34.終章:もう一つのプロローグ
とある高校の生徒会室。夕暮れに染まるその部屋で一人の少女が持っていたペンを置き、グッと伸びをした。
「うーん、ふぅ」
手を下ろし、ふと自身の背後にある窓へと視線を向ける。それに合わせて明るい栗色の艶やかな髪がサラリと揺れる。
夕日に照らされるその横顔はまるで一枚の絵画のよう。どこにでもある高校の一室であるにも関わらず、そこだけが世界から切り離されたかのような非現実感が漂う。それ程までに少女の可憐さは際立っていた。
成熟した大人になりかけながらも未だ幼さを残し、奇跡的なバランスを保って綺麗さと可愛さが同居している。なんて事はない一挙一動が気品を漂わせ、思わず目を惹きつけられる。手足はスラリと細く長く、まるで無駄という物が存在しない。
「思ったよりも早く終わったわね」
チラリと机の上にある厚い紙の束へと視線を向けた。
今この部屋には少女一人しかいない。他の役員には別の仕事を頼み、本来手分けするはずだった作業を一人で受け持ったのだ。だが、その紙の束はすでに終えた物。放課後の小一時間程で少女は辞書二冊分はありそうな作業を一人で終わらせたのだ。
それ程までに優秀。だからこそ、少女は生徒達の頂点に立っている。
生徒会長七海天里。容姿端麗。成績は常にトップクラス。所属する陸上部では短距離走で全国大会に出場し、中学時代は全国王者にも輝いている。
教師からも生徒からも信頼篤く、まさに非の打ち所がない少女だ。
天里は仕事を終えた充足感に身を浸しながら窓から見える誰もいない校門をぼんやりと眺める。部活をやっている者が帰るには早く、部活のない者が帰るには遅いそんな合間の時間。それが静まり返った生徒会室と相俟ってどこか寂しさを感じる。
「待っていてもらえばよかったかしら?ふふ、なんてね」
想い人の姿を思い浮かべ、小さく微笑を漏らす。
その笑みはやはり美しく、もしその姿を目にした者がいたのなら思わず愛を叫んでしまっていた事だろう。
「そういえば……」
と、そこで天里は少し前にたまたま見た光景を思い出す。
それは自身の想い人と友人の幼馴染み二人が一緒に帰っている光景。
「あの二人が一緒に帰っているなんて珍しいわね」
いつも誰かに囲まれている陸斗といつも一人でいる輪廻。対極的な二人が珍しく一緒に帰っていたのだ。
「あの日が近いからかしら?それとも……」
わずかな間を置き、夜の闇が近づいてくる空へと視線を向ける。
「何かの前触れ……じゃなければいいのだけれど」
その時、視界の端で机の上に置いていたスマフォが振動と共にメッセージが着た事を告げる。
「輪廻から?」
そこに表示された名前にわずかに首を傾げてスマフォを手に取り、その瞬間──。
「え?なに?」
突如光り輝く魔法陣が現れる。
普段冷静さを失う事のない天里も突然の非現実的な光景に身動きが取れず、ただ呆然と立ち尽くす。
そして、魔法陣は一層光り輝き、この世界から天里は消えた。
視界を覆い尽くした光が消えた天里はどうにか状況を把握しようと周囲を観察する。
高校の制服を身につけ、手にはスマフォを持っている。だが、それ以外の全てが一変していた。
さっきまで生徒会室にいたはずなのに見知らぬ石造りの部屋へと変わり、誰もいなかったはずの場所に見慣れない服を着た多くの人がいる。
夢と錯覚してしまいそうな日常とかけ離れた光景。夢だと切って捨てるのは簡単だが、それではなんの解決にはならない。故に、天里は事情を知っているであろう目の前の人物達に視線を向けた。
「ようこそ勇者様。どうかこの世界をお救いください」
その日、七海天里の世界は文字通り変わってしまった。
「はぁ」
自分に与えられた豪華な部屋。それを天蓋つきのベッドに腰掛けながら見回し、ため息を吐く。
裕福と呼べる程度には不自由のない生活を送ってきた天里だが、所詮は庶民の出。テレビの中でしか見た事のないような豪華な部屋は落ち着かない。
そのうえ、さっきまで歓迎の宴を催されていたのだ。肝は座っている方だと自認する天里だが、訳も分からないまま勇者と呼ばれ、歓迎されても受け入れられる程楽観的ではいられない。
「流されているわね」
柔らかいベッドに倒れ込み、自嘲気味につぶやく。
「こんな時、輪廻なら周りに流されずに自分を貫くのでしょうね……」
と、ここにはいない幼馴染みの顔を思い浮かべ、それが一層この世界で自分が一人なのだと自覚させられる。
「!」
それを忘れるようにこのまま眠ってしまおうかと思ったその時、ある事を思い出してガバッと体を起こした。
「ふ、ふふ、ふふふ……そう……そうなのね」
ポケットから取り出したスマフォ。当然電波などなく、ほとんど使い道がないが、すでに送られてきているメッセージを見る事くらいは出来る。
それはこの世界に召喚される直前に送られてきたもの。突然の事態に今の今まで見るのを忘れていたそれは、それだけ見てもほとんど意味の分からない文章。
そこにはただ一言、こう書かれていた。
『面白くなりそうだ』
と。
「いるのね。貴方もこの世界に」
この世界に来てから初めて笑みを漏らし、天里は少しだけ気を緩めた。
─ 一章END ─




