3.一日の終わり
「えっと、これからどうするの?」
「お父様──陛下へ謁見をしたいと思うのですが」
そこでシルフィナはチラリと輪廻に視線を向ける。
「リンネ様は……」
「謁見しない方がいいかもね。輪廻、頭とか下げる気ないでしょ?」
「必要性を感じない」
「うん、別室で待機かな」
「その方がいいかもしれませんね。では、行きましょうか」
召喚された部屋を出ると、そこは煌びやかな廊下が続いている。
「ここってお城なの?」
「はい、その通りです」
この城は小高い丘の上にあるのか廊下の窓から外を見ると石造りの街並みが広がっている。
「凄い景色だね……。夢、じゃないんだよね」
「ふむ」
「痛っ!?なんで蹴ったの!」
「夢かどうか確かめたいのかと思ってな」
「そういう時って普通つねるとかでしょ!」
「痛みを与えるのなら蹴りでも変わらんだろ」
「変わるよ!僕の気分とか!」
「お前の気分など知らん」
「理不尽!」
◇◆◇◆◇◆
「では、お二人をお部屋にご案内します」
陸斗の謁見後、国王と話があるというシルフィナと別れ、輪廻と陸斗は先を歩くメイドに部屋へと案内されていた。
「謁見はどうだった?」
「緊張したけど、王様は良い人だったよ。丁寧に謝ってくれたし。あと、輪廻にも謝りたいって言ってたね」
「必要ない」
「って言うと思うって言っておいたよ」
「…………」
雑談をしていると、先を歩くメイドが一つの部屋の前で立ち止まった。
「ここがリクト様の部屋になります。リンネ様の部屋まではもう少々歩きますのでご了承下さい」
「……陸斗、部屋変われ」
「え?別にいいけど」
「お、お待ち下さい。ここは勇者であるリクト様のための特別な部屋でして」
「お前はその特別待遇を望むか?」
「うーん、別にいいかな。落ち着かないと思うし」
「本人はこう言っているが?」
「しょ、少々お待ちください!」
メイドに視線を向けると、メイドは慌てた様子で立ち去っていった。
「輪廻、何かしたの?」
「俺の部屋をロクでもない部屋にしようとしていたようだな」
「なんのために?」
「嫌がらせのためだろ。元々俺は勇者のオマケなうえに敬愛する姫に対して態度が悪かったから」
「それ、自業自得だよね?」
「ふん。ほら、メイドが来たぞ。話は終わりだ」
「あ、本当だ。じゃあ、またね」
結局元々陸斗のために用意されていた部屋を輪廻が使う事になり、陸斗は改めてやって来たメイドに別の部屋に案内されていった。
「流石は勇者に与えられるはずだっただけの事はある」
これからしばらく自身が暮らす部屋を見回し、この世界に来る時に持っていた鞄をソファーに投げ捨ててそのまま自身もソファーに腰を下ろした。
コンコンコン
「誰だ」
質の良いソファーに背中を預けてこれからどう動くか考えていると、輪廻の耳に部屋をノックをする音が聞こえてきた。
「失礼します」
入ってきたのは紫紺の髪をしたメイド。歳は輪廻よりも少し上。十分に整った容姿だが、その顔には表情らしい表情はなく、冷たく怜悧な目を輪廻へ向ける。
「本日よりリンネ様専属となりましたステラと申します。何かございましたらなんなりとお申し付けください」
精練された動作でもってステラは頭を下げる。
「俺の専属か。それは貧乏くじを引いたものだな。俺の評判などすこぶる悪いだろうに」
「はい。誰もやりたがらなかったため不本意ながら私が担当する事になりました。とても迷惑です」
「正直が美徳は限らないぞ」
「すみません、嘘が言えない性格でして」
表情一つ変えず、淡々と語るステラ。他人の心理を読むのが得意な輪廻でも徹底した無表情からは何を考えているのか読めない。
「……まあいい。なんなりとお申し付け下さいと言ったな。なら、さっそく一つ」
「夜伽ですか?」
「違う」
「違うのですか?」
輪廻の否定にさま不思議そうに首を傾げる。
「リンネ様は性格の悪い盛りのついた雄だと噂していたのですが」
「前者はともかく後者に関しては噂を流した奴と話さなければならないな」
「私は話す事はありませんが」
「お前か」
「申し訳ありません。勝手な憶測で話しました。ご容赦を」
入ってきたと同じように精練された動作で頭を下げる。
「とりあえず、お前が俺を敬う気がないというのは分かった」
「ご理解いただき感謝します」
「…………」
部屋の嫌がらせを誰が考えたのかは知らないが、少なくとも目の前メイドならもっと上手くやっていただろうと輪廻は関係ない感想を抱いた。
「話を戻す。お前に言う事は一つだけだ。俺の世話はしなくていい。自分の事は自分でやる」
「つまり、自分で処理をすると?」
「……おそらく俺が言っている事とお前が思っている事は違う」
「?」
「全部だ。全部自分でやる。お前は何もしなくていい」
「そう言われましても私も仕事ですので。それでは私が叱られてしまいます」
「それはお前の都合だ。俺には関係ない」
「さようですか」
「分かったら行け」
「……かしこまりました。それでは失礼します」
視線でドアを促すとステラはもう一度頭を下げ、部屋を出ていった。
「今日一番疲れたかもしれないな」
ソファーから立ち上がるとそのままベッドまでいき、仰向けに倒れ込む。そして、しばらくそうしていると、輪廻の意識は眠りの中に沈んでいった。