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5.初めてのダンジョン

 この世界に来てから始めて城を出た輪廻はダンジョンへ向けて書庫から持ち出した本を読みながら馬車に揺られていた。

「なんだかこうして輪廻と顔を合わせるの久しぶりな気がするな。最近ご飯の時間も合わなかったし」

「それ以外はずっと書庫にいたからな」

「ふん、そんな奴がついて来るとはな。せいぜい足を引っ張らない事だ」

 嫌味を飛ばしてくるのは馬車の同乗者三人の内一人、陸斗の右隣に座るメリダ。

「ふーん、これが噂の……」

 そう物珍しそうに輪廻へ視線を向けるのは陸斗の左隣に座るもう一人の同乗者──宮廷魔導師のシェリー・マルラス。赤い髪をツインテールにした生意気そうな同年代の少女。黒いローブに杖といったいかにもな格好をしている。

「パッとしないわね」

「言われてるよ」

「他人の評価に興味はない」

 本に落とした視線を上げる事なく答える。

「輪廻は相変わらずだな。ところで、その装備はどうしたの?」

 今の輪廻の格好はこの世界に召喚された時の制服ではなく、漆黒のコートを纏って腰に剣を差している。見覚えのないそれに陸斗は疑問を抱いた。

「これか?……借りた」

「え?今の間は何?本当に借りたの?」

「いつか返す」

「それ、返さない人のセリフだよね!?」

「…………」

「無視!?」

「細かい事を気にするな。それより、お前こそ随分良い装備だな」

 そこで輪廻はようやく本から顔を上げ、陸斗に視線を向ける。

 隣に座るメリダがしっかりと鎧を着込んでいるのに対し、陸斗は一見すれば軽装に見える。輪廻と同じようなコートながら対照的な純白。品良く施された装飾が芸術性を高めながら着用者の動きを阻害しない確かな機能性を併せ持った見事な一品だ。

 しかも、その見た目に反して特殊な素材で作られ、魔法を施されたそのコートは下手な鎧よりも頑丈だという。輪廻が拝借してきたコートもそれなりの品だが、陸斗の装備には劣ってしまう。

 だが、陸斗の腰に差された物に比べればそんなコートですら霞んでしまう。

「聖剣だったか?」

「ああ、この剣?」

 宝物庫に保管されていたかつての勇者が使ったという聖剣。その存在感は凄まじく、抜いてもいないのに大きな力を感じる。

「国宝らしいからね。僕には過ぎた物なんじゃないかと思うんだけど」

「何を言う!この聖剣はリクト殿にこそ相応しいものだ!」

「そうそう。あんた以外に相応しい人間なんていないんだから堂々としてなさい」

「あはは、ありがとう二人共」

 そんな三人のやり取りに興味はないとばかりに気づけば輪廻は再び本に視線を落としていた。






「これがダンジョン……」

 王都から程近い場所にあるダンジョンにやって来た陸斗は緊張した面持ちで声を漏らした。

 レンガを敷き詰めたかのような壁と床。明らかな人工物でありながら人が手を加えるどころか壁を壊す事すら出来ないという。

「集合!」

 威厳に満ちた声に陸斗はハッとして集合をかけた近衛騎士団団長グレンの元に集まった。

 今回の遠征は陸斗の他に監督役であるグレン。陸斗の補佐をするメリダとシェリー。それ以外にも数名の騎士が帯同していた。

「今回はリクト殿に戦いに慣れてもらうためのものだ。深い階層に潜るつもりはないが、油断する事のないように」

「「「ハッ!」」」

 一矢乱れぬ返事にグレンは満足そうに頷き、そこで一人姿が見えない事に気付く。

「ところでリンネ殿はどうした?」

 言われて初めて輪廻の姿がない事に気付いた他の者達も辺りを見回して輪廻を探す。だが、いくら周囲を探しても輪廻の姿はない。

「もしや、勝手に行ってしまったのか?」

「あー、輪廻ならやりそう……」

「何かあってからではまずい。何人か捜索に──」

「あの」

 輪廻捜索の支持を出そうとするグレンを遮り、陸斗は手を挙げた。

「どうした?」

「輪廻の事だから放っておいても大丈夫ですよ。その辺り上手くやると思うんで」

「だが……」

 それでも捜索するべきだと考えるグレンだったが、まるで心配した様子のない陸斗に言葉を飲み込んだ。

「分かった。では、予定通りに始める!それぞれ持ち場につくように!」




          ◇◆◇◆◇◆




 陸斗達の元を離れた輪廻は一人ダンジョンの通路を歩いていた。

 ダンジョン内は灯りがある訳でもないのにぼんやりと明るくなっている。とはいえ、先を見通せる程ではなく、悠然と歩きながらも警戒を怠っていなかった。

 そして、そんな輪廻の耳が近付いてくる複数の足音を捉えた。

 通路の先から現れたのは緑色の肌に特徴的な鼻を持つ小柄な人型の魔物。腰にはボロ切れを纏い、その手には棍棒が握られている。それが三体。

 輪廻は書庫で見た魔物辞典の内容からその魔物を思い出す。

 ゴブリン。ゲームなどでも度々登場する有名な魔物だ。

「ギィ!ギィ!」

「ギィギィ!」

「ギィィィ!」

 輪廻の存在に気付いたゴブリン達は耳障りな声をあげながら襲い掛かる。

 そんなゴブリンの一体に輪廻はおもむろに左手を向けた。

 魔法を独学で学ぶにあって書庫にあったいくつかの本を参考にした。多くは小難しい理論などが書かれている物だったが、その内の一冊だけまるで違う事が書かれていた。

 (いわ)く、魔法とはイメージであると。正確なイメージさえ出来るのなら小難しい理論など必要ないというものだった。


 ──イメージは弾丸。


 本能的に最も相性が良い闇を手の平の先に集め、放つ。高速で放たれた闇の弾丸が一直線に飛び、的確にゴブリンの眉間を撃ち抜く。

「ふむ」

 一体が眉間から血を流しながら倒れるが、それにも構わず残り二体が棍棒を振り上げながら輪廻に飛び掛かる。

 それに対して輪廻は素早く抜剣。抜きざまの一撃によって一体を切り捨て、もう一体に左手を伸ばしてその首を掴む。

「ギャッ!」

 それを振り解くべくゴブリンは棍棒を振ろうとするが、それよりも早く手に力を込め、その首をへし折る。

「だいたい理解出来た」

 ダラリと力の抜けたゴブリンの死体を投げ捨て、輪廻は再び歩き出した。




          ◇◆◇◆◇◆




「ファイアボール!」

 シェリーの放った火球がゴブリンに直撃し、瞬く間に焼き尽くす。

「ハァッ!リクト殿、行ったぞ!」

 そのゴブリンを避けて進もうとするゴブリン一体をメリダが斬り伏せ、わざと一体残したゴブリンが陸斗の方に向かうように仕向ける。

「任せて!」

 向かってくるゴブリンをここまでに何度もしてきたように聖剣を振るい、斬り裂く。その斬れ味は凄まじく、まるで熱したナイフでバターを切るように容易くゴブリンを両断してしまう。

 その光景を監督役であるグレンは後方から眺めていた。

 訓練された兵士であっても初めての実戦となれば実力が出し切れないものだ。だが、陸斗は初めての実戦、それも平和な国に生まれ、ほとんど荒事をした事のないにも関わらずまるで緊張した様子もない。

「肝が座っているのだろう。そのうえ、戦闘センスも申し分ない」

 訓練の時から感じていたそれをグレンは改めて感じていた。

「まだ荒削りながらこのまま訓練を続けていけば歴代の勇者の中でも屈指の勇者となる事だろう」

 心の底からそう思いながらも、その言葉はどこか自分に言い聞かせるかのような響きがあった。

「そこまでだ!今日はここまでとする!」

 陸斗がゴブリンを倒したところでグレンは声をあげた。

「リンネ殿とは合わなかったか」

 ダンジョンの一階層を探索しながら一応輪廻の姿を探していたが、結局その姿を見つける事はなかった。

「置いていく訳にもいかない。いい加減探しに出なければならないか」

「まったく!あの男は!」

「勝手な男ね!」

 グレンの言葉にメリダとシェリーは忘れていた輪廻に対する憤りを思い出す。

「輪廻の事だからそろそろ戻ってきそうな気も──」

 そんな陸斗の横を輪廻が通り過ぎていく。

「って、どこ行くの!」

「馬車」

 集まる視線などどこ吹く風で輪廻は出口に向かって歩いていった。

「な、なんて奴だ!」

「……探す手間が省けたと考えよう。こうしていても仕方ない。帰還するぞ」

 グレンの言葉に輪廻に対する不満を飲み込み、それぞれ出口に向けて動き出した。

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