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13.近衛騎士団長からの逃走

「一杯食わされたのは確かだ。だが、二度は食らわぬぞ」

「残念だが、もう食らっている」

「どういう意味だ?」

「今のが二度目だという事だ」

 輪廻の言葉の意味が分からず、更に尋ねようとした瞬間、グレンは自身の直感に従って背後に大剣を振るう。

「やはり、気付かれましたか」

 存在乖離を使って背後に忍び寄っていたステラだったが、振るわれた大剣に足を止め、大きく距離を取った。

「ステラ・フリージア。そういえば、お前もいたのだったな」

「ステラ・フリージアはすでに死にました。ここにいるのはただのステラです」

「どちらにせよ、生きて帰れると思わぬ事だ」

「元より帰るつもりはありません。私はただ、進むだけです」

 ステラの感情を感じさせない冷たい瞳とグレンの鋭い眼光がぶつかり合う。

「ステラ」

「問題ありません。以前言った通り、掃除は得意なので」

「なんの話をしている?」

「騎士団長、あんたくらいになればロベリアの研究についてもよく知っているだろう?」

「……何が言いたい」

「あいつの研究は魔法や魔導具。そして、魔法薬だ。薬という物には二つの面がある。一つは治す面。もう一つは……」

「……まさか!」

 そこでグレンは辺りに漂う紫色の煙に気付く。

「あんたくらいになればこの毒にも耐えるだろう。だが、お仲間はどうかな?」

 気付いた時には手遅れ。瞬く間に紫色の煙が充満し、辺りを覆い尽くしていた。

「早く治療しなければ大変な事になるぞ」

「待て!」

 煙の中に消えていく輪廻を追おうとするが、聞こえてきた仲間の呻き声に足を止める。

「くっ!旋風斬!」

 回転しながら大剣を振り回す。すると、その衝撃によって充満していた煙が吹き飛ばされる。

「逃げられたか……」

 視線を走らせ、輪廻達の姿を探すがすでにそこには影も形もなく、あるのは騎士達が地に伏せて呻き声をあげる姿のみ。

「すみません、陛下」




          ◇◆◇◆◇◆




「追って来てないねぇ」

 輪廻の後ろで馬に乗るロベリアはメガネの望遠機能を使って背後を確認する。

「騎士団長…の…性格を…考え…れば…仲間を…見捨ては…出来ない……助からない…なら…ともかく…助けられる…なら…なおさらな」

「相手の良心に付け込むなんてリンネ君は性格が悪いねぇ」

「魔王…だからな…っ」

「おっとっと」

 ふらりと傾いた輪廻をロベリアが支える。

「そんなふらふらしていたら危ないよ」

「そう…思うなら…早く…解毒薬を…くれ」

「ふふ、もう少し弱っているリンネ君を見ていたかったんだけどねぇ。僕は馬に乗れないし、落馬されると困るから仕方ないねぇ」

「うぐ」

 後ろから輪廻に抱き着くようにして身を乗り出し、輪廻の口に液体の入った瓶を突っ込む。

「しっかり飲むんだよ」

 ロベリアに抗議の目を向けながらも、輪廻は仕方なくそのまま解毒薬を飲み干す。

「楽にはなった」

「そのための解毒薬だからねぇ」

 解毒薬を飲む前に感じていた頭痛や吐き気、意識の混濁といった症状が急速に消え、体調を取り戻した輪廻は馬の手綱を握り直す。

「あの程度の毒でやられてしまうとは情けないですね」

「リンネ情けなーい」

 馬の横を並走するステラが呆れた視線を向け、逆側をふわふわと浮かんでついてくるクロがそれに同調する。

「毒を受けて平然としているお前らの方がおかしい」

「毒の調合をしている内に慣れてしまってねぇ」

「暗殺者の訓練で毒への耐性は付けていますので」

「そもそも毒とか効かないし」

「魔王の俺が一番普通の人間らしいのだからおかしな話だ」

「あとはこの子にも解毒薬を飲ませたよ」

 ロベリアはポンポンと自身の乗る馬を叩いた。

「俺は馬レベルか」

 そう言いながら輪廻は背後をチラリと確認する。

「作戦は上手くいきましたね」

「そうだな」

 王国側が一番されたくないのは国外への逃亡。当然国境に人をやるのは予測出来た。そのため、途中の街で進む方向の偽装を行なっていたが、それでも完全に逃げ切れるとは思っていなかった。

 そして、王国の追っ手として最も厄介なのは近衛騎士団長のグレンだ。経験も豊富で実力もあり、正面から戦えば勝ち目の低い強敵。だからこそ、その最悪の状況を予想し、手を打っておいた。

「わざわざ騎士団長を倒す必要はない。狙うべきはより与し易い他の騎士。毒で動きを封じてしまえば騎士団長も救助のためにその場に残らざるを得なくなる。だが、一つ問題がある」

「それが私の元同僚ですか」

「お前の元同僚なら当然同じ訓練を受けて毒への耐性がある。騎士団長から逃げられてもそいつらに追われるのは面倒だ」

「だから、私に先に潰すように言ったのですね」

「ああ、そうだ」

 そして、輪廻の役割はそれをグレンに悟らせない事。空間魔法を最初に見せたのもそのため。輪廻が脅威であればある程グレンは輪廻だけに意識を向け、周りへの注意が疎かになる。

 しかも、ステラには存在乖離がある。あの戦いの最中、グレンは完全にステラの存在を忘れていた事だろう。

「勝利条件が違う。俺達はグレンを倒さなくとも国外に逃げればいい。まともに相手をする理由はない」

「でも、君がその気になれば勝てたんじゃないのかい?」

「……殺す程の理由はない」

「なるほどねぇ」

 勇者である陸斗がいるとはいえ、グレンはこの国の要。死ねば大きな混乱が起き、他国に付け入る隙を与えてしまう。輪廻はこの国の特別良い感情を抱いていないが、恨みや憎しみといった負の感情も持っていない。好き好んで混乱を起こそうとは思わなかった。

「だが、一度寄り道をする必要があるな」

「寄り道?どこに行くんだい?」

「どことは決めていないが、一度どこかで力をつける必要がある」

 グレンは強敵だった。なんでもありで戦えば勝てない事はなかっただろうが、楽勝とはいかない。

「ダンジョンにでも行くの?」

「ふむ、ダンジョンか」

 以前行った時は軽く見て回るだけだった。力をつけるために本格的に攻略するというのは悪くない案かもしれない。そう考え、輪廻は一つ頷いた。

「それでいこう。この近くだとどこにある?」

「それでしたら、ノースブルク皇国にある迷宮都市レガリアでしょうか。ここからならそこが一番近いと思います。少し方向は逸れますが」

「ふむ……。ステラはそれでも構わないか」

「何故私に聞くのですか?」

 輪廻の問いに、聞かれると思っていなかったステラは首を傾げた。

「それだけお前の復讐が遅れるからだ」

「リンネ様はそれが必要だとお考えなのですよね?」

「ああ」

 当面の目的はハイドラ・ブランドンの首。その護衛がグレンレベルだと考えた場合、今の実力では確実に倒せる保証はない。

「不測の事態も考えれば万全を期す必要がある」

「それで確実に殺せるのなら構いません。多少の寄り道など今さらです」

「なら、決まりだ。次の目的地は迷宮都市レガリアだ」


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