22.降りしきる雨の中
「おや、朝は晴れていたというのに」
ダンジョンから出た輪廻達を出迎えたのは今にも雨の降り出しそうな曇天の空。分厚い雲に覆われている事もあってすでに辺りは薄暗い。
「さっさとギルドに行くぞ。出来れば雨の降る前に宿に戻りたい」
空を見上げていた輪廻はそう言って足早に歩き出した。
ダンジョンからギルドまでの距離はそう遠くない。これは迷宮都市ならではの位置でもある。普通の街では外から冒険者が戻ってくるため外壁近くにある事が多いのだが、この街では外よりもダンジョンの中からの方が多いため街の中心近くにあるのだ。これは、ダンジョンから魔物が出てきた際に素早く対応出来るようにという理由がある。
加えて、空間魔法の使える輪廻には関係ないが、普通の冒険者はダンジョン内で手に入れた素材やアイテムなど多くの荷物がある。ダンジョンで疲れて帰ってきてさらに遠くまで歩くというのは辛いため、配慮されているのだ。
然程疲れてもいない輪廻も好き好んで長い距離を歩きたいとは思わない。そのため、ギルドまでの距離が短いのは地味に感謝していた。
「あ、そうだ。フレアラットのマントを貸してくれないかな」
ギルドまでの道を歩いていると、輪廻の隣を歩いていたロベリアが思い出したように声をかけた。
「それは構わないが、何をするつもりだ」
「フレアラットのマントはそのままでも耐火装備として役に立つけど、ファイアミノタウロスの魔石を使って魔導具かすればもっと効果を高められると思うんだよ」
「そういう事なら好きにしろ」
次元庫から火鼠のマントを引っ張り出し、ロベリアに渡す。
「ファイアミノタウロスの魔石は解体していないから後でな」
「それで構わないよ。ドラゴンのブレスにだって耐えられるようにしてみせるからねぇ」
そんな話をしているうちに輪廻達はギルドに辿り着き、中に入ると、いつものように視線が集まってくる。始めの頃は冒険者を舐めているかのようなロベリア達の格好や単純にその容姿から注目を集めていたが、今ではその視線の意味も少し変わっている。
「こちらです、リンネさん!」
ここ数日で見慣れた受付嬢が輪廻の姿を見つけ、声を掛けてくる。特に狙ってその受付嬢のもとへ行っている訳ではないが、時間帯の関係かほぼ毎日同じ受付嬢が担当していた。
「今日もダンジョンへ潜っていたんですか?」
断る理由もなく、ちょうど空いていた事もあって輪廻はその受付嬢のカウンターに向かうと、気安く話しかけてくる。
「ああ」
「今日は何階まで行ったんですか?」
「二十階層だ」
その言葉に聞き耳を立てていた冒険者達はざわめき出す。
連日大量の魔物の素材を持ってくる輪廻達は今や冒険者達の間では話題になっていた。向けられる視線も、最早最初の色物的なものはなく、一目置くようなものになっていた。
「ま、まさかミノタウロスに挑んだですか!」
輪廻は無言で次元庫を開き、中からファイアミノタウロスの頭を取り出してカウンターの上に置いた。
それに冒険者達からさっき以上のざわめきが起きる。
「え?こ、これってファイアミノタウロスですか!?」
「そうらしいな」
この街のダンジョンは決して難易度の高いものではない。それでも、攻略するにはBランク並の実力が必要になる。しかも、輪廻が倒したのは通常のミノタウロスではなく、変異種のファイアミノタウロスだ。
現在、この街にはそれだけの実力を持つ者はほとんどおらず、それ故に衝撃を与えた。
「それだけの実力があるのになんでまだFランクなんですか!」
「ギルドの規則だからだ」
Eランクに上がるためには決められた回数依頼をこなさなければならない。だが、輪廻達が受けた依頼はこのギルドに初めて来た時に受けた一度だけ。例えSランク以上の実力があったとしてもランクを上げる事は出来ないのだ。
「依頼を受けて下さい!」
「気が向いたらな。それより、いつも通りだ」
「はぁ……分かりました。ついて来て下さい」
すでに何度も繰り返したやり取りに受付嬢はため息を吐き、カウンターから出るとギルドに併設した倉庫に向かって歩き出した。
持てる量に限りのある普通の冒険者は魔物を倒しても高値で売れる部位だけを厳選しなければならないが、空間魔法を使える輪廻は解体する事もなくそのままの状態で次元庫に収納されている。大量に入っている魔物の死体をまさかカウンターで出す訳にもいかず、毎回こうして倉庫で出すようにしているのだ。
「また大量ですね」
見上げる程積み重ねた魔物の死体を見上げ、受付嬢は感嘆の声を漏らす。その周りではギルドの職員達がそれを前に遠い目を向けていた。
「随分疲れているように見えるな」
「どこかの誰かさんが毎回大量に未解体の魔物を持ってくるからですよ!」
ギルドでは報酬から差し引く形で魔物の解体を代行してもらう事が出来る。とはいえ、日々を生きるので精一杯のほとんどの冒険者はその金を惜しみ、自ら解体する者が大半であり、それを利用する者はほとんどいない。
そのため、こんなに大量の魔物が一度に運ばれてくる事は想定しておらず、職員達は大変苦労していた。
「ところで、ファイアミノタウロスは出さないんですか?」
「ステーキにするの!」
「ステーキも良いけど、焼肉という物も捨てがたいねぇ」
「しばらくは食事が楽しみですね」
「……食べるんですか?」
「そうみたいだな」
本音を言えば、貴重なファイアミノタウロスの素材を冒険者ギルドとしては売却してもらいのだが、それを強要する権利はない。
「仕方ありませんね。持ち込まれた魔物はいつも通り魔石以外の素材を売却するでよろしいですか?」
「ああ」
「それでは売却金の査定をするので少々お待ち下さい」
「こちら、解体費用と魔石分の代金を除いた額、締めて金貨八枚と大銀貨六枚、それに銀貨五枚になります。ご確認下さい」
しばらくギルドで待機していた輪廻達は査定が終わったと声を掛けられ、再びカウンターに向かった。そこで差し出された十数枚の硬貨が入った袋を受け取り、チラリと中を確認して次元庫に投げ入れる。
「それから、こちらが昨日解体を依頼された分の魔石になります。今日の分につきましては同じく明日以降の受け取りになります」
あれだけの数の魔物の解体がそんな短時間で終わるはずもなく、出来るのは魔物の種類と数を確認する事まで。それによって売却金を算定する事は出来るが、どうしても魔石の受け取りは時間が掛かってしまうのだ。
「それ程ランクは高くないとはいえ、これだけあれば色々出来そうだねぇ」
後ろから大量の魔石が入った袋を覗き見てロベリアは何を作るのか想像してニヤニヤと口の端を吊り上げる。
それを尻目に輪廻は魔石の入った袋も同じように次元庫に投げ入れた。
「また明日来る」
「お待ちしています」
頭を下げる受付嬢に背を向け、輪廻はカウンターの前を辞した。
「雨、やはり降ってしまいましたね」
仕事を終えた冒険者達の宴会の声もあってギルド内にいては分からなかったが、外に出ると先を見通せない程の激しい雨が地面を打ち付けていた。
「どうするんだい?」
「空間魔法で転移するという方法もあるが……」
消費魔力の多い空間魔法は不測の事態に備えて出来る限り使いたくない。宿まで距離があるというのならともかく、ギルドからは然程距離もない。
「歩いて帰るか」
「えー、濡れたくなーい」
そうクロは不満さを隠そうともせずに漏らす。それはロベリアもステラも同じであり、輪廻自身も進んで濡れたいとは思わない。輪廻は少し考え、一つの方法を思い付く。
「これならいいだろ?」
腕を振るのに合わせ、輪廻達を囲むように風の膜が現れる。その状態で雨の中に身をさらすと、雨は風の膜に阻まれて届かない。
「傘いらずだねぇ」
感心したように自分達を囲む風の膜を眺め、おもむろに膜の外に腕を出す。
「腕が濡れてしまったよ」
「当たり前だ」
瞬く間にびしょ濡れになった白衣の袖にロベリアは眉をひそめる。
この風の膜には雨を弾く程度の効果しかなく、出入りは簡単に出来てしまう。もっと魔力を込めれば矢を弾いたり、人の出入りすら阻む事も出来るが、今はそこまでの効果は必要ない。
「おや?」
「どうした?」
雨の中にぼんやりと浮かび上がる街灯の淡い光を頼りに宿までの道を進んでいると、突然ロベリアが立ち止まり、路地の方に視線を向けた。
「おい」
路地の方に視線を向けたままメガネのツルに触れていたかと思うと、突然駆け出し、濡れるのもいとわず路地に駆け出していった。
「何か見つけたのでしょうか?」
「さあな」
ロベリアの入っていった路地に輪廻も視線を向けるが、光の届かない路地は暗く、激しい雨も相俟ってまるで見通す事が出来ない。
「ただ、何が見つけたのなら、ロクな物ではないのは確かだろうな」
その場でロベリアの帰りを待っていると、少しして路地から出てきた。
「戻ってきましたね」
「ああ、だが……」
「いやー、すっかりびしょ濡れだよ」
雨に濡れた髪を搔きあげ、ピタリと体に張り付いた服を引っ張って引き剥がす。
「あ、そうだ。これ、拾ったよ」
「拾ったって……」
ロベリアは後ろに引き連れていた少女の脇の下に手を入れて持ち上げ、輪廻に見せつける。
されるがままの少女はプラチナブロンドの髪から水滴を垂らし、その隙間から覗く空色の瞳が黙って輪廻をジッと見つめている。
それは、この街に来た日に出会った勇者の少女だった。
「犬猫じゃないんだぞ」
目の前に持ち上げられた少女に輪廻は眉をひそめる。
「連れて帰っていいだろう?」
「いけません!ちゃんと世話出来ないでしょ!」
そんなロベリアの言葉にクロがニヤつきながら言葉を返す。
「ちゃんとするよ」
「そんな事言って!結局お母さんが世話する事になるじゃない!」
「そんな事ないよ。ちゃんとエサもあげるし、散歩も連れて行くよ」
「本当にちゃんと出来るの?」
「もちろんだよ」
「……仕方ないわね」
「ありがとう、お母さん!」
ガシッとロベリアは少女を下ろし、クロに抱き着いた。
「……満足したか?」
「うん」
「満足!」
悪ふざけのコントを終え、二人は満足げに頷いた。
「そういう訳で連れていっていいだろう?」
「……好きにしろ」
話は終わりだと止まっていた歩みを再開しようとする。だが……。
「なんだ?」
コートの裾を引っ張られた感触に足を止め、少女の方を振り返る。
「……お金ない」
「子供がくだらない事を気にするな」
「……でも」
「文句があるならそいつに言え」
そう言って少女を連れてきたロベリアに視線を向ける。
「こんな面白い物を放っておく訳ないじゃないか」
「だそうだ。分かったらついて来い」
「……ん」
少女は小さく頷き、裾から手を放して歩き出した輪廻の後をついて歩き出した。




