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30.災厄VS天災④

 唸りをあげながらすぐ横をかすめていく尻尾にステラは肝を冷やしながら、暗殺者として培った素早い動きで回避する。

 さらに、すぐさま存在剥離を発動させて黒竜の意識から消え、その場から即座に離れて解除。相対する黒竜からすれば突然消えたり現れたりするように感じるだろう。

 そうしてステラは黒竜の猛攻をかろうじて凌いでいた。

 だが、それは本来の使い方からは外れた使い方。不意打ちでこそ真価をはっきりする故、今の正面から相対する状況は酷く神経をすり減らしていた。

 しかも、黒竜はステラにとって相性が最悪の相手。

「来ましたか……」

 ステラを舐めていたのか黒竜はこれまで爪や尻尾以外ほとんど使ってこなかった。だが、いい加減業を煮やしたのか大きく息を吸い込み出した。

 それは息吹の前兆。

 ステラの存在乖離は目の前にいてなお消えたように錯覚させるが、実際に消える訳ではない。故に、その弱点は無差別な範囲攻撃。

 頭上より吐き出された火炎はまさにそれだった。

 走って逃げるには範囲が広く、防ぐ手立ては何もない。ステラに残されたのは……。

 ゴオォォォォォ!!と降り注いだ火炎が平原の一部を火の海に変える。

 その火の海から十メートル程離れた場所にステラの姿があった。

 傲慢の魔王の能力〈傲慢なる支配者の契約(デモンズラクト)〉は配下にした者の能力を選択し、共有する事が出来る。輪廻はそれによってロベリアからは錬金術。ステラからは存在剥離を共有していた。

 そして、ステラが何を共有していたかと言えば、空間魔法だ。

 短距離転移によって息吹を回避したステラ。だが、その先に待ち受けている未来は一つ。

 転移直後のステラに向けて黒竜の爪が迫る。

 こうなる事は予想出来ていた。黒竜は転移場所を察知する事が出来る。だからこそ、出来る限り使いたくなかったのだが、使わなければその前の息吹によって焼け死んでいた。

 正解などないその状況に陥った時点で詰みなのだ。

「私は……」

 黒竜の爪が迫るのと同時に忍び寄る死神の足音が聞こえてくる。

「こんなところで……」

 必死に逃げようとするが、体が動かない。ほとんど硬直のない短距離転移だが、発動後にほんのわずかに硬直がある。それを黒竜は見逃さない。

「死ぬ訳には行かないんです……!」

「そうだな」

 グイッと肩を引かれ、それによって移動した事で鋭い爪が目の前の地面だけを抉り取っていく。

「生き……てる……?」

 死神が頬を撫でて通り過ぎっていった感覚にドッと汗が吹き出し、心臓が壊れたように早鐘を打つ。荒い呼吸は上手く空気をを肺に取り込めず、苦しさを感じるが、それこそが生きている証。

 自らの生を実感し、遅れて自身の肩を引き寄せた人物に視線を向ける。

「遅いです……」

「悪いな。少々寝坊してしまった」

「こんな時に寝坊とは、困った主人ですね」

 湧き出す安堵感を皮肉の仮面で隠し、スッと離れて頭を下げる。

「あとはお任せします」

「ああ」

「……リンネ様」

「なんだ」

「帰りをお待ちしています。主人の帰りを待つのもメイドの仕事ですので」




          ◇◆◇◆◇◆




 去っていく背中に一瞬視線を向けた直後、輪廻は素早くその場から跳びのく。

 その瞬間、輪廻の今まで立っていた場所に黒竜の尻尾が振り下ろされ、地面が砕ける。

 頭上を見上げれば、黒竜の視線は輪廻だけに固定され、今まで相対していたステラはすでに眼中にない。

「それでいい。お前の相手は俺だ。さあ、第二ラウンドと行こうか」

 それに応えるように黒竜は咆哮をあげ、急降下。地面スレスレを飛びながら爪を振るう。

 鋭い爪が地面を抉り、亀裂を走らせながら迫る。輪廻は即座に駆け出し、迫る爪を回避。そのまま空間魔法で足場を作り、ぬかるむ地面に足を取られないようにしながら身を低くして駆けていく。

 そんな輪廻に地面を薙ぎ払うように尻尾が迫ってくる。

 使い勝手のいい短距離転移も黒竜相手には転移位置を読まれ、転移直後の隙を狙われる。迂闊に使えば自らの首を絞める事になりかねないが、全く使えないという訳ではない。

 尻尾に当たる瞬間、短距離転移を発動させ、尻尾の通り過ぎた位置へと転移する。距離にしてわずか二メートルばかりのほんのわずかな転移。

 黒竜の巨体は大きな武器だ。だが、それ故に小回りが効かず、そこまで短い距離だとその隙を狙えない。

 ついでとばかりに転移直前に放っていた闇の槍を黒竜の視界の外から回し、傷口を狙うが、それは一瞥すらする事なく爪によって払われてしまう。

「やはり無駄か」

 三点からの攻撃によって意識を分散させる事で攻撃を当てていたが、直撃を受けた時にバトルアックスにかけていた能力が途切れ、今はどこにあるか分からない。

「まあいい。すでに次の段階に進んでいる。攻撃を当てられたところで嫌がらせ以上の意味はない」

 地上を駆けながらチラリと黒竜を確認すると、黒竜は大きく息を吸い込んでいる。

 息吹の前兆。

「一度通じたからといって二度同じ手が通じると思っているのなら、舐められたものだな」

 圧縮した風を足元で爆発させ、その反動で勢いよく空へと跳び上がる。風魔法で空気抵抗を減らし、高速で黒竜と同じ高さまで昇った輪廻はそこで空間魔法で足場を作って立ち止まる。

 そこに黒竜の口から燃え盛る火炎弾が続けざまに三発放たれる。

「俺に二度同じ手は通用しない」

 小さな太陽を思わせる火炎弾。それだけで脅威ではあるが、目的はあくまで誘導。あえてギリギリ避けられる隙間を残す事でそこへと誘い込む。

 だが、分かっていれば対処は簡単。黒竜の予測を上回ればいい。

 再び圧縮した風を指向性を持たせて爆発させ、真横へと高速で移動する。それによって火炎弾の外側へと逃れる。

 それを忌々しそうに見ていた黒竜は続けて首を横に振りながら薙ぎ払うように息吹を放つ。

 今までの直線的な息吹とは違い、面を焼き尽くすような息吹は地上で食らえばまず躱す事は出来なかっただろう。

 だが、今いるのは空中。面での攻撃もより立体的に躱せばいい。

 三度目の風の爆発によって次は真下へ。上下逆さまな足元に熱気を感じながら高速で地面へと向かう。

 見る見るうちに地面が迫り、このままいけば地面のシミヘと変わってしまう寸前、身を翻して上下を戻し、圧縮した風を地面に放ち、解き放たれた風によって勢い殺して着地する。

「あと少し」

 次元庫からマナポーションを二本取り出し、一気に飲み干す。

「あと少しで準備は整う」

 握っていま二本のビンを投げ捨て、輪廻は再び駆け出した。

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