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第六話

 晩餐会とまではいかないが、王妃であるマルグリット殿下に食事の席に招かれているので、失礼のないようにヘレナと準備をすませる。


 こうして着替えなどを手伝ってもらうのは申し訳なく感じるが、ヘレナは楽しそうにせっせと手伝ってくれる。


「さぁ!出来ましたよ!鏡の前でご覧になってください」


 促されて鏡の前に立つ。顔も体型もあまり大人っぽくない私には、露出の多いイブニングドレスはお世辞にも似合ってるとは言えなかったが、これが正装ならば仕方ない。


 ヘレナはわたしの横で、


「ふむ…お色は明るい色のほうがよろしかったですかね…次はあれに致しましょう」


 などと、ぶつぶつ独りごちていた。





「それではいってらっしゃいませ」


 ヘレナに見送られ、少し緊張しながら扉を開けると、ジェイド陛下、マルグリット殿下、アウリスがそれぞれ席についたところのようだった。


「お招きいただきありがとうございます…」


 と言ってはみるが、想像よりダイニングが広すぎて扉のところで喋ったのでは声が届きそうにない。またしても裾の長いドレスに苦戦しながらも早足でテーブルに向かう。


 自席に辿り着くと、マルグリット殿下のほうから声をかけてくれる。


「はじめまして。王妃のマルグリットよ。短い間だけれどよろしくね」


 微笑んでいたが、雪のように白い肌のせいなのかどことなく冷たい印象を受ける。


「こちらこそ、私のお部屋やドレスまで、いろいろ用意してくださってありがとうございます」


「さぁさぁ挨拶はそれくらいにして食事を始めようじゃないか」


 陛下が片手をあげると使用人たちが一斉に料理を運んできた。


「ところで、翠子は本当にお母さんからこの世界のことを聞いていなかったのかね?」


 食事も半ばに差し掛かったとき、ジェイド陛下に聞かれる。


「はい…その、陛下の…私のお父さんについても、何も聞いたことがありませんでした」


 そう言ってしまってから、父である自分の話を娘にしていなかった、なんて気を悪くするかも…と思ったが特に気にする様子はなく、


「そうか…」


 と思案げに顎鬚を撫でる。

 その間マルグリット殿下とアウリスは黙々と食事を進めていて、なんとなく気まずい。


 もっとお母さんの話を聞きたかったけれど、マルグリット殿下の前で側室だった母の話をするのは気が引けたので、陛下の家族について聞いてみる。私の親戚にも当たるはずだ。


「このお城はすごく広いですが、陛下のご両親やご兄弟は一緒に住んでいないんですか?」


 すると陛下は葡萄酒の入ったグラスに視線を落とし、


「あぁ…今は近縁の家族はマルグリットとアウリスだけなんだ…」


 と、言いグラスを傾け一息で飲み干した。心なしか顔色が優れない。


 いきなり家族のことを聞くなんて無神経だっただろうか。

 私自身、片親ということで色々聞かれたりして嫌な思いをしたこともあり、聞かれたくないことがある気持ちは分かるので、申し訳なくなる。


 自己嫌悪に陥ってる間に最後のデザートが出され、緊張のせいもあって味がよく分からないうちに食事が終わってしまった。


 少し距離が縮まったと思っていたアウリスは、食事のあいだ一度も話しかけてくることはなかった。




 昼間泣いたせいか、気まずい食事のせいか、何だかとても疲れていたので、その夜もベッドに入るとすぐに眠りについた。


 夢の中で、私はまた誰かに追われていた。相変わらず暗闇の中を必死で走っている。そこで、ふと気づく。

 私は何か大切なものを抱えて走っている。目を凝らしても、辺りが暗くて何を抱えているのかわからない。


 しばらくして場面が変わった。今度は映画を見ているような視点になる。

 小屋のような家の中に若い頃の母がいる。心なしかお腹が大きく見える。母は鼻歌を歌いながらお皿を洗っていた。玄関のドアが開いて誰かが入ってくる。母はその誰かを笑顔で迎え入れるが、私の視点からは誰が来たのかわからない……



 はっと目が覚めるとヘレナが至近距離で私の顔を覗き込んでいた。


「わっ!」


 驚いて声をあげるとヘレナも私の大声に、


「わっ!失礼いたしました!!!」


 と慌てて飛び退いた。


「何だか寝苦しそうだったので…」


 と小さくなっている。

 その様子がおかしくて堪えきれず、くすっと笑うとヘレナも照れくさそうにえへへと笑った。


 午前中はヘレナに昨夜の食事の席での話を聞いてもらった。遠慮するヘレナを半ば無理やり椅子に座らせて、2人で並んでヘレナの淹れてくれた紅茶を飲む。


「陛下のご家族ですか…確かにわたくしがここに来たときにはもう3人でいらっしゃいましたね」


「陛下は寛大な方なので、気にされてはいないと思いますよ。もし何か気になることがあるのでしたら城内に図書室がございますので、そちらに行ってみては?王家の家系図やこの国の歴史などの記録がおいてあるはずですよ」


 昨日アウリスが案内してくれたときは、図書室があるってことは言っていなかったな。まあ生活に必要ってわけではないもんね。

 他にすることもないので午後からは図書室に行ってみることにした。


 ヘレナが午後に別の仕事があるとのことで、場所だけ教えてもらいひとりでお城を歩く。こんなに広いお城なのに埃ひとつ落ちてない。ということは使用人が沢山いるはずなのにお城の中はとても静かだ。…ちょっと不気味。

 長い廊下の壁には、かつての王族だろうか。私には誰かわからない肖像画がところどころに飾ってある。


 ヘレナによると図書室は最上階の東側つきあたりにあるらしい。

 昨日も着た白のエンパイアドレスは、他のいかにもプリンセスといったドレスよりは動きやすいが、それでも足首が隠れる長さはあるので、踏まないように腰のところで少しドレスを手繰って、慎重に登る。


 無事に階段を登り終え、図書室があるという東側へ向かう。


 そこの曲がり角を曲がった先にあるはず。ドレスを手繰ったまま大股でずんずん歩く。


「痛っ」


 出会い頭に何かにぶつかって尻もちをつく。


 アウリスだった。呆れ顔で見下ろされる。

 やばい。このままだと、また''王女らしく''とかなんとか言われそうだ。でも王女らしくってどうすれば?


「……ごきげんよう?」


 尻もちをついたまま疑問形で挨拶をしてみる。


「……」


 アウリスは無言だったが、ごきげんようが正解じゃないことだけは表情でわかった。

 恥ずかしくなって、とりあえず立ち上がろうと床に手をつくと、アウリスが私の両わきに手を添えてひょいっと持ち上げて立たせる。


「…王女様は余計なことは言わずに、黙って助けを待っていればいいんだ」


 呆れ顔のまま、正解を教えてくれた。


「アウリスも図書室に行ったの?」


 自分の無様な姿を忘れてもらおうと話題を変える。


「ああ。だが図書室は立入禁止になっていて入れなかった。改装しているらしい。そんな話は聞いていなかったが…」


 そんな。せっかくここまで来たのに。

 仕方がないのでアウリスと並んで引き返す。


「翠子も図書室に来たのか」


「はい…」


「無様に転んでまで図書室に行きたかったのに残念だったな。」


 せっかく変えた話題を戻されてしまった。だいたい元はと言えばアウリスが曲がり角から急に出てきたからでしょうが!


 言い返そうと口を開いたところで、階段の前でアウリスが右手を差し出してきた。


「へっ?なに?」


「またすっ転んで巻き込まれでもしたらいい迷惑だからな、掴まってろ」


 一瞬また嫌味かと思ったが、アウリスの耳が少し赤くなってるのを見て、親切で言ってくれたんだと気づく。


 つられて私まで赤くなりながらもそっと左手をのせた。


 アウリスはそのまま私の部屋まで送ってくれた。


 その様子をヘレナに目撃され、


「あのアウリス様と仲良くなったんですね!」


 と、何故か感激された。

 そして私は、いかにアウリスがかっこ良く、クールで、素敵な人かということをヘレナに力説されながら夕食を食べるはめになった。


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