第五話
部屋に戻るとヘレナが遅めの昼食を用意して待っていてくれた。
「翠子様、お城の中はいかがでしたか?」
中庭でひとしきり泣いたおかげで、なんだかすっきりして元気になった私は、出された食事を食べながら国王の話をヘレナにも聞いてもらう。
「うーん、なるほど…こことは違う世界があるというのはなんとなく聞いたことがありましたが、王族が異世界を行き来できるというのは知りませんでした」
「それにしても、瑠璃様はどうして急に元の世界に戻ってしまわれたんでしょうかね…」
しばらくふたりで首をひねるも、納得のいく答えは見つからなかった。
「元の世界に戻れない間、なにかと不自由なこともあると思いますがヘレナがお側におりますので何でも話してくださいね!」
えっへんと胸を張ってそう言われたので、誰も知り合いのいないこの世界で味方が出来た気がして嬉しくなる。
昼食後はヘレナに手伝ってもらい、窮屈なドレスを脱いで、少し楽な白のエンパイアドレスに着替える。
コルセットを外したので、お腹まわりが楽になり無意識にお腹をさする。
「夜はダイニングで陛下と王妃殿下とお食事の場が設けられておりますので、そのときにまたイブニングドレスをお召しになっていただきますね」
夜までゆっくり休んでください、とヘレナはにこっと笑ってお辞儀をし、部屋を出て行った。
「さてと…」
なにをして過ごそうかしら。
思いっきり背伸びをして深呼吸をする。まだ日は沈んでおらず、窓からたっぷりと日差しが入ってくる。
ふと、窓の下を覗くと中庭に人影が見えた。
太陽の光を受けて銀髪が輝く。
アウリスだ。ずっと中庭にいたのだろうか?
気になった私は中庭に向かった。着替えたので動きやすく足取りは軽やかだ。
「アウリス!」
中庭に出て声をかけるとギョッとした感じでアウリスが振り返った。
「お前…」
「そのお前っていうのやめてくれる?私、翠子っていうのよ」
「翠子。さっきはその…すまなかった」
目をそらして、ぼそっとそう言った。
不器用そうに謝るアウリスを見ると理不尽な誘拐や、ひどい言い草は水に流してもいいかなと思えた。
「私こそ急にごめんなさい…あの、良かったら少し散歩でもしませんか?」
ちょっと迷ってからそう誘ってみると、アウリスは何も言わず中庭の奥の方へ歩き出した。これって散歩してもいいってこと?
相変わらず早足で歩いているけど、今度は私も普通についていけるので隣に並んでみる。
そっとアウリスを見上げると、アウリスもこちらを見ていて目が合う。なんだか気恥ずかしくなってすぐ目線をそらした。
アウリスが黙ったままなので、競うように咲き誇るバラを見たり、遠くに見える噴水を眺めたりしながら静かに歩く。しばらくの間、聞こえるのは小鳥のさえずりと、私たちの靴音だけだった。
「我々の血筋には、しばしば不思議な力を持った人間が生まれるんだ」
突然アウリスが立ち止まった。話をするのを迷っているかのようにそこで言葉を切り、手近にあった花をぷつっ、と手折る。私は続く言葉をただ黙って待った。
「その力を上手く利用して国を治めてきた。俺にも生まれつき、あまり役に立ちそうにない能力がある。父が翠子に会いたがったのは、王家の血をひく翠子に俺よりもっと優秀な力があって、女王にするつもりなのかと勘繰った」
「今日まで必死で父の命令を聞き、尽くしてきた自分はこれで用済みかと。強引にこちらまで連れてきた上に、みっともなく翠子に当たってすまなかったな」
自嘲気味にそう言うと、花を地面にぽいっと投げ捨てる。
「もしそういう理由で私を探していたのだとしても、私にそんな不思議な力はありません。それにネックレスが直ったらちゃんと元の世界に帰りますので安心してください」
「……帰りもちゃんと送ってくださいね」
最後に冗談めかして付け加えると、意外にもアウリスが少し笑った。
……笑ってるところ初めて見たな。
思わずどきっとしてしまう。
そのままアウリスはくるっと向きを変えてお城に戻っていく。捨てられた花をそっと拾ってアウリスの背中を追いかけた。