ち出せたうえ、王都からも楽々抜け出せたんだから」

 常に魔物の脅威に晒されているこの世界では大きな街ともなれば街の周りを外壁で囲んでいる。それは当然王都も同じであり、出入りするには四方にある門を通らなければならない。だが、その門も夜間は閉じられていて出入りする事は出来ない。

 深夜の内に城を出た輪廻達はその壁をクロの加護によって与えられた空間魔法を使って脱出し、王都から北にあるカロイスという街にやって来ていた。

「ふふん、クロはすごいでしょう!」

 ロベリアの言葉にクロは得意げにない胸を張る。

「……まあ、便利なのは認める」

 魔力消費の多い空間魔法を完全に使いこなせているとは言えないが、それでも短い距離を移動する短距離転移(ショートジャンプ)やより長い距離を移動する転移(テレポート)、物を収納出来る次元庫(ストレージ)はどれも役に立つものばかりだ。

「ところで、ハイドラ・ブランドンの首を狙っているとは聞いたけど、それなら何故ブランドン領がある東ではなく、北に来ているんだい?」

「追っ手を振り切るためだ。俺一人ならともかく、お前や王国の裏を知るステラを放っておきはしないだろう。だから一度この国を出て北にあるノースブルク皇国を回ってイリミナ王国に入り、そこからブランドン領に侵入する。その分時間はかかってしまうがな」

 そこで輪廻はチラリとステラに視線を向けた。

「構いません。すでに三年待ちました。確実に殺せるのなら多少伸びたところで問題ありません」

「そうか」

 表情一つ変えず、感情を感じさせない声で答える。

「うーん、でも他の国に協力されたらどうするの?」

「それはないよ」

「どうして?」

「それだけこいつに価値があるという事だ」

 輪廻は通りに立っている街灯に視線を向けた。

「あれはお前が作ったらしいな」

「ん?ああ、そうだよ」

「んー?魔力を吸収してる?」

「流石は精霊。よく分かったねぇ」

 これまでの魔導具は魔物から取れる魔石という物を動力にするか、使う度に魔力を流す事で動いていた。だが、魔石が持つ魔力は有限であり、切れると変えなければならない。

 そこに現れたのがロベリアの作った自然界にある魔力を吸収し、半永久的に動き続ける事が出来る技術である。現在、この技術を使用しているのはこの国だけである。

「革新的な技術とそれを生み出すロベリアは他国からすれば是非とも手に入れたい人材だ。自分の国にいると分かれば自国に勧誘こそすれ、捕まえる手伝いをする事はないだろうな」

「人間ってめんどくさい!」

「そうだな」

「いやー、モテる女は辛いねぇ」

「そうですね。他国に渡すくらいなら殺してしまおうと考える国もいるでしょうし」

「その時は守ってくれるんだろう?」

 ステラの言葉にも動揺した様子もなく、ニヤニヤとした笑みを輪廻に向ける。

「ふん、連れ出した責任くらいは取る」

「ふふ、頼りにしてるよ」

 話に区切りが付いたところで丁度目的の場所に辿り着き、その建物を見上げて立ち止まった。

「冒険者ギルドですか?」

 冒険者ギルドとは世界的な互助組織。簡単な言えば日雇いの派遣業社だ。市民や貴族、果ては国からと様々な依頼が寄せられ、その内容は荷運びや採取、護衛に討伐と多岐に渡る。

「この世界での身分証は今後必要になるだろうからな。一番簡単に手に入るのがここだったんだ。一応聞くが、お前ら身分証は?」

「捕まった時に剥奪されたねぇ」

「表向きは処刑された事になっているので」

「人間の身分証なんて持ってない!」

「だと思ったよ」

 この三人の経歴を考えれば予想出来た事。それ以上掘り下げる事なく輪廻達は冒険者ギルドの中に足を踏み入れた。

「ふふ、見られているねぇ」

 ギルドに入った途端、聞こえていた喧騒がピタリと止まり、一斉に視線が集まる。

「リンネ様の目付きが悪いからでしょうか?」

「リンネ君の性格が悪いからじゃないかい?」

「リンネの性根が悪いからかな?」

「目立っているのは俺ではなくお前らだ」

 輪廻達の格好は城を出た時から変わっていない。輪廻はダンジョンに潜った時と同じ漆黒のコート。ギルド内にいる冒険者達と比べれば多少軽装だが、そう目立つ程ではない。対して他の三人はメイド服に白衣にワンピースと明らかに浮いている。

 しかも、タイプこそ違うが三人共眼を見張る程の美少女。目立つのは当然である。

「あーん?見ねぇ顔だなぁ」

 そこに一人の大柄な男が近付いてくる。

 依頼によっては遠出する事もあるが、基本的に冒険者は一つの街を拠点にする。それ故に大抵の冒険者は顔見知りである。そこに現れた明らかな異物。それを無視出来ないという人間はどこにでもいる。

「良いオンナを侍らせて何様だテメェ!」

 声を荒げて威圧する男。気の弱い者なら畏縮してしまいそうなものだが、あいにくとここにまともな精神の人間はいない。

「ほほう、これが噂に聞くチンピラという奴かい?初めて見るよ」

「私も初めて見ました。噂通り頭が悪そうですね」

「こういうのはいつの時代もいるよ」

「こういうのはどこの世界にもいるな」

 一度だけ男に視線を向け、その前を何事もなかったように通り過ぎていく。

「な、舐めてんじゃねぇぞ!」

 そんな輪廻達の態度に男は激怒し、腰の剣に手を伸ばす。

「忠告しておく。それを抜けば容赦はしない」

「うるせぇんだよ!」

  輪廻の忠告を聞く訳もなく、引き抜いた剣を振りかぶる。

「忠告はした」

 自ら前に出た輪廻は剣を握る手を掴み取って受け止め、その手を引く。それによって体勢を崩した男にさらに足払いをかけ、引き倒す。

「テメェ、よくも!」

 人前で無様に転ばされ、男は屈辱に顔を赤く染める。このままでは済まさないと立ち上がろうとする。だが、それよりも早く掴んだままだった腕に足を乗せ、掴んだ手に力を込める。


 ボキッ!


 ギルド内に響く鈍い音。何が起きたのか分からず男は自分の腕に視線を向け、ありえない方向に曲がった腕を見て叫び声をあげる。

「あ、ああぁぁぁぁぁ!!腕が!俺の腕が!」

「バーダン!」

「テメェ、よくもバーダンを!」

「ただじゃおかねぇぞ!」

 それにバーダンと呼ばれた男の仲間らしき男達が各々の武器を構えて輪廻を囲む。

「ふん」

 バーダンの手を離した輪廻はその手を男達に向ける。

 その直後、足下から黒い手が伸び、男達の首を締め上げて持ち上げる。

「ガッ」

「アッ」

「ッ!」

 苦しげに顔を歪め、武器を手放して黒い手をなんとか引き剥がそうとする。だが、ガッチリと掴んだ手は男達の力ではどうやっても引き剥がせない。

「窒息と首の骨が折れるのどっちが早いかな?」

「リンネ様の性格ですと死なない程度に苦しめ続けるのではないでしょうか」

「リンネ性悪!」

 後ろから聞こえてくる声に輪廻は嘆息して手を下ろす。それと同時に男達の首を掴んでいた黒い手が消える。

「おや?やめたのかい?」

「こいつらの命などどうでもいい」

 倒れ伏す四人の男に一瞥する事もなく静まり返るギルドの中を受付に向かって進む。

「一つ聞きたい」

「は、はひ!」

 輪廻に声をかけられた受付嬢は怯えた表情で返事をする。

「……ギルド内での死闘は規則ではどうなっている」

「ぼ、冒険者同士の死闘は禁じられていましゅ。りょ、両者に罰がありま…す」

「一般人相手だったら?」

「ぼ、冒険者が無法者になってはいけません。そ、その冒険者には厳しい罰が科せられます」

「なら、あいつらにはその厳しい罰が科される訳だ」

「え?」

「俺はまだ冒険者ではない。ここには冒険者登録のために来た」

 素行こそ問題の多かったバーダン達だったが、そのランクはD。FからSSSまであるランクの中でもDともなれば中堅と言えるランクだ。加えて素行の問題で昇級は見送られていたが、実力だけならCに届くとまで言われていたのだ。それを容易く一蹴した相手が冒険者ですらないという事に受付嬢は驚きの表情を浮かべた。

「何か問題でも?」

「い、いえ!で、では、こちらをお書き下さい!」

 慌てた様子で登録用紙を取り出し、輪廻達に差し出す。そこに書かれているのは名前、職業、特技という項目だけ。

「さ、最低限名前が分かれば問題ありません。パーティを組む際に職業や特技を書いてあった方がギルド側が紹介しやすいですけど」

「そうか」

 他の冒険者とパーティを組む予定のない輪廻は『リンネ』と名前だけを書くとさっさと登録用紙を受付嬢に渡す。

「書けたよ」

「書けました」

「書けた!」


『名前:ロベリア

 職業:魔法学者

 特技:魔法学』


『名前:ステラ

 職業:メイド

 特技:給仕』


『名前:クロ

 職業:みんなのアイドル

 特技:素敵な笑顔で人を癒す』


「えっと、本当にこれでよろしいのでしょうか?」

「……それでいい」

「あと……」

「まだ何かあるのか?」

「十二歳以下は登録出来ないんですけど……」

 ようやく落ち着きを取り戻した受付嬢はクロに窺うような視線を向ける。

 実際はどうあれ、クロの外見年齢は十歳くらいにしか見えない。それが規則に抵触したのだ。

「クロ子供じゃないよ!」

「えっと、何か証明出来る物などは?」

「……仕方ない。こいつの分はなしでいい」

「ええ〜!クロも欲しかったのに!」

「そもそもお前には必要ないだろ」

 仮に冒険者でなければ入れないような場所があったとしても神出鬼没の時空精霊にかかれば容易に侵入出来る。

「む〜、仕方ないなあ。でも、この埋め合わせはしてもらうからね!」

「……分かった」

 拒否したところでクロが聞くとも思えず、輪廻は渋々頷いた。

「ギルドの説明なのですが、規則などが載った冊子をお配りしていますが、口頭での説明は聞きますか?」

 受付嬢の出してきた冊子を手に取り、パラパラとめくる。

「いや、必要ない」

「分かりました。では、最後に一応の確認なのですが、犯罪歴などはないですよね?」

「ないな」(窃盗・傷害・脱獄幇助(だつごくほうじょ)

「清く正しく生きているからねぇ」(殺人・脱獄)

「清廉潔白が信条なので」(不法侵入・殺人・機密漏洩(きみつろうえい)

「そうですか。では、これで登録は完了です。こちらをどうぞ」

 そう言って受付嬢は三枚のカードを差し出してきた。そこにはそれぞれの名前とFというランクが書かれている。

「すぐに依頼を受けますか?」

「いや、やめておく」

「では、これからの活躍を期待しています」

 頭を下げる受付嬢に背を向け、自然と割れる人垣を通って輪廻達はギルドを後にした。

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